禁忌
生かされた…
命の重み…とは……?
───────フワッ───────
「はっ…………」
あれっ?
僕……今…何を…考えていたんだっけ?
『すまない。今の君には、重圧になる記憶を止めさせてもらった。忘れたわけではないが、負担を軽減している。』
確かに…気持ちが楽になった。
でも、あの世界の記憶は全て思い出したし…現実も理解できている。
胸を締めつけていたものが消えて、頭の中が…
とても、冴えた感じ…
今、僕がするべきことは…なんだろう。
そうだ…
「まず、会いに行かなきゃ…」
ミユキさんとの約束を守らないと…
でも、その前に確認しないといけない。
「あの…教えて下さい。どうして…あやちゃんから、命を譲ってもらう必要があったんですか?」
あんなに…まだ幼い少女なのに…
「ミユキさんに会いに行くことと、そこが繋がらないんです。」
僕のために…
『う……』
蒼白の顔が、とても辛そうに歪んだ…
眉間に皺を寄せながら…まるで、次の言葉をどう繋げるか悩んでいるような…
『私は…君の命を守るために……禁忌を犯している。』
「 き…んき?」
『そうだ…あの世界は、混沌と静寂に見えるが…本当は、とても厳しい掟が存在する。』
「掟…」
『…自殺者を救うということは、それ相当の覚悟を決めなければならない。』
僕を救うために、掟を破ったということ…?
「契約のことですか?」
『有無…自殺者と契約を結ぶ事もそうだが、他の者の命を君に讓渡する等、本来あってはならない事。奴等に見つかるのは…時間の問題だ。』
「奴らって…あの、魂の川の住人ですか?」
…震えている。
この、武人のような人が…
『奴等とは…あの世界の管理者だ。』
「管理者?」
『この世界の言葉で例えるならば……死神。』
───ズキッ────
心臓を抉られるような…衝撃。
確か…図書館で読んだ童話の中に、死神が出てくる物語があった。
そこには、生きている間に悪い行いをすると…死に際に黒いマントを羽織った骸骨が現れて、大鎌を振り下ろし、魂を地獄に引きずり落とす、という内容が描かれていた。
死神とは、地獄の使者というイメージがある。
「…死神。」
『管理者は、時には死神…そして、時には神として崇められる存在となる。つまり…あの世界を管理する、絶対的な存在だ。』
絶対的な存在…
「僕は…どうしたらいいんですか?」
『管理者がこの契約に気が付き、追跡者を送り出すまでの猶予は、君が目覚めてから、約1週間以内だろうと予測できる。』
「予測ということは、今すぐに来るということもあるんですか?」
『…いや、それはない。君は一度あの住人の中に入り、無に還っている。故に、一度でも存在が無くなったものは管理されない。だが…生存が確認された時点で、再び管理対象となるのだ。』
あの絶望を知るということは、一時的に管理対象から外す、という意味があった……
「僕のところに、追跡者が辿り着いたら…どうなるの?」
予測はついている。
けれど、しっかり聞かないといけない。
『…君は追跡者に処刑され、契約を交わした我等は…管理者によって裁きを受ける。』
───ゾクッ
「怖い……怖いです。」
もう二度と、あの恐ろしい思いはしたくない。
「僕は…どうしたら……?」
『君がするべきことは、一刻も早く依頼人であるミユキに会うこと。そして、何かしらの会話をする必要がある。』
会話?
「会話って…何を話すの?」
『それについて私からは、何も答えられない。』
そんな…
「その後は、どうなるの?」
『正式にミユキの寿命が君に譲渡され、改めて君は生かされる。…そして追跡者も我等に、手出しできないだろう。』
なんだか…モヤモヤする。
「あの…つまり、追跡者に見つからない内にミユキさんに会いに行って、そして何か会話をすればいいんですよね?」
『今、すぐに行動できるのかい?』
「あ……」
この体では……無理だ。
昨日よりも回復しているのは…
あやちゃんの………!
「そういうこと…?」
『辛い選択だが、少女の命を受け入れてもらいたい。そうでなければ…今までの全てが、無駄になってしまうからだ。』
そうだったのか…
「でも…それでも、あやちゃんじゃなくても……だって、僕よりも小さくて…」
命のこと…
「い…命の選択なんて、できないじゃないですか?」
『無論、私は強制などしていない。利害が一致したまでだ。』
「利害ってなんだよ…分かりやすく、説明しろよ!」
どうにもならない…もどかしさと、腹立たしさが入り混じって、抑えられない。
どんな答えだろうと…僕が生きていくために、犠牲者がいることに変わりはない。
僕のために………
一度、命を捨てた僕のために…
命を譲ってもらうなんて……
けれど…僕はズルい。
死にたくないと、願ってしまう。
こんなに矛盾していることが、これから先も続くの?
『…あの少女の寿命は、あと3ヶ月だった。』
え?
『本人も、死というものを本能で感じていたらしい。だから、お願いをした…』
そんなの…
『君に、残りの命を譲ってくれたら、またすぐに…人として、生まれてくることができると…』
有り得ない!
「嘘だ!…そんなことが本当に、できるとは思えない。」
『嘘ではない。少女にとって、不利益にならないように、あの世界での階級を上げている。』
階級……
「どうして、あなたが階級を上げられるの?」
『…私の能力だ。但し、限界がある。後は…本人の力量次第。ある程度の階級まで行くことができれば、生まれたい場所を選べるようになる。』
生まれたい…場所………
『望めば…同じ母親の元へ、行けるだろう。』
あ…
「お母さんのところに行けるの?…また、会えるの?」
『そこまでは、伝えてある。』
あやちゃんの体を抱き寄せて、神にも縋るような悲痛な叫びをあげていた…お母さん。
胸が痛い…
「あやちゃんは…納得してるんですよね?…これがどういうことなのか、本当に…分かっているんですよね?」
『ああ…分かっている。』
僕は…無力だ。
ただ泣くしかできない…
こんなに…助けてもらって…僕は…
「僕は……どうしたら…?」
『命を受け入れなさい。…そして、無駄にしてはならない。』
あやちゃん…
あやちゃんのお母さん…
ごめんなさい…
……ごめんなさい…
……………ごめんなさい……
「…承知…しました。」