僕のこと
「賢斗、お母さん…会社に戻るわ。また明日、来るね。」
「うん。お母さん、行ってらっしゃい!」
「行ってきます!」
……………………………………
「ふぅ……」
お母さんを見送った後、張り詰めていた緊張感が一気に解けたように…体が緩むのを感じる。
この短時間に、色んなことがあったから……
「疲れたな……」
直ぐに病室に戻る気になれず、廊下の突き当たりにある小さな窓辺に車椅子を止めてもらうと、少しだけ一人になれる時間をもらった。
外の景色をぼんやり眺めて、雲がゆっくりと流れていく様子を見ていると、色々…思い出してくる。
家で起きたこと…
学校で…起きたこと……
僕にとって、学校での記憶も…辛いことばかりだった。
3年生までは、時々、話しかけてくれるクラスメイトがいたり、担任の先生も…僕のことを心配して、家庭訪問をしてくれたから、それ程…酷い環境ではなかった。
4年生でクラス替えがあると、話しかけてくれた人達が全員、他のクラスに行ってしまって…担任は、初めてクラスの担当になったという、まだ若い男の人が…先生になった。
最初の頃は、普通に話してくれる人もいたけど…徐々にそれがなくなって、話しかけても返事が来なくなって…
次第に、バイ菌扱いされるようになった。
「理由は、今なら分かるかな…」
みんなの会話に…ついていけなかった。
ゲームや映画、遊園地…みんなには、普通に買ってもらえたり、連れて行ってもらえることが、僕にはなかったこと。
そして、僕の外見にも…問題があった。
いつも…薄汚れたシミだらけの服と、踵を潰して穴の空いた泥だらけの靴で登校していたことが…不潔に見えたのだろう。
どんなに頑張って明るく話しかけても…
一度でも、人に与えた嫌悪感を変えることは、とても難しい。
突然、誰かが僕を無視するようになったら、その連鎖がクラス中に広まって、いつの間にか僕の席が、一番後ろのゴミ箱の隣にされて…
その事を先生に相談したら…
《仕方がないんじゃないかな?…そんなことよりも、給食費払ってないの君だけなんだけど? お母さんに言ってくれないかな?》
僕は…何も言えなかった。
でも先生は、僕の姿を上から下に…じっくりと見て、言ったんだ。
《あぁ…そうか!ごめん、ごめん。それのお陰で君は…生き長らえて、いたんだったね?》
先生の言葉に耳を疑った…
でも…先生は、いつも悪気のない笑顔で話すから、僕の方が悪いことをしているんだと…
そう思うことしか…できなかった。
ある朝、登校してすぐに上履きがなくなっていることに気がついて、裸足で教室に入ると…いつものように僕に対する冷たい視線の他に、嘲笑しながらひそひそ話をする人がいて…
一番後ろの席に向かう途中、ずっと視線を感じていた。
席まで辿り着いた時に、隣のゴミ箱から見覚えのある物が見えて…妙に納得したんだ。
そこには「ゴミ」「死ね!」と、左右に大きな字で書かれた、上履きがあったから…
僕は…ゴミなんだ……
上履きを取り出して履くと、その様子を見ていた人達から、笑い声が聞こえてくる。
他人の不幸は…見ている側からすれば、滑稽で楽しくて仕方がないのだろう。
もう…どうでもよくなっていた。
僕は、その場に黙って立っているしか…できずにいた。
一人のクラスメイトが、僕に近づいて来るまでは…
《これっ!みんなからのメッセージだから!》
手渡されたメモ用紙には、「死んでくれ!」と一言書かれていた。
僕の机を蹴り飛ばされ…倒れた机の中から、無数の虫の死骸が散乱して……
初めて、逃げなきゃって…思った。
殺気を感じたんだ…
僕は人間ではなく、害虫でゴミ同然で…生きる資格が無いんだって…
無我夢中で学校を飛び出して、走って、走って…
その先に偶然、図書館を見つけて逃げ込んだ。
そこには、学校の図書室には無いような…様々なおもしろい本が沢山あって、時間と嫌なことを忘れることができた。
それ以来、学校には行っていない。
怪しまれないように、午後から図書館で本を読んで過ごすことが、唯一の楽しみになっていた。
でも、その楽しい一時も束の間だった。学校に行っていないことが、お父さんに知られたから…
きっと…急に学校に行かなくなったから、学校から連絡があったのだろう。
でも…その時、お父さんに…学校に行かなくてもいいと言われたんだ…
《お前…どうせ、虐められてんだろ?…行かなくていいよ…そんなもん。》
珍しく…優しい言葉だった。
「でも……それが…」
…本当の地獄の始まりだった。
学校はおろか、外出できないくらいに…毎晩、顔を殴られるようになったからだ。
学校に行っていた時は、痣が見つけられないように、背中や太腿を殴られていたけど…
本当は…顔を殴りたかったらしい。
あんなに瞼が腫れてしまっては…本は読めない。
図書館に行くことを諦めて、監禁されているような日々を過ごした。
あれから、一ヶ月くらい経つだろうか…
生死について…真剣に考えるようになったのも、この頃からだった。
人はなぜ生まれ、なぜ死ぬのだろう。
何のために生きて…
生きて行かなければ、いけないのだろう。
こんなに…辛い思いをしてまで…
誰に言うともなく、自分に対して問いかける。
答えは当然、返ってこない。
だから、自分自身に答えを出す。
この世界に、僕は…いらないと思います。
僕がいなくても誰も困らない。
寧ろ、喜ばれるかもしれない。
面倒な人間みたいなモノが、いなくなるんだから…
生まれてこなければ良かった。
なら、戻ればいいだけのこと…
どうせ還るなら、誕生日にしよう。
誰も祝ってくれない誕生日に、お気に入りの大切なTシャツを着て…
…そうしよう。
そうして僕は、覚悟を決めたんだ…




