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第7話『おっさん、近所の温泉に行く』

「じゃあ、実家に帰らせていただきます」

「はーい、また明日ねー」


 夕食の後自室でひと息ついた敏樹は、思うところがあってロロアとともにファランの部屋を訪れていた。

 彼女はベアトリーチェとの二人部屋だったが、商会長の娘が質素な部屋に泊まるわけにもいかず、このホテルでは最も広い部屋をとっており、敏樹が訪れたときにはいつもの女性陣が全員集合していた。

 そしてファランとの相談を終えたところで、みんなに見送られながら実家に帰ることになったのだ。


「ファランちゃんごめんね、みんなお仕事なのに……」


 明日、ファランたちドハティ商会組はいろいろとやることがあり、ほとんど休む暇もないのだとか。


「いいのいいの。そのぶん移動のときにゆっくりさせてもらってるから」

「せやせや。ここで街に来てまでダラダラしとったら何のためにウチらおんねんっちゅう話やからな」

「遊びで来とるわけちゃうしな」

「専属護衛としては移動中の警戒を任せっきりというのも心苦しいですからね。街にいるときくらいはしっかり働かないと」

「私の食材めぐりは趣味みたいなものだからロロちゃんは気にしないで」

「だったらわたしの洗剤めぐりも似たようなもんですねぇ」


 敏樹ら冒険者の仕事はあくまで移動中の警戒であり、街での依頼人の行動まで気にかける必要はない。

 というか、後半の行程を考えればここで休むのも立派な仕事のうちといえるだろう。


「シーラたちはいいの?」

「ああ。商都の冒険者ってのがなんぼのもんか、参考にしたいしね」

「下手に休んで緊張感が途切れるのも避けたいですわね」

「ん。責任ある補佐官だから」


 シーラたちはあくまで補佐役として同行しているのであって、今回の護衛のメインはガンドと敏樹やジールたち受験者である。

 なので、そこまで休みにこだわる必要もないだろう。

 この場にいないシゲルに関してはなんの心配をする必要もないだろうし、ジールたちに関してはガンドが上手く面倒を見てくれるはずである。


「ま、気にせずゆっくりしてきてよ」

「……うん。ありがと」


 ファランの言葉にロロアはこくりと頷いた。


「じゃあみんな、実家に帰らせていただきますね」


 そしてロロアは顔をあげると、にっこり笑ってそう告げるのだった。


(あ、セリフとられた……)


**********


 拠点であるガレージに着いた時点で時刻は20時少し前だった。

 夕食の時間が少し早く、食後ひと息ついてもこのくらいの時間に帰ってこられたのだった。


「温泉、温泉っと……」


 スマートフォンを手にした敏樹の頭に思い浮かんだのは、隣町の小さな温泉か、隣県の有名な温泉かであった。

 どちらも営業は23時までで、入浴料自体はさほど変わらないのだが、なんといっても現在地からの距離が違う。


「あっちは高速使って1時間半……。まぁ1時間くらいはゆっくりできるけど、その後こっちに帰ってくるのがなぁ……。ホテルに泊まるとなると高くつくし……」


 対して隣町であれば実家から15分の距離である。


「よし、隣町にしよう」


 隣町とはいえ歩けば1時間以上はかかる距離である。

 移動には自動車が必要なので、まずは実家に赴く必要があった。


「じゃ、行くよ」

「はい」


 敏樹がアクセルを回すと、バルン! とエンジン音が響く。

 町中の移動用にと買っておいたツアラータイプのバイクに、敏樹とロロアはまたがっていた。


(金のあるときに買っといてよかったよ、ホント)


 タンデムシートに座るロロアも、もう慣れたもので、特に怯えることもなく敏樹の腰に手を回している。

 ロロアがしっかりと掴まったことを確認した敏樹は、ゆっくりとバイクを発進させ、5分程度で実家に到着した。


「お、車はあるな。あとはキーを……」


 母親が夜に出かけることはめったにないので、1~2時間借りるくらいは問題ないのである。

 そう思い、ゆっくりと玄関の戸を開けようとしたところで――、


「あら敏樹、帰ってたの」


 できればいま一番会いたくない人物と遭遇してしまった。


「げぇっ! 母ちゃん!?」

「親に向かって“げぇっ”とはなによ。あら敏樹、あなた――」


 おそらくお向かいさんの家で井戸端会議ぎでもしていたであろう母親は、まだ少し離れた場所にいたはずだが、いつの間にか距離を詰められていた。


「――こちらの可愛らしいお嬢さんはどなた?」


 そして敏樹の陰に半ば隠れていたロロアの前に立ち、普段からは想像もつかないような柔和な笑みを浮かべるのだった。


「あー、えっとこの娘は、その……」

「どーもはじめまして、敏樹の母でございます。いつも息子がお世話になってますわねぇ」


 息子が連れてくる女性は例外なく嫁候補とでも思っているのか、敏樹の母親は好印象を植え付けようと、穏やかな口調で語りかける。


「ちょ、おい、なに勝手に……」

「あ、えっと、その、ロロアといいます。いつも敏樹さんにはお世話になっています」

「あらぁロロアちゃんっていうの? 外国の方かしら? ねぇ敏樹、こんな可愛い子とどこで出会ったのよ?」

「か、可愛いだなんて、そんな……」


 ぐいぐい詰め寄る母親と、照れてうつむきながらも口元を緩めているロロアの姿に、敏樹はため息をついた。


「はぁ……。あれだ、ロロアとは、その……仕事先で、だな」

「仕事って、新しく始めた海外飛び回ってるっていうやつ?」

「そう、それ! 仕事先でいろいろと手助けしてくれてね」

「ふぅん。敏樹くん、奥手だと思ってたけど意外とやるわねぇ」

「なんだとっ!?」


 母親とは別の声が聞こえてきたのでそちらに目を向けると、母親と仲のいい近所のおばちゃんがいた。


「で、どこで出会ったの? どうやって声かけたの? ロロアちゃん、だっけ? お歳は? 二十歳くらいかしら?」

「あ、いや、その、鍵! 母ちゃん、車の鍵をっ!!」


 ぐいぐい来る近所のおばちゃんに辟易しつつ、敏樹はなんとかそう訴え出ることができた。


「車の鍵なら玄関にあるわよ。出かけるの?」

「あら、お茶くらい飲んでいきなさいよ。ねぇ?」


 このおばちゃん、人の家に上がり込む気まんまんである。


「いやいや、温泉行くから。急がないと閉まるだろ? その前に、な?」


 敏樹は母親とおばちゃんの猛攻をかわしつつ、玄関の戸を開けてささっと自動車のキーを取り、ロロアの腕を掴んでガレージへと急いだ。


「じゃあ行ってくるからー!」


 田舎のおばちゃんは好奇心旺盛だが、立ち去ろうとする若者をわざわざ追いかけてきたりはしないのだ。

 無事ガレージにたどり着き、車に乗った敏樹は安堵の息をつく。


「ごめんな、騒がしい母親で」

「いいえ、そんな……」


 とはいいつつ、ロロアもどこか安心した様子だった。


(車、欲しいな……)


 なんとか日本で稼ぐ手段を確立し、できるだけ早く自動車を買おうと決意する敏樹だった。


**********


 実家を出たあと一旦ガレージに戻った敏樹は、下着の替えとジャージを持って温泉を訪れた。


(どうせガレージに戻るなら、ロロアには待ってもらっときゃよかったな……)


 後悔先に立たずである。


「ほぇー。立派な建物ですねぇ……」


 これといって趣きのない、ザ・公共施設という外観の温泉施設だが、ロロアにとっては見慣れないものなので、彼女は呆けたように建物を見ながら少々間抜けな声を漏らしていた。


(あっちの温泉に行ったらどんな反応するかな)


 有名なアニメ映画の題材にもなった、いまや世界的にも有名な歴史的温泉施設が隣県にはある。

 その歴史深い情緒あふれる建物を見たとき、彼女がどんな反応を示すのかは、後日の楽しみとしておこう。


 日本の公衆浴場を初めて訪れたロロアだったが、故郷の集落から少し離れたところにも温泉はあり、彼女には入浴の習慣があったので、湯につかるというところに戸惑いはない。

 それに、ここは温泉といっても露天風呂などがあるわけでもなく、銭湯に毛が生えたようなものである。

 ロロアには銭湯のマナーを解説した動画やサイトみて事前に勉強してもらったので、特に問題はないだろう。


「ふぃ~…………、極楽じゃぁ…………」


 ゆっくりと温泉につかって充分に癒された敏樹は、風呂をあがると手早くジャージを着てロビーに出る。


「ごめん。おまたせ」

「いえ、私もいま出たばかりですから」


 そこには髪を湿らせたジャージ姿のロロアがいた。

 ゆったりと過ごしてほしいので、ルームウェア代わりのジャージは少しサイズを大きめのものにしている。

 それでも彼女の豊満な胸や尻は無遠慮に布地を押し上げ、ロロアの素晴らしい体型を主張していた。

 また、ロロアといえば青髪が特徴だが、こちらの世界で見る茶髪も悪くない。

 その髪がしっとりと湿っているせいか、いつもより艶っぽく見えるのは気のせいだろうか?


「あの、トシキさん……?」


 ぼんやりと見惚れる敏樹に、ロロアが小首を傾げて問いかける。


「あ、ああ、ごめん。あの、髪、乾かしてないの? ドライヤーあったと思うけど……」

「すいません、使い方がわからなくて……。だから、今日も、いいですか?」


 彼女は集落で暮らしていた頃だと風魔法を使って髪を乾かしていたのだが、こちらでは魔法が使えない。

 町に出てホテル暮らしを始めると、部屋にはドライヤーに似た温風の出る魔道具が備え付けられていたのだが、彼女はそれを上手く使いこなせずにいた。

 なら魔法で乾かせばいいのだが、せっかくだからと敏樹が温風の魔道具で髪を乾かしてやると、すっかりそれを気に入ってしまったのだ。


「いいよ。じゃ帰ったらね」


 ガレージに戻った敏樹はさっそくドライヤーを用意した。


「ふぁあぁぁ……、きもちぃれすぅ……」


 よほど気持ちよかったのか、そのまま眠り落ちそうになるロロアをベッドまで誘導してやったあと、敏樹はソファに横たわった。


(車は……、明日でいいか)


 ロロアの穏やかな寝息が聞こえるなか、敏樹も眠りにつくのだった。


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