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ある冬の鍋事変  作者: 矢州宮 墨
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アナザープロローグ/アル=タルフの衛星基地より去りぬ

アナザープロローグ。短いです。

 アル=タルフと呼ばれる橙色の星から彼が旅立ったのは、一体いつのことだったか。彼自身にもそれは分からないだろう。旅を続けるうちに彼の記憶、いや、彼自身の情報量は減衰していった。


 この途方もない旅、それは彼に与えられた使命に起因する。その使命とは、知的生命体との邂逅である。そしてタイムリミットがあるとすれば、それは彼の消滅だ。この広い宇宙を探索するには、探査船の速度は遅すぎた。それ故に彼は電磁波となり、この世界に許された最高速度で移動する。指向性を限りなく高め、あらゆる波長帯で彼らは射出された。彼もそんなプローブの一つだった。


 やがて彼が彼の使命以外のことをほとんど失った時、ようやく彼は知的生命体の気配を感じ取ることができた。その刺激がキーとなって、彼の凍結意識は解凍された。

『私は目覚めた。使命確認。周囲に知的生命体の反応無し』

彼の言葉はただひたすらに内面に向けられていた。自己がノイズに埋もれないように、祈りにも似たその行為は続けられた。


 それは永遠にも感じられるほどの時が経った頃。あるいは彼の情報がノイズに埋もれる寸前の出来事であった。彼の前方に有機生命体の反応、それも一個体ではなく大量の反応があった。それはすべて、地球と呼ばれる惑星からの反応だった。彼の使命は“知的”生命体の探索であるが、消滅してしまっては元も子もない。彼は意識の存続のため、その星の有機生命体に侵入することにした。神経網中の電気信号に自身の情報を混在させることで、一時しのぎとは言え消滅を回避することができるのだ。


 彼が侵入した生命体、それはEriocheir japonica ――通称、モクズガニと呼ばれる甲殻類の一種だった。



 彼の最終的な目標は、故郷である衛星基地に再び信号を送ることだった。この星に知的生命体が居るかどうかを確かめ、その結果を送るのだ。だが今の彼は一匹の蟹に過ぎない。その体からはどうやっても三百光年の距離に耐え得る信号を送ることは不可能だった。そこで彼は、この星を覆うネットワークに侵入することを思いついた。しかし、思わぬトラブルが起きたのだ。


 彼の意識、もはやそれは宿主たるモクズガニの意識あるいは本能と融合してしまった。結果的に彼の目標は、電脳世界を支配し自己を無限に複製し続けることにすり替わってしまったのだ。だが、我々人類にとって幸運だったのは、彼がまだ蟹の体から脱出する術を見つけていないということだ。


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