僕は…いらないと思います。
人は何故生まれ、何故死ぬのだろう。
何のために生きて…
生きて行かなければ、いけないのだろう。
こんなに…辛い思いをしてまで。
いつからだろう…
「ぐ…ぇ」
痛いという言葉も出なくなったのは…
こんなにも痛くて…痛くて…
体の内側が焼かれるように痛いのに…声に出せなくなってしまった。
瞼も腫れているのかな?
重くて視界がよく分からない。
口の中は、血の味しかしない…
「…うっ 」
これは、現実なの?…それとももう地獄にいるの?
どちらでもいいか…
どの道地獄に変わりはないのだから。
…そうか…思い出した。
いつから痛いって言えなくなったのか…
きっと、抵抗することを諦めた時からだ。
今夜は少しだけ、抵抗してみよう
「い…ぁ 」
そうだ、特別な夜だから聞いてみよう。
「お…」
僕は、あなたに何かしたんでしょうか…
あなたは何故、僕を憎んでいるの?
ねえ、どうして?
「…とう…さ…ん」
「あっ?… なんか言ったか?」
額の皮がちぎれそう…
いつものことだから、もういいけどね。
気づいてないと思うけど、あなたよりも髪が薄くなったんですよ?
そんなことどうでもいいか…
だって、あなたからは恍惚とした歪んだ笑みと、アルコールの匂いがする。
楽しそうですね…
「…お…やめて…」
「うるせえっ!ガキ… 口答えしやがって… 」
顔に吐きかけられたアルコール混じりの唾が、この重い瞼の隙間から入ったというのに…声が出ない。
床に頭を叩きつけられても、その衝撃で脳みそが動いたような変な音が聞こえても、目の前の物が大きく見えたり、小さく見えたりするだけで、声は出なかった。
意識が朦朧とするってこんな感じなんだな…
でも、あなたの声は、はっきりと聞こえたよ。
「お前なんか死んじまえ!!糞ガキがぁ…」
分かってるよ。
僕は…いらないと思います。
あなたの少年時代は、どうでしたか?
缶蹴りが得意でしたか?
僕は、缶蹴りの缶の気持ちなら分かりそうです。
ちょっと蹴られただけで、あっという間に壁にぶつかりました。こんなに軽いんだから、蹴り上げたくなるんでしょうね。
変だな…背中に何度も何度も、あなたの足型を感じているはずなのに、不思議と痛みを感じない。
…もう…殺してください。
「気を失ったかぁ?…チッ」
いつもそうなんだ。
あと少しというところで、僕は生かされる。
潰れた缶は使えないから、程よく原型を残すのだろう。
代わりの缶は無いからね。
でも、今夜は特別な夜だからか、いつもと少し違う感じがします。よく分からないんだけど、体が麻痺してるみたいに痛くないし、あなたの体に何か黒いものが纏っているように見える。
黒い霧のような曖昧なものに覆われているのに、目だけはギョロっと覗かせていて…まるで死神のような姿。
死神…?
脳裏に浮かんだ姿が恐ろしくて、目を合わせないようにゆっくりと目を閉じると、足音が遠のいて行くのが分かった。薄目で見た後ろ姿からは、あの黒い霧のようなものは消えていて、高身長ならではの猫背で曲がった、いつもの姿に戻っている。
あの黒い霧って何だろう?
─バタンッ─
戸が閉まる音を聞いた途端に、何か喉の奥に詰まっていたようなものが一気に吐き出された。
「はあ…… はぁ」
もう大丈夫…
毎晩気が済むまで殴った後は、次の夜まで姿を見ることはないから。
これも今夜で終わる。
終わりにする。
そうだ、見ておこう。
這うように鏡台の前へ辿り着くと、何度も何度も深呼吸をして息を整え、鏡にしがみついて自分の姿を見た。
これが僕の最期の姿…
両目とも瞼が腫れ上がっていて、左目は殆ど見えていない。顔中に擦り傷や痣もあるし、口の中は切れて赤くなっている。鼻血も出ていた。
酷いな…
着ているTシャツは、1年前の誕生日にお母さんから貰った、僕の1番のお気に入り。サイズが合わなくなっても無理矢理着ている。襟周りはヨレヨレだし、至る所に色んな染みがあるし…
でも、これがいいんだ。
最期に着る服は、これでいい。
お母さん…
お母さんと会話したの、いつだっけ?
僕の姿が酷いから、顔も見たくないの?
今朝も「行ってらっしゃい」って言ったのに、やっぱり何も言ってくれなかったね…
お母さんは、僕のこと嫌いなんだよね?
でも、僕はお母さんが好きです。
優しかった時のことを覚えているから。
お母さん…
迷惑かけてごめんね。
生まれてきて…ごめんね。
「い…」
膝がガクガクする。
「…たい…」
涙と血の混ざった鼻水が溢れ出てきて、拭っても拭っても止まらない。
「……痛い…」
…目が開かなくなってきた。
眠いなぁ…
いつもは気がつくと朝になっているけど、今日はもう少し起きていなきゃ…
0時になったら、僕は10歳になるんだから。
そしたら………
死のう。