エピローグ
最終回。鍋が終わったあとの話。
やがて店には私一人になった。リカコにはペンダントの件で礼を言われたが、本当の値打ちは分からないと伝えておいた。それは本当のことで、店主である私自身この店の骨董品の価値については大部分が謎なのだ。なにせ私がこの店を引き継いでから、まだ一ヶ月ほどである。ちょうど新しく仕事を探していたときに、この店を譲るという話に出くわしたのだ。今になって思えば、我ながら思い切ったことをしたものだ。
だが取引先なんかも一緒に引き継いでいるわけで、下手を打たない限り軌道から逸れることはなさそうだ。古物商的な仕事は前時代にも増して稀有である。しかしそれゆえに同業者の間で強固なネットワークが知らず知らずのうちに構築されていった。その繋がりの全貌は、相当な古参である前の店主でさえ知らないという。幸い過去の災害や戦争によってインターネットが消滅するなんてことも無かった。そのため仕事の中心はインターネットなのだ。そんなわけで今まで仕事は店の中だけで完結していた。
ところが次の案件はこれまでと違うのだ。なんと北方の都市まではるばる足を運ばなければいけない。よりによってこの真冬に。今日の鍋の温もりが恋しくなること間違い無しだなぁ。ふと外を見ると雪が降り始めていた。
帰路、俺は熊田と川沿いを歩いていた。寒空の下、街の明かりを頼りに進む。
「寒いぞ熊田」
「まあ、冬だしな。仕方あるまい。カニ鍋、うまかったな」
「俺が捕まえた蟹が入っているんだからな、当然だろう」
「いや、俺は正直不安だったが……ん?」
熊田はふいに空を見上げた。俺もつられて空を見る。
「雪だ」
その呟きは白い息とともに漆黒の空へ吸い込まれていった。
降り始めた雪は本格的な冬の到来を知らせ、俺たちは道を急いだ。冬は年々寒くなっている気がするし、風邪を引きたくはない。帰ったら茶でも飲むか。かれこれ半年ほど前から俺は中国茶を嗜んでいるのだ。
「そうだ、マサヒロ。明日の宿題はやったか?」
「宿題?」
はて、なんのことやら。
「現代社会のやつだよ。ほら、黒瀬先生の授業の」
「あ」
完全に失念していた。確か調べ物系の宿題だったような気がする。
「どうやら思い出したらしいな」
「えーと、確か調べ物をするような感じだったと思うのだが」
「内容はうろ覚えというわけだな。まったく仕方ない、手伝ってやる。鍋の礼だ」
持つべきものは友、親戚のオジサンもそう言っていた。その後、暖房が復旧した我が家で宿題との格闘が始まった。だが今回は熊田との共闘である。すぐに決着がつくだろう……少なくとも日付が変わるまでには。
―終―
これにて完結です。最後までお付き合いいただき誠にありがとうございます。
この話はこれでおしまいですが、彼らのややヘンテコな日常はこれからも続きます。
また別の話でお会いしましょう。では。