はじめてのおふろ
1エピソードのつもりで書き始めたら思ったよりも長くなった
……いっそ短編で上げてみるか ←いまここ
なんだかんだで一日も終わり、“外”も暗くなってきた。
――ゆうべはおねむになって、そのままぱんつ一丁で寝ちゃったんだっけ……
〈クル、ちょっといいかな?〉
『なーに?』
〈今まで身体の汚れとかはどうしてたの?〉
『おうちにいたときは、ちかくのいずみでみずあびしてたー』
ドラゴンが入れる泉ってことはないだろうから、水浴びの為に必然的に人化してたってことか。
『へんしんするだけできれいになるんだけどー、おみずあびてるときもちいいのー』
なるほど。 となると……
〈今はその姿が普通だから、そのままでいるなら水浴び出来る場所か――いっそお風呂を造ろうかな〉
『おふろ?』
俺は、風呂のイメージを思い浮かべながら念じてみる。 【意思疎通】に期待してのことだ。
『わあ! なんかきもちよさそう。 あたし、おふろにはいりたーい!』
〈よーし、だったら造ろうか〉
 ̄l ̄
 ̄l ̄
カポーン
〈道具も一揃いあるし、石鹸とタオルもOKっと〉
一通り風呂の入り方は【意思疎通】でイメージと共に伝えてある――クルは「うまくできるかな~?」と、少し不安そうだったが――。
〈さあ、クル、入っておいで〉
『はーい!』
元気のいい返事とともに、クルはその場で服をぽんぽん脱ぎ出した。
〈こら! せっかく脱衣場作ったんだから、教えたとおりにそこで脱ぎなさい!〉
『なんでー?』
〈女の子が人前で裸になるもんじゃありません〉
なまじ身体だけ成長してるから余計にややこしい。
『でも、おかーさんとはいっしょにみずあびしたし、はだかだったよ?』
〈その時は今みたいに身体が大きくなってなかっただろう? 小さい子供だったら、おかーさんと一緒でもおかしくはないよ〉
『あたしがおっきくなったからダメになったの?』
〈クルが身体と同じくらい、心もちゃんと大きくなったら分かるようになるよ〉
――って、クルはドラゴンなんだった…… い、今は進化して人型がメインになったんだから意識もそっちに引っ張られてくれるよな? メイビー?
『やだー! あたしがちゃんとできるかどうか、おとーさんにみてもらうのー!』
〈クールー! わがまま言わないの!〉
『やー! おとーさんがいいっていうまでこのままでいるー!』
――クル……
『おとーさんがおかーさんとちがうのはわかってるの。 でもあたし、おかーさんみたいにおとーさんともいっしょがいい!』
――そっか、そうだったな、明るい子だからつい忘れてたけど、この子はまだ小さいのにおかーさんと離れ離れになってるんだよな。 寂しくないなんてことがある筈ないじゃないか! こんな当たり前の事に気付かないなんて、父親面してあれこれ言う資格なんてないんじゃないのか?
『おとーさん、いっしょにおふろはいれないなら、せめてあたしのことみててほしいの……』
――ふう。
〈ふふ、クルはホントに「甘えん坊」さんなんだな〉
『!! おとーさん?』
〈ちゃんと見ててやるよ。 その代りちゃんと言う事聞くんだぞ〉
『やったー!!』
大喜びで飛び跳ねるクル――だから、そのたゆんたゆんはキケンなんですってば。
〈とりあえず、そこのバスタオルを巻きなさい〉
『はーい♪』
 ̄l ̄
 ̄l ̄
ガラッ
『わー! しろいもわもわがいっぱいだー! あったかーい――』
風呂場を見渡したクルがピタリと止まる。
『わー、きれーい……』
洞窟っぽい迷宮の景観に合わせた岩風呂だ。 入口から右手手前の壁際に洗い場と鏡を配置、その奥から左側へ弧を描くように少し広めの湯舟があり、右手奥の壁、少し高いところから少し熱めのお湯が湯舟へと流れ落ちて水音と湯気――仕事に期待してるぞ――を立てている。
そして――
正面、左の壁、天井には山奥の秘湯をイメージした幻影が投影される仕組みだ。
〈どうだ? 気に入ってくれたか?〉
『うん……あ!』
たーっと壁の鏡に向かうクル。
『かべのなかにあたしがいる?』
〈それが自分だって分かってるのか? えらいなー〉
『みずあびしてるときもしたにうつってるもん! でもこんなにきれいじゃなかったー』
鏡に向かって百面相したりポーズを取ったりするクル――楽しそうなんだけど目のやり場に困るんですよ? 身体を隠してくれそうな腰まで届く長い髪は、苦労の末に捩じり巻きしてアップに纏めちゃったんだからね。
〈さ、裸ん坊でつっ立っててもお風呂は楽しめないぞ。 教えたとおりにやってみよう!〉
『うん、おとーさんもちゃんとみててよ~?』
クルが“こっち”を向いて訊いてくる。 俺がどこから見てるのか、どうして分かるんだろう?
〈あ、ああ、ちゃんと見てるよ〉
――日に日に精度が増していく脳内3D映像がとてもいい仕事をしてるんです。 鏡の反射まで再現するなんて反則ですよ……
『さいしょは“かけゆ”からだよね?
〈そうだ、そこに桶があるだろう? それでお湯を汲んで――熱そうだったら、左側の壁から水が出てるだろう? それで調節するんだ――大丈夫か?〉
『うん』
〈じゃあ、それを肩から掛ける――あー、立ったままよりもしゃがんだ方がいいぞ〉
――かかとは上げて膝は降ろして下さいね。 おとーさんからのお願いだぞ。
『んしょ』
ばしゃー
『ひゃー』
ばしゃー
〈おしりと“おまた”もちゃんと流すんだぞ〉
『はーい』
ばしゃー
『おみずもきもちいいけど、おゆもきもちいいー』
〈もういいだろう〉
――お風呂の醍醐味はこれからだよな。
〈さあ! クル、湯舟に浸かろうか?〉
『はーい♪』
ちゃぷ
〈肩までゆっくり浸かるんだぞ〉
『うひゃー! 背中がぞくぞくする~』
…………
『ん~~~~……あ”あ”~っ』
〈あはははっ〉
『む~』
〈いやいや、ごめんごめん。 やっぱり声が出るんだなーって思ってさ〉
『だってぇ~、きもちいいんだもん』
〈だろ? これがお風呂だ!〉
『うん……』
湯舟に設けた段差に腰かけて露天の景色――幻影なので俺には見えないが――を眺めるクル。
『とってもきれーなけしきだねー』
〈喜んでもらえて嬉しいよ〉
『~♪』
〈あったまったら、いよいよ身体を洗うぞ!〉
『はーい』
――俺の本当の闘いはこれからだぜ?
ざばっ
湯舟から上がり、洗い場へ向かうクル――少し緊張してるのか?
『はじめはあたまからなんだよね?』
そう言って纏め上げた髪を解く――さらさらと流れ落ちる髪がふんわりと広がってその背中を覆う――もう見慣れ――ちゃいけない気がするが――たクルの裸ん坊だが、いつになく神々しい。
『おとーさん?』
〈あ、ああ、そうだ。 さっきの掛け湯と同じ様に温めのお湯で髪を濡らしていくんだ〉
『わかったー』
ばしゃー
『うひゃー』
〈目は大丈夫かー?、瞑っててもいいんだぞー〉
『だいじょーぶー』
ばしゃー
『うー、あたまがおもーい』
〈あはは、それは我慢しなさい〉
『むー』
〈次は、そこのシャンプーを少し手に取って――ああ! 少しだって、あーあーあー〉
『わー、あわあわだー』
〈じゃあ、下を向いて、目はギュッと瞑るんだぞ、シャンプーは目に入ったら痛いからな〉
『うん、わかったー』
〈そのまま両手のあわあわで頭の毛をわしゃわしゃするんだ〉
わしゃわしゃわしゃ……
『なんかもこもこしてるよー』
〈耳の上も忘れずにわしゃわしゃするんだぞ〉
『んー』
わしゃわしゃわしゃ……
〈首の後ろあたりまでわしゃわしゃしたら、もう一回お湯で流すんだ〉
わしゃわしゃわしゃ……
〈もうちょっとだ、我慢して目を瞑ってるんだぞ〉
『うー、おゆがうまくくめないよー』
湯船の淵でカンコンと桶が鳴る。
――しまったー、先に汲んでおいとくんだった。
〈クル、桶を置きなさい〉
『はーい』
――よっと。
ざばー
俺は【メニュー】で桶の中にお湯を召喚した。
〈桶に少しお湯を残して掛けなさい〉
『んー』
ばしゃー
〈残ったお湯で、顔を洗うんだ〉
ばしゃばしゃ
〈目、開けられるかー?〉
『んー、らいじょーぶ』
〈あとは自分で汲めるな? よーく流すんだぞー〉
『はーい』
ばしゃー
〈よし、顔をタオルで拭って――どうだ? すっきりしたか?〉
『ふわー』
〈がんばったなー、よくできたぞー〉
『えへへー』
〈だけどまだ半分だからな、残りの髪の毛を洗ってしまうんだ〉
『はーい♪』
そうして、どうにかこうにか髪と手足と“前”――む、胸がやばかった……持ち上げないと洗えないんだな――もほぼ洗い終えたところで、試練はやってきた。
『うー、せなかがうまくあらえないよー』
〈右手は上から、左手は下からで、こんな風に――〉
イメージを伝えてみるが、両手の連動というか背中越しの感覚が掴めないのか四苦八苦しているのだ。
ちなみに、髪は束にして右肩から前に流してるんですが、セルフπ/なんですよねー。
『あーん、むずかしいよー!』
〈がんばれ、クル!〉
『ねー? おとーさんは、あたしみたいなからだがあったら、ひとりでからだをあらえるんでしょー?』
〈う、うん。 そうだけど?〉
『じゃあ、おてほんみせてー』
――って何を無茶な事を言って――って、おい!
俺――の視点――は、いきなり何かに引っ張られるように、クルの近くに吸い寄せられる――。
そしてそのまま、クルの内に引っ張り込まれた。
…………
(おとーさん、きこえるー?)
〈クルか? 俺はどうなって――〉
目の前には鏡がある――そこに映っているのはクルだ――白い、透き通るような肌に、長い白銀の髪、瞳は紫がかった深い赤だ。
俺はしばし、色彩を取り戻した世界に我を忘れていた。 さっきまでは見えなかった色鮮やかな露天風呂の景色も、鏡越しに目に飛び込んでくる。
ついっ――クルが右手を上げ、その手のひらを見る。
(おとーさんもみえてるー?)
〈あ、ああ……これはお前の“目”なんだな?〉
(うん、いきなりでごめんなさい…… おとーさんとはつながってるから、できるとおもったの)
〈驚いたよ……こんなことが出来るなんて……〉
(えへへー、それじゃ、せなかおねがーい)
――え?――っとと! うわ! おっぱい重っ!!
眼下には圧倒的な質量を誇るクルの双丘がある。
(でしょー?)
ま、まさかこんな形で女の子の身体を体験する羽目になるとは……
余計な事を考える前に、さっさと洗ってしまおう!
〈まずは脇の下から左右の脇腹をだな――って、む、胸がつっかえて届かない?〉
お、おっぱいの下から回すのか――ってやわらかっ!
――いやいやいや、感じるな、考えろ……3.14159265358979……πだけに――ってやかましいわっ!
(…………)
〈……ごめん。 と、とにかく脇腹はわかったかな?〉
(うん、つぎはー?)
〈次は背中の真ん中だ。 まずタオルの端を右手で持って、こうやって背中から垂らすんだ〉
(へー)
〈そして、下から左手でタオルの反対側を掴む〉
(そっかー)
〈あとはこうやってゴシゴシ――〉
――ちょ! 揺れ、おっぱいめっちゃ揺れてる!
タオルを動かすのに合わせてぶるんぶるん揺れまくるおっぱいを鋼の意思で意識から追い出す。
〈終わったら、こうやって左右を入れ替えて――って関節柔らかいなっ! これ手で背中全部拭けるんじゃないかな?〉
(そーお?)
〈最後はこうして……脇の下からおしりまでゴシゴシと洗って……おしまい!〉
(わー、ありがとー)
〈後は自分で出来るな? ちゃんと流すんだぞ〉
(はーい!)
今度は俺の方から意識してクルの身体から抜け出してみる。
――スポンっというような、あっさりとした感覚と共に色彩が失われる。 これだけは凄く残念だ。
さばー
洗い場では、クルが全身の泡を洗い落としている。
〈よし! クル、もう一回お風呂に浸かろうか〉
『うん!』
〈その前にもう一回髪を上げないとな〉
『あう、めんどくさい~』
〈今度はタオル使うから最初より簡単だよ〉
『ほんと? じゃあがんばる』
 ̄l ̄
 ̄l ̄
ちゃぷ
〈今度は好きなだけ入ってていいぞー〉
『はあー、きもちいい』
本当に気持ちよさそうに目を細めている。 頑張ってお風呂を造った甲斐があったよ。
『ねー? おとーさんもはいりたい?』
〈そうだな……〉
『えいっ』
〈わっ――ってまた!〉
(えへへー)
…………
(おとーさん?)
〈ん? ああ、最後に風呂に入ったのはほんの数日前なんだけどな……ひどく懐かしくてな……〉
事故から転移して、召喚に攫われたあげく死んじゃって、生まれ変わって――色々ありすぎた。
けどこうしてクルと出会えて、親娘になれた。
(じゃあ、これからもときどきこうやっていっしょにはいろっ! ねっ!)
〈そうだ……な、こんなお風呂ならお願いしようかな?〉
(やったー! おとーさんといっしょだー)
喜びはしゃぐクルの声を聴きながら――俺は湯船に浮かぶおっぱいの感覚を意識の外へ追い出すのに必死なのだった――っと俺ばかり堪能してたらダメだな。
〈クル、身体返すぞ。 あったまったら上せる前に上がるんだぞ〉
(はーい……おとーさん、ありがと)
〈――ん〉
俺はクルから抜け出した。
 ̄l ̄
 ̄l ̄
『~♪』
〈風邪ひかないようにちゃんと拭くんだぞー。 特に髪は念入りにな〉
『はーい』
〈あと、お風呂上りにすぐに下着は着けなくてもいいけど、ちゃんとバスタオルで身体は隠すように! 約束だぞ!〉
『うん! おとーさんいっしょにはいってくれたもん! あたしもやくそくするー』
〈よーし、いい子だー〉
『えへへー』
〈これが替えの下着と――〉
『なーに?』
〈じゃーん!! パジャマだ!〉
やっぱ女の子がぱんつ一丁で寝るのはいかん! ということで、着ぐるみパジャマを用意してみた。 まあ、にゃんこだ。
『ふわー、もこもこだー』
〈とってもかわいいぞー、クル〉
『~♪』
その場でクルクル回って見せる。
〈お風呂で少し疲れたろう? ゆっくり休みなさい〉
『はーい。 おやすみー、おとーさん』
〈ああ、おやすみ、クル〉
――おとーさんはがんばった。