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第7話『おっさん、新たな収入源を得る』

 敏樹の持つ収納スキル〈格納庫(ハンガー)〉には、物質を無制限に収納できるということ以外にも様々な機能がある。

 たとえばそのうちのひとつである『分解』機能を使えば、物に付いたよごれなどを分子レベルで分離することができる。

 また『再構築』をつかえば、バラバラにしてしまった部品を組み立てるのはもちろん、切れたり折れたりしたものであっても、これまた分子レベルでの結合が可能だ。

 ただし、何でもかんでも無制限に修復できるわけではなく、たとえば失った部位の再生はできない。

 

「このバッグが100年のあいだ大切に保管されていたというのであれば、この状態もある程度は納得できるのですが、これには酷使された形跡があります。各所に傷なども散見されますが、それらが綺麗に修復されていますからね」

 

 そう言って近藤は敏樹や徹にいくつかの傷痕を指し示した。

 なるほど、そういわれてみればその辺りに大きな傷があったような気がしないでもない。

 

「驚くべき技術です。まるで怪我が治るように、傷が修復されていますね」

 

 さすがに規格外のスキルであっても、死骸から剥ぎ取って作られた革の細胞分裂を促して傷を治癒することはできない。

 しかし周りの組織を細胞レベルで寄せ集めて傷を埋めることは可能であり、同じく染料に関しても状態のいいところから分離し、再染色することである程度ごまかすことはできる。

 

「また、これが最近作られたコピー品でないこともわかります。このバッグの革には100年の歴史を刻む痕跡がしっかりとあります」

 

 〈格納庫(ハンガー)〉には収納物の時間を制御する機能もある。

 基本的に、収納物の時間は停止するようになっているのだが、任意で時間を進めることは可能だ。

 しかし時間を逆行させることは不可能である。

 

「なによりこれほど良質な革をいまの時代に手に入れるのは非常に困難ですからね。そんな良質な革を使って、あまり人気のないモデルのコピーを作る意味がない」

「つまり、100万円の価値は充分にある、と?」

「とんでもない」

 

 敏樹の言葉を受けた近藤は、口元に薄く笑みを浮かべて首を横に振る。

 

「我々の鑑定書をつけて然るべきオークションにだせば、数十倍の値がついてもおかしくありませんよ」

 

 近藤はそう言って手にしたバッグを自慢げに掲げた。

 そして告げられた価値の高さに、その場にいた敏樹、徹、オーナーの3人は一様に息を呑んだ。

 

「さて、ここからが本題なのですが」

 

 そこで言葉を区切った近藤は、バッグを不織布に包んでケースに入れ、手袋を脱いでスーツのポケットに入れた。

 

「大下さまはこのバッグを職人に依頼してリペアされたとのことですよね」

 

 そこで敏樹がちらりと徹を見ると、彼は少し申し訳なさそうに首をすくめた。

 しかしリペア云々の設定に関しては特に口止めしていなかったので、そのことで徹を責めるつもりはなく、敏樹は気にするなといったふうに軽く手を振り、近藤に向きなおる。

 

「ええ、まぁそんなかんじです」

「ふむう……では」

 

 すると近藤は、流れるような動作で膝を折り、床に手をついて土下座した。

 

「どうかこのリペアを行った職人を紹介してください!!」

 

 世界に名を馳せ、多くの富豪に愛されているブランドである。

 何らかの理由で汚れてしまったり傷ついてしまったりした愛用の品やコレクション、歴史的に価値のある物を、多少の使用感は残るものの新品に近い状態にまで修復できるとなれば、金に糸目を付けないという人も多いだろう。

 このリペア技術には、世界的有名ブランドの日本法人取締役社長が、どこの馬の骨とも知れぬアラフォーおっさんに土下座してなお余りある価値があるのだ。

 

「大下さまへの報酬に糸目をつけるつもりはありません。どうか……どうか!!」

「いや、あの、近藤さん……?」

 

 困ったのは敏樹である。

 

(まさか異世界スキルで修復しました、なんて言えないよなぁ)

 

 正直に話したところで信じてはもらえないだろうし、信じてくれたとしてもそれはそれでいろいろと面倒事を引き起こすことは目に見えている。

 

「あの、とりあえず頭を上げてください」

「では、紹介いただけると……?」

 

 床に額を付けたままの近藤から、くぐもった声が漏れる。

 

「はい――」

 

 その瞬間、近藤はガバっと頭を上げて敏樹を見上げた。

 

「――と言いたいところですが、残念ながら」

「そんな……!!」

 

 再び頭を下げようとする近藤の肩を、敏樹は素早く踏み込んでがっちりと掴んで土下座を阻止した。

 

「待ってください! とりあえず、ちゃんと話しましょう?」

「むむ……」

 

 しばらく無言の攻防は続いたが、ほどなく近藤が折れ、敏樹に促されて来客用のソファに座った。

 

「えーっとですね、俺はなにも意地悪で紹介しないといっているわけじゃあないんです。紹介したくてもできない、というところでしょうか」

「……つまり、難しい相手だと?」

「まぁ、そんな感じです。下手なことをして二度と会ってもらえなくなると、俺としてもつらいところですからね」

「ふむう……」

 

 とりあえず敏樹は架空のリペア職人を創り上げ、その職人に修復を依頼したということにした。

 そこからふたりはいろいろと話し合い、ある程度の条件をつけて一応の決着はついた。

 

「ではリペアしてほしいものをパンテラモータースさまにお預かりいただくということで」

「ええ。あとは俺が引き取って職人に渡します。まぁ俺もちょくちょく留守にするのと、向こうも気まぐれなのでいつになるかわかりませんが、気長に待ってください」

「かしこまりました」

「あと、監視とか尾行とか絶対にやめてくださいね。もし気になることがあれば、すぐに取引は中止しますから」

「わかっております。大下さまのプライバシーは弊社が全力でお守りすると約束しましょう」

 

 ここでいう“弊社”とは当該ブランド日本法人のことである。

 つまり近藤は、ヨーロッパに本拠地を置く本社からも敏樹を守ると宣言したわけだ。

 下手なことをして金の卵を逃すような真似はしたくない、というところだろう。

 

「あのー先輩。俺も一枚噛んでよかったんすか?」

「ああ。俺は結構ふらふらしてこっちにいないことが多いからな。むしろ助かるよ」

「まぁそういうことなら、遠慮なく噛ませてもらいますわ」

 

 というわけで、敏樹は近藤からヴィンテージ品のリペアを委託されることとなり、後日正式に書面で契約が交わされた。

 もちろん、いくら契約書があろうと近藤が敏樹の行動や素性を探らないとは言い切れない。

 ロロアら正体不明の女性陣の存在や、ガレージに入ったあと何日も出てこないこと、海外出張が多いと言う割に渡航記録が一切ないことなど、少し調べれば不審な点がごろごろとでてくるのだ。

 それらを隠すのはほぼ不可能であり、ここは近藤の善意を信用するしかない。

 それでもなお裏切られ、調べられた場合はどうするか。

 

(ま、異世界にひきこもってやり過ごすか)

 

 敏樹には、絶対に追いかけられることのない異世界という逃避先があるのだ。

 細かいことを気にしてびくびく過ごす必要はあるまい、と開き直ることにした。

 

「それじゃおやっさん、コミューター買いますよ」

「おう、まいどあり」

 

 まだいろいろと問題はあるものの、とりあえず敏樹はここしばらくの懸案事項である日本円の収入源を得ることに成功したのだった。


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