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第13話『おっさん、シゲルと戦う』

「ロロアもだいぶ穏やかになったな」


 昨日大泣きしてすっきりしたのか、今朝は随分と穏やかになっていた。

 午前中は少しぎこちないやり取りはあったものの、すぐに調子を取り戻した。


 そして、訓練場でのシゲルの姿を見て、随分と安心している様子だった。

 冒険者相手に手加減をしながら戦い続けるシゲルからは、黒いオークとして敏樹と戦ったときの凶悪さは一切感じられなかった。

 彼が見せた堂々たる強さが敏樹を護ると思えたのか、ロロアから不安な様子はすっかり消え去っていた。


「さてと……」


 どっかりとソファに座った敏樹は、〈格納庫(ハンガー)〉からタブレットPCを取り出し、『スキル習得』メニューを開いた。


「レベル7……。どうするかな……」


 視線の先、タブレットPCのモニターには、〈影の王〉のスキルレベルを上げるかどうかという表示が映し出されていた。

 現在のレベルは6。

 そして、レベル7に上げることは可能なのだが、それを実行するかどうかで敏樹は迷っていた。


 最初、〈影の王〉習得には1億ポイントが必要だった。

 そしてレベル2に上げるのにも同じく1億ポイント。

 それ以降、レベル3にするには2億ポイント、レベル4には4億ポイントと所要ポイントは倍々で増えていき、レベル6から7にあげるには、32億ポイントが必要となっていた。

 すべてのスキルレベルアップがそのような方式になっているわけでもないし、個人の才覚とスキルの相性で所要ポイントは変動する。

 さらに、レベルアップ可能になってからの熟練度次第で、所要ポイントは減少していくのだが、敏樹の場合、シゲルと戦う前の段階ではまだレベルアップ不可であり、彼との死闘を経てようやくレベルアップが可能になったので、現時点でも32億ポイントが必要な状態だった。

 それは、敏樹の所持するポイントの大半を消費する数値である。


「うーん……、今後必要になるスキルがあるかもしれないしなぁ」


 ここでポイントを大量消費してしまうと、今後便利なスキルを習得できなくなる可能性がある。


「もうちょっと悩むか……」


 しばらく考えた結果、敏樹は決断を保留し、風呂に入って眠りについた。


**********


 翌朝、かなり早い時間に目覚めた敏樹は、シゲルを起こして冒険者ギルドの訓練場を訪れた。

 もちろん、ロロアたちには声をかけていない。


「へへ、親父と()れんのかぁ。楽しみだなぁ」

「お手柔らかにな」


 シゲルは昨日同様槍を、敏樹は(げき)を手にしていた。

 戟とは槍に似た武器で、先端の刃、すなわち槍で言うところの()に当たる部分が()と呼ばれ、その刺の根元辺りから真横に伸びる第二の刃がついてる武器である。

 その第二の刃は(えん)と呼ばれる。

 スライム材でコーティングされた訓練用の武器の内、敏樹が常用しているトンガ戟に一番近い形状のものがこれだった。


「じゃあ、はじめようか」

「おう」


 朝の早い時間だからか訓練場に人は少なかったが、それでも10名ほどはおり、いつの間にかふたりは他の冒険者に囲まれていた。

 中には昨日シゲルと模擬戦を行ったものもおり、どうやら面白がって見物するようだ。


(とりあえず、先手を取るか)


 敏樹は〈思考加速〉を発動しつつ、シゲルの正面から踏み込み、みぞおちをめがけて戟を繰り出した。


(嘘だろっ!?)


 戟の刃がシゲルに届くより少し前、後出しで繰り出された彼の槍のほうが、先に敏樹へと到達しそうになる。

 〈思考加速〉がもたらすスローモーションの世界で比べれば、ふたりの実力差が顕著に現われた。


「くっ……!!」


 悠々と動くシゲルの姿に、敏樹はまるで自分だけがゆっくりと流れる時間の中に取り残された気分を味わいながらも、なんとか体を捻り、半ば倒れるようなかたちで、肩口を狙った刺突をかわす。


「おっ?」


 そして自分の攻撃がかわされたことに、シゲルは嬉しそうな反応を見せた。


「っらぁ!」


 刺突をかわしたことで崩れた体勢のまま、敏樹はシゲルの持つ槍の柄を狙って戟を突き上げた。

 柄の中ほどに、第二の刃である援が当たった瞬間、敏樹は手に衝撃を受けた。


(ガンドさんの、寸勁もどき……!?)


 それは想像以上の衝撃であり、敏樹は戟を取り落として、そのまま床に手をついた。


「へへ、俺の勝ちだな」


 気づけば首元に、槍の穂先を突きつけられていた。


「おおー!!」


 ギャラリーから歓声と、ちょっとした拍手が送られる。


「あのおっさん、いったい何もんだよ」

「だよなぁ。シゲルさんの一撃をかわすって、相当なもんだぜ?」


 敏樹的には惨敗だったが、昨日実際にシゲルと手合わせした者からすれば、善戦の類になるらしい。


「シゲル、もう一本」

「へへ、いいぜぇ」


 敏樹は戟を拾って立ち上がり、ふたたびシゲルと対峙した。


*********


「なぁ、親父よぉ……、なんで本気出さねぇんだ?」


 あれから敏樹は、たまに武器を双斧に持ち替えたりしながら10回以上模擬戦を繰り返した。

 といっても連続で戦い続けたわけではなく、2~3回につき一度休憩をはさみ、その都度人目につかないところでタブレットPCを操作していた。


「あのおっさん、休憩から戻る度に動きがよくなってんだよなぁ……」


 〈影の王〉のようなチートスキルではない、通常の戦闘スキルに関しては、それほどポイントを消費しないため、敏樹は〈戟術〉や〈双斧術〉などのスキルに関しては、ためらわずどんどんスキルレベルを上げていく。

 シゲルとの模擬戦は相当いい経験になるようだ。

 ちなみに、敏樹が休憩しているあいだは別の冒険者がシゲルとの模擬戦を繰り広げていた。


 そうやって、最初に比べれば相当いい動きにはなったものの、相変わらず手も足も出ないという模擬戦を繰り返したところで、シゲルからふとそう言われたのだった。


「ん? 本気も本気だよ、何言ってんの?」

「いや、親父の戦い方はそういうんじゃねぇだろ?」

「俺の戦い方……?」

「おう。親父の戦い方ってのは、こっそり近づいてズバァン! って感じだろ?」

「……そういうことか」


 これまでの模擬戦でかなりスキルレベルも上がり、実戦に近い経験を積んだことでそれなりの強さを手に入れた敏樹だったが、たとえば今の状態でガンドと正面から戦ったところで、おそらく手も足も出ないだろう。

 そして眼の前にいるこの男は、そのガンドを赤子のようにあしらう存在なのだ。

 仮にこの先何百回、何千回と模擬戦を続け、戦闘系のスキルを伸ばしたところで、シゲルには勝てる可能性は万にひとつもあるまい。

 仮に同じスキルレベルを持ったとしても、地力が違いすぎるのだ。


(でも、俺はこいつに一回勝ってるんだよなぁ)


 そう。敏樹は手加減なしのシゲルに、一度勝利しているのだ。

 それはなぜか?


(知恵と勇気……、なんといっても〈影の王〉のおかげだよなぁ)


 ふっと自嘲気味に薄く笑った敏樹は、訓練用の武器を片手剣に持ち替えた。


「よし、じゃあ一旦警戒を解いてもらって……、そうだな、目を閉じて3つ数えたら始めようか」

「おう、いいぜぇ」


 シゲルが構えをとき、静かに目を閉じる。


「……お、おい、あのおっさんどこ行った?」

「あれ? 休憩かなぁ?」

「いや、さっきまでそこにいたはずなんだけど……」


 敏樹は特に移動せずシゲルの前に立っていたが、どうやらレベル6の〈影の王〉を全力で発動すると、その場にいながら姿を消すことができるようだ。

 いつもは状況に合わせて機能を制限し、魔力消費を抑えているが、すべての隠密スキルを全開にした状態での魔力消費は相当なものになるようで、1~2分もすれば魔力は枯渇するだろう。


「へへ……いいねぇ」


 3つ数え終わったのか、シゲルがゆっくりと目を開ける。

 そして、両手で槍を構えて腰を落とした。


「ひっ……」


 ギャラリーの内の何人かが、短い悲鳴をあげる。

 悲鳴をあげずに堪えた者も、顔を青くし、冷や汗をかいていた。

 本気で構えたシゲルには、それだけの凄みがあった。


(相変わらず凄いな、こいつは)


 油断なく構えるシゲルを注視しながら、敏樹は慎重に、ゆっくりと移動する。

 〈影の王〉に含まれる〈忍び足〉の効果で普通に歩いても足音はしないはずだが、それでも慎重に慎重を重ねないと、シゲルの直感は欺けないのだ。


(あと少し)


 30秒ほどかけてシゲルの背後に回り込んだ敏樹は、ゆっくりと剣を振り上げ、そして一気に踏み込んだ。

 首をめがけて振り抜こうとした片手剣の刃がいままさに触れようかというところで――、


「そいっ!!」

「ぐぼぁっ……!!」


 シゲルが背後に向かって突き出した槍の石突きが、敏樹の腹を捉えた。

 敏樹は石突きで強打された腹を押さえながら、膝をつく。

 石突を覆うスライム材と、敏樹が身につけた革の胸甲のおかげで衝撃はかなり減殺されたはずだが、それでも息が詰まるほどの打撃となった。

 そして、突然現われた敏樹の姿に、ギャラリーからどよめきが起きる。


「へへ、いまのはちぃとヤバかったな」

「ふん……どこが、だよ……」


 訓練場の回復効果と、〈無病息災〉の効果によって、10秒ほどで痛みは消えたので、敏樹は剣を杖にしながら、わずかによろめきつつ立ち上がる。


「ふぅ……。休憩のあとにもう一戦だ」

「おう、いいぜぇ」


 再戦を予告した敏樹は、休憩と称してトイレに入った。


**********


「俺の戦い方、ねぇ……」


 トイレの個室に座った敏樹は、タブレットPCを開いていた。

 そして、さきほど言われたシゲルの言葉と、その後の模擬戦を思い出す。

 これまで手も足も出なかったシゲルに、多少なりとも危機感を覚えさせたのは事実だ。


「こっそり近づいてズバン、か」


 シゲルのような強敵に対抗するには、隠密スキルを伸ばすのが最も効果的であるらしい。


「だったら、迷っている場合じゃないよな」


 便利なスキルなど、もう充分なほど習得している。

 もしまた別のスキルが欲しくなるのなら、そのときはいろいろな経験を積んでポイントを貯め直せばいいだけの話だ。

 もう少し経験を積んで所要ポイントを減らすという方法もあるが、いまの一戦を経ても100ポイント足らずしか下がっていなかったので、選択肢として現実的とはいえないだろう。


「よし…………、ポチッとな」


 タブレットPCのモニターをタップしたあと、敏樹は魔石を幾つか潰して魔力を吸収し、再び訓練場に戻った。


「シゲル、もう一戦だ」


 他の冒険者との模擬戦が一段落ついたところで、敏樹は声をかけた。

 まだ順番待ちの者もいたが、彼らは自分たちが戦うよりも、敏樹とシゲルの対戦を見たいらしく、すぐに順番を譲ってくれた。


「じゃあ目ぇ閉じて3つ数えるか?」

「いや、このままでいい……」

「――!?」


 ふっと敏樹の姿が消え、シゲルは目を見開いたが、すぐに槍を構えた。


「ヘヘ……こりゃ、いよいよやべぇな……っとぉ!!」


 シゲルがブンっと首のあたりをやりで払うと、バチィン! と硬質ゴム同士がぶつかりあうような音が鳴り、訓練用の片手剣が宙を舞った。

 しかし敏樹が姿を現すことはなく、シゲルは周りを警戒しつつ再び構え直す。


「うぉっ!?」


 シゲルが構えなおして数秒後、彼は目の前を払うように槍を振った。

 その時、バシッと軽い衝撃音は鳴ったが、見た目には何も起こっていないように見えた。

 その後もシゲルは槍を振り回し、そのたびにバシバシと音が鳴り続けた。


(無属性に隠密乗せてもバレるのかよ……)


 敏樹は先ほどから、少し距離を取り、無属性の魔力を弾丸のようにして放つ【魔弾】や、魔力を槍のようにして放つ【魔槍】を何発も撃っていた。

 ただでさえ視認しづらい無属性魔術に、〈影の王〉で隠密効果をもたせたうえで、大きさも速度も異なる攻撃をランダムに加えているのだが、シゲルはそのすべてを槍で防いでいた。


 さらにシゲルが数発の魔術を防いだところで、これまでとはことなるバチィン! という音が鳴る。

 それと同時に、双斧用の手斧が宙に舞った。

 そして、シゲルは不自然な体勢で槍を繰り出したまま、完全に動きを止めた。


「……どうなったんだ?」

「お、おい、あれ!」


 動きを止めたシゲルのすぐ近くに、ふっと敏樹が姿を現した。

 シゲルの繰り出した槍の穂先は敏樹の首元を捉え、敏樹がいつのまにか手にしていた戟の刺がシゲルの首に突きつけられていた。


「すげぇ……、あのシゲルさんと、相打ち?」

「ほんと、なにもんだよあのおっさん……」


 ギャラリーがどよめく中、敏樹とシゲルは同時にフッとほほ笑み、構えを解いた。


「へへ、引き分けだなぁ」

「アホぬかせ。最初の一撃を防がれた時点で俺の負けだよ」


 隠密からの〈斬首〉。

 現在敏樹が唯一シゲルに勝てる方法だろう。

 〈斬首〉を模した初撃を防がれてからも善戦しているように見えたが、実際のところ【魔弾】や【魔槍】程度の魔術をシゲルが防ぐ必要はない。

 無防備な状態でまともに食らったところで、かすり傷程度のダメージしか与えられまい。

 そして最後の一撃となった戟による攻撃にも同じことが言える。

 たとえ急所を突いても、敏樹の技量ではシゲルに有効なダメージを与えることはできないだろう。


 前回のフレイムスタッフを使った不意打ちにしても、いろいろな罠を仕掛けたうえにスタングレネードで数秒間動きを止められたから通用したのだ。

 同じ罠は二度と通用しないだろうし、仮に隠密状態のままフレイムスタッフでシゲルに触れたところで、魔術を発動する前に反撃を食らっておしまいだろう。


「やっぱ親父についてきて正解だったぜぇ。いい訓練にならぁ」

「はは。こちらこそだよ」


 軽口を叩き合いながら、敏樹は落とした片手剣や双斧用の手斧を片付けていった。


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