プロローグ/加藤マサヒロの休日(冬)
この物語はトータル15000字程度で完結の予定です。連載作品ですが短めの小説となっております。
次の話は0時に更新です。
冬、それは厳しい寒さとの戦い。
今日は日曜日。当然ながら高校は休みだ。そして今日は冬らしい寒さである。考えてみればもう十二月に突入しているのだ。幸いにしてこのマンション『サルノコシカケパレス』は比較的まともな暖房を備えていた。あくまで前時代的な設備ではあるが、普通に暮らす分にはこれくらいで十分だ。要は何事もなければ耐え難い寒さにさらされることは無い。そう、何事もなければ。
「うーん、冬だ。というか寒いな。まるで外に居るみたいだぜ」
と独り言。部屋には俺一人だけ。俺は一人暮らしなのでそれはいつものことである。問題は部屋の寒さだ。現在の室温はセ氏六度。まだ昼間だというのになんでこんなに寒いんだろうか。それ以前に、ここは室内だ。普段ならもうちょっと暖房が仕事をしているはずなのだが…………。
「げげ、暖房の息の根が完全に止まってやがる」
俺は管理人に急いで連絡した。管理人の話によれば暖房の修理には業者を呼ぶ必要があり、場合によっては夕方までかかるかもしれないということだった。ちなみに修理の間、俺が部屋に居る必要はないらしい。ならばどこかに行って暖を取るのが良さそうだ。
「熊田の家にでもお邪魔するかな」
熊田に『Gain』で連絡しようと思い、携帯を取り出す。その時、呼び鈴が鳴った。
「はいはい、どちら様ですかーっと」
俺がドアを開けると、そこに居たのは頭にリボンをつけた女子中学生、音無サトコだった。彼女はいわゆるお隣さんであり、それと同時に俺の担任の先生、音無リカコの妹である。
「遊びに来たぞー。うん? なんか寒いよこの部屋」
「暖房が壊れたんだぜ」
「そーなのか」
「そうなのだ。で、さっちゃんは何しに来たのだ」
彼女のことは大体皆、さっちゃんと呼んでいる。
「遊びに来たよ、ってさっきも言わなかったっけこれ」
「そういえばそうだったかもしれないぜ。だがどうする、部屋はこの通り冷蔵庫だ」
「うっへー、それは困る。うぅん…………」
さっちゃんは悩んでいるようだ。その時俺はある妙案を思いついたのだ。
「そうだ、さっちゃん。いい考えがあるぞ」
「なぬぅ」
「熊田の家に行こうぜ」
「それは却下ね」
「なんで」
「今日は用事があるとか言ってた気がする」
「そうなのか」
何故さっちゃんがそんなことを知っているのかはさておき、俺はプランBを考えなければならないわけだ。あ、そういえば熊田のやつ、喫茶店がどうのこうのと前に言ってたような気がするぞ。場所は結構近かったはずだ。
「さっちゃんよ、この辺に喫茶店があるらしいぞ」
「図書館の近くのやつ?」
「たぶんそれだな。俺はまだ行ったことがないんだが、一緒に行くか?」
「おごってくれー」
「金はないが任せろ!」
そんなこんなで俺たちは件の喫茶店に向かった。
喫茶アルベドは墨田川のすぐ近くに店を構えていた。
「ほほう、これが例の店か。思ったより小さいな」
「でも暖房はあるよー」
「むむ、地下は飲み屋になってるのか。ま、俺たちには関係ないか」
「マサヒロ、はやくしてー」
俺たちは店に入ると適当な席に座った。日曜の昼間だっていうのに客は少ない。
「とりあえず混んでなくてよかったな」
「ここまで来て待たされたら嫌になっちゃうもんね」
「だな。で、さっちゃんは何を飲むのだ? 今日のおすすめはブレンドコーヒーらしいが」
「苦いのは苦手なのだわ」
そういえばそんなこと前にも言ってたような気がする。
「じゃあココアとかどうよ?」
「許す」
「じゃあさっちゃんはそれでオッケーだな。では俺はブレンドにしよう。えーと呼び鈴はどこかなー」
「待たれよ」
店員を呼ぼうとする俺に、さっちゃんが待ったをかけた。
「うん?」
「パフェ食べたい」
俺は何も言わず、メニューに目を通す。パフェはどこだ。俺は見つけてしまった。デラックスなパフェを。
「さっちゃん、もしやこれか?」
俺は恐る恐る確認する。
「それだー」
「こ、これか…………。なんかすごいことになってるな。メロンとか色々乗ってるし」
あと値段もすごいことになっている。うーん、デラックス。
「あの、さっちゃんよ、さすがにこの量は一人で食べきれないのではないかな」
「ハーフサイズでも、いいのよ?」
本当だ、ハーフサイズがある。これなら俺の財布も生きながらえるだろう。助かった。
「おお、それなら問題ないぞー。よし、注文しよう」
かくして、俺の財布は無事に生き延びた。俺はコーヒーもたまには悪くないなと思いつつ、パフェを食べ終えたさっちゃんと話していた。
「パフェ、あなどれない味だったわね」
「そうかい、そりゃよかったぜ」
そういえばココアもパフェも甘いわけだが、そのへんは大丈夫だったんだろうか。
「ところでマサヒロ、このあとはどうする」
「うーん、どうしようかなー」
時刻は午後三時。帰るにはまだ早い。その時、この店に新たな客が現れた。
カランカランという音がした。喫茶店のドアが開く音だ。店に入ってきたのは若い女性。俺はその顔に見覚えがあった。
「むむ、あいつは確か同じクラスの…………」
誰だっけ? いかん、名前をど忘れした。
「あれ、マサヒロくん? 何してるのー?」
あ、見つかった。そうだ、彼女は同じクラスの小城カズハだ。危なくクラスメートの名前が迷宮入りするところだった。
「よう、小城。たまには喫茶店とやらも悪くないな」
「あれ? この子は誰?」
そうか、こいつはさっちゃんと面識がないのか。
「ああ、こいつはうちのマンションの隣人だぜ。今はちょっとした気まぐれで一緒に喫茶店を満喫しているところだ」
「ふぅん、そうなんだ」
そういえばさっちゃんは何故俺のところに遊びに来たんだろうか。暇だったのかな。
「隣人ねぇ。マサヒロくんの妹かと思ったわ」
「俺に妹はいないぜ。こやつは音無サトコ。俺じゃなくて音無先生の妹」
「え、そうなの?」
「そうなのだー」
と、さっちゃんが会話に入ってくる。
「ええっと、サトコさん、だったかしら。ここ座ってもいい?」
小城がさっちゃんに尋ねる。
「もちろん」
小城はさっちゃんの隣に座り、そして慣れた様子で紅茶を注文した。常連っぽいなー。特別話さなければいけないような事もなかったので、とりあえず俺はこれまでの経緯を話して聞かせた。
「ふぅん、この時期に暖房が壊れるなんて大変ね」
「まあな。でも今日中に直る見込みだ。そういや小城、ここにはよく来るのか?」
「私? まあそれなりに来るかなー。本当は冴木さんと一緒に来る予定だったんだけど、今日は珍しく用事があるんだって」
冴木は確かクラスの図書委員だったな。
「ほー。そうかそうか。用事といえば、熊田の奴もそんなこと言ってたらしいな」
俺はちらりとさっちゃんの方を見た。
「確かにそう言ってたよー」
とさっちゃんが言う。小城は何か考え事をしているようだ。このタイミングで考え事とは、嫌な予感しかしない。案の定、その予感は的中した。
「マサヒロくん、分かったわ」
「何が?」
「あの二人、できてるのよ!」
うーむ、それは多分間違っている。熊田は俺と並んで、色恋沙汰には無縁なやつなのだ。もし運命の赤い糸なるモノが存在するなら、あいつはその存在に気づいても無視し続けるタイプなのだ。ちなみに熊田が言うには、俺は自分からフラグを折りに行くタイプらしい。自分ではそんな事をしているつもりはないのだが。
「いや流石にそれはないだろ。冴木はともかく熊田だぞ」
「えー、そうかなぁ?」
「そうだ。なあ、さっちゃんよ」
「間違いなーい」
「本当にそうなのかしら…………」
小城はまだ納得していない様子だ。こいつはそういう話題が好きなやつなのだ。本人は恋愛に興味がないとか言って否定しているが、どっからどう見ても恋愛脳だ。正直なところ、俺はこの手の話題にはあまり興味がないので別の話をすることにした。
「なあ小城、実は来週末に鍋を計画しているのだが」
「な、鍋?」
小城は怪訝な様子で言った。
「みんなで鍋を囲もうという計画を立てているんだ。鍋パーティーみたいな」
「で、参加者は?」
「今のところ、俺と熊田、さっちゃん、それから音無先生と、先生の知り合いの秋雨さん。以上だ」
「なるほどねぇ。うん、面白そうだし行くわ。あ、冴木さんも誘っていい?」
「ああ、もちろん。参加者は多いほうが賑やかになる」
「ところでマサヒロくん、何鍋?」
「ああ、それはな…………」
こうして俺たちは夕方まで語り合った。さっちゃんのことや学校のこと、そして鍋パーティ計画…………。やがてお茶会は解散し、俺とさっちゃんはマンションに帰ったのだ。
それから数日後。俺は墨田川のほとりで、熊田と話していた。
「マサヒロよ、結局鍋の具材はどうするんだ?」
「よくぞ聞いてくれたな。まさに今からそれを捕まえに行くところだ」
「捕まえ……ってどういうことだマサヒロ」
俺は熊田の疑問に答える。
「ふふふ、蟹だよ、蟹」
「それなら市場で買えばいいだろ。あとは商店街の魚屋とか」
「やっぱり蟹は天然モノに限る」
「おいおい、そんな無茶な話があるか。天然モノなんて今の時代ほとんど居ないじゃないか」
「実はこの墨田川には天然の蟹がいるという噂があってな」