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ブラックミスト  作者: 蘭夢
10/13

生還


息子は病院に緊急搬送された後、全身打撲と頭蓋骨骨折と診断され直ぐに手術が始まった。長時間の大掛かりな手術だったが、奇跡的に息子は生きている。ただ、何かしらの後遺症があるだろうということと、術後2週間が経つが、未だに意識が戻っていない。



「ただいま、賢斗。今日はね…Tシャツ買って来たよ!退院したら、これ着て遊びに行こうね!」



1年以上も、何も買っていなかったから…洋服も靴もみんな小さくなっていたのに、気づかなくてごめんね…


あれから、私の生活が一変した。


子供がベランダから飛び降りた事が報道されたことによる、世間からの冷たい視線や叱責。


母親なのに、何をしていたんだ。

原因は虐待? いじめ?


警察の事情聴取では、夫が保身のために虐待の真実をひた隠しにし、息子自身の精神が不安定だったことが原因だとした。

私は虐待があったことを述べようとしたが、思い留まった。息子が生きている以上、本人から真実を聞きたかったし、目覚めた時に母親として傍にいたいと思ったからだ。


身勝手なことは分かっている。


子供が自分の誕生日に自殺を試みるなんて、余程の覚悟があったに違いない。罰を受けるなら、賢斗の意向に任せなければ…


私はこれから先、母親として…この子に何ができるのか、一生をかけて償わなければいけない…



─────────────────────



「紗季子…話がある。」



部屋に入ってきたのが夫だと分かった瞬間、一気に嫌悪感が込み上げる。



「ロビーで話しましょ。」



席に着くなり、落ち着かない様子で貧乏揺すりを始める夫に対して、どうしても冷めた目で見てしまう。

いつも通りの皺だらけのシャツに、薄汚れたスーツ姿。服に染み込んだ煙草の匂いが鼻につく。病院(ここ)に来る前に、車中でかなり吸ってきたのだろう。


こういうところが本当に嫌。



「話って、何ですか?」



あれ以来、この人とも会話をする機会が増えた。


以前は、極力顔を合わせないようにわざと帰宅時間を遅らせていたが、こうなった以上そうもいかない。しかし、生活を共にすることは不可能と判断し、夫には離婚をする前提として家から出て行ってもらった。



「要件は…医療費のことなんだが…」


「その話、メールにできないの?他人(ひと)に聞かれたくないことは、メールでやり取りするって、決めたでしょ?」




── バンッ ──




「誰もいないんだからいいだろ?!面倒なんだよ!」



…こうやって怒鳴れば、誰もが言うことを聞くと思っている愚か者。ここが家だったら、机ではなく私が殴られていたわけね。


賢斗はずっと………



「まさか…飲酒してないわよね?それも、決めたことでしょ?」


「飲んでねーよ!飲酒運転になるだろ?馬鹿かお前?!」



僅かだけど、アルコールの匂いがする。

……救いようのない人。


夫はアルコール依存症と診断されている。家でこの人の視界に入ると暴力の対象になるので、被害に遭わないための対処として、飲酒をしてから会わないと決めたのだが…この人は重症だ。



「…で?お前、金どうするつもりだ?前もって言っておくが、俺には無理だからな!」


「無責任なこと、言わないで!」


「お前なぁ…このまま入院が続いてみろ、何百万かかると思ってんだ!そんな金どこにある!」


「ちょっと…大きな声出さないでよ!」



確かに…医療控除があるにしろ、纏まったお金がないと厳しい。でも…



「何とかするわ…」



それでも賢斗のために、何とかしないといけない。賢斗のために…



「そうか。なら頼んだわ!…けどお前、随分と人が変わったもんだな?…あいつのこと無視してたのに、なぁ… 今更だよな?」



「やめて、触らないで!」



気持ちが悪い…


本当に顔も見たくない、話もしたくない。

触られた所から、蛆が湧いてくるんじゃないかと思うほどに、震えが止まらない。


この人とのことも、早く決着つけないとダメだ。



「けっ…なんだよ…まぁ、任せたから。じゃあな!」



冷笑を浮かべながら立ち去る夫の姿を…ただ、横目で見送ることしかできない自分にも、嫌気がさす。



「…はぁ…… 」




本当にどうしたらいいんだろう…何もかも。

色んなことが重なりすぎて、手に負えない…





キ─────────ン…




「あ…」



まただ…最近、よく耳鳴りがする。



「う…」



目眩…ぐるぐると頭の中が回っているような、気持ちの悪さに身動きが取れない。


…なんだろう、寒気がする。

いつもと違う感じ……




『…………スグ。』



…え?


背後から女性の声がしたような……



『…アエル…』




──── ゾワッ ───




誰かいる…?


視界がよく分からない…砂嵐みたいなザラザラとしたモノが飛び交っている…



『オボエ…テル… 』



覚えてる? 何のこと……




「い…やっ」



一瞬、顔…が見えた。



どうして?


救急車に乗るように促した女性(ひと)が、覗き込むように私を見ている。



『モゥスグ……フフ』



薄笑いを浮かべた顔が、だんだん骨張っていく…

骸骨のように陥没した目に光はなく、真っ黒な穴が…



「いやぁっ!!」




───────────




「…さん?」


「賢斗君のお母さん?」


「大丈夫ですか?」



………夢?


夢なのか、現実なのか…?



「…はい。」


「賢斗君の意識が、戻り始めています!」



「えっ!」




賢斗……意識が?




「急いで戻りましょう!」


「はい!」




…………………………………………………




「賢斗君、聞こえますか?」



右手の人差し指と中指が少し動いた。

反応しているんだ…



「け…賢斗?…」



お母さん…ね、やっと気がついたの。



「賢斗…聞こえる?」



あなたが…どれだけ大切な人なのか…



「賢斗?」



例え、許してもらえなくても…



「お…」



もう…離れないから。

あなたを守り続けるからね。



「…賢斗、ごめんなさい。」



本当に心の底から思っています。



「ごめんなさい…」



賢斗の体から心臓の鼓動と、息づかいを感じる。



「お……か…」



…賢斗?



「…あ…」



もしかして…私に何か、伝えようとしている?



「…さ」


「ん………」



お母さん…?



「ぼ…… 」



息が苦しそう…



「賢斗…無理しないで…」




───────フワッ───────




風?

窓… 開いていないのに…



「あ……………おか…ぁ…」



賢斗の声が… 変わった?



「……さん」



お母さん…



「ぼ… く… のぉ…… こ…と…」



僕のこと…



「……… す……… き?」



好き?


お母さん、僕のこと好き?




「あ……ああ…」




私は…それほどまでに…


……あなたを孤独にしていたのね?




────────フワッ────────




また風?


なんだろう…不思議。

今まで私を締め付けていた鎖が解けたように、軽く感じる。


私も伝えなきゃ…私の気持ち。



「賢斗… 大好きよ。」



どうして、この一言が言えなかったんだろう。

難しい言葉ではないのに…



「あり…が…と」



賢斗… それは私の言葉よ。

あなたが生きていてよかった…話せてよかった。



「…だ…い…すき」



愛おしい…


もう、絶対にあなたを不幸にしない。

あなたの気持ちを踏みにじらない。

約束します。




もう、私たちは大丈夫。



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