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第10話『おっさん、提案される』

 盛大に倒れ、地面に打ちつけたであろうガンド顔のあたりからじわりと血溜まりが広がる。


「出たぜ、ガンドさんの五体投地がよ……」

「はは、いつみても笑えるぜ」

「なにいってんの、当事者はたまったもんじゃないのよ? 勝手にぶっ倒れた相手に妙な罪悪感持たされるんだからさぁ」

「まったくだ。しかし、これで4割がた成功するってんだから驚きだよな……」

「いや、半分以下の成功率でこれやるガンドさん馬鹿だろ……」


 手脚を大きく広げてうつ伏せに倒れたガンドを肴に、冒険者たちはワイワイと酒を楽しんでいるようだった。

 どうやらガンドの五体投地はここの名物らしい。

 勢いよく倒れたガンドだったが、右手に持ったグラスだけはしっかりと上を向いていた。


「くく……、なんだい、この馬鹿な生き物は……」


 シーラは呆れたように呟くと、ワインが半分ほど残っているボトルを手に立ち上がった。

 そして倒れたガンドのそばにしゃがみ込む。


「一杯だけだぞ、木偶の坊」


 そう言ってシーラはトクトクとガンドのグラスにワインを注いでやった。


「おお、かたじけない!!」


 うつ伏せのままくぐもった声でそう叫んだあと、グラスが満たされたのを感じ取ったガンドは、もぞもぞと起き上がり始めた。

 ワインをこぼさないよう、器用に姿勢を変えた熊獣人の冒険者は、あれよという間にあぐらをかき、グラスを呷って中身を一気に飲み干した。


「ぷはぁっ!! 美味い!! やはり、おなごに注いでもらった酒は格別だな」


 ガンドがグラスに口をつけたのを確認したところで、シーラは立ち上がり、席に戻っていた。

 それで余興は終わりとでも告げるかのように、他の冒険者たちも片付けていたテーブルや椅子を元の位置に戻し始める。


「さて、お望みもかなったようですし、ご自身の席に戻ってくださいよ」

「むぅ……」


 敏樹がそう言うと、ガンドは名残惜しげにからのグラスを眺めて、小さく唸る。

 そして顔をあげると、ロロアに視線を向けた。


「すまぬがそれがし、乳の大きなおなごが好みゆえ、そちらの青髪の娘にもういっぱ――ぎゃあああ!!」


 言い終える前にガンドが悲鳴を上げる。

 ガンドに見られ、“青髪の娘”と言われたとき、ロロアの身体がビクンと震えた。

 それを視界の端に捉えイラッとした敏樹は、<格納庫(ハンガー)>から熊撃退スプレーを取り出し、容赦なくガンドの顔に吹きかけたのだった。


「ぐおおおおっ!! 目が……めぇぐぁあああっ……!!」


 顔を押さえて転げ回るガンドの巨体が、せっかく並べ直したテーブルをなぎ倒していく。

 そんな混乱の中、冒険者は自分たちのグラスや食事の器を手に安全な場所へ移動し、従業員はその合間を縫っ食事や飲み物を運んでいった。


「ご注文の品は以上でおそろいですか?」


 赤茶けたクセのある髪が特徴的な、小柄な女性従業員が、敏樹らのテーブルに料理を並べ終えた。


「ええ、ありがとう。すいませんね、騒がしくて」

「はは。ギルドの酒場ってのはこんなもんでしょ……っとぉ」


 相変わらず痛みに耐えかねて転げ回るガンドを、うまい具合に蹴飛ばして誰もいないほうへ軌道修正しつつ、従業員はカウンターへと去っていった。


「ぐおおおっ! だれかっ!! 回復術を……!! せめて水だけでも……!!」


 耳障りなうめき声と、巨体がゴロゴロと転げ回り、たまにテーブルや椅子が倒れる音をBGMに、敏樹らは食事を進めた。

 ロロアは心配そうにチラチラと、シーラはワインを片手に笑いながらガンドの様子を見ていたが、他のメンバーは食事に集中していた。

 敏樹とメリダは意図的に無視していたが、シゲルとライリーは心底興味がないようだった。


「よぉ、トシキさん。災難だったな」

「まったくだよ」


 食事がある程度一段落ついたところで、ジールがグラスを片手に話しかけてきた。

 ガンドは相変わらず喚いていたが、知り合いの魔術士にとりあえず顔にかかったスプレー液を洗い流してはもらえたようで、無駄に転げ回ることはなくなったようだ。


「なぁ、この町には女の人が相手をしてくれるお店ってないのか?」

「ん? 娼館だったら五番街に……」

「いや、そういう相手の仕方じゃなくて、酒場なんかで女性の従業員が酌をしたり、ちょっとした話し相手になったり、みたいな」

「んー、どうだろうなぁ……」

「それなら三番街にある『黄昏の山猫亭』なんかどうよ?」


 敏樹とジールの会話に聞き耳を立てていたのか、他の冒険者が会話に割って入ってくる。


「いや、あそこは年増の猫獣人のおばちゃんがいるだけだろうがよ」


 そしてさらに数人が、会話に加わってきた。


「ばっか、おめぇ知らねぇの? 州都に嫁に出てた娘のミナちゃんが帰ってきて、店に出てんだよ」

「まじかよ? ちょっと行ってみようかな」

「顔がヒリヒリするぞぉ……。目が……目がまだ見えんぞぉ!!」

「やめとけやめとけ。あそこはいまミナちゃん目当ての客でごった返してるから」

「そうそう。俺もミナちゃんの噂聞いて行ってみたけど、一杯酌してもらえただけで、会話なんてとてもとても……」

「頼む!! だれかそれがしに回復術をっ!! あとその店の詳しい情報もっ!!」

「だよなぁ。だったらここでマイラちゃんとちょっとでも話せたほうがいいよな」

「あー、マイラちゃんいいよなぁ……」

「あら、ありがとうございます。おかわりいかがです?」

「おっ? マイラちゃん、今日もかわいいね! じゃもう一杯貰おうかな」

「俺も俺も!!」

「まいどありー」

「目が痛い! 顔がヒリヒリする!! 猫獣人の娘の乳は大きいのかっ!? 

だれかっ! だれかぁーっ!!」

「そういやさ、一番街のアクセサリ屋に最近キレイな娘が……」

「だったら三番街の屋台にいい娘が……」


 やがて会話の中心は敏樹から離れ、どこの誰が可愛いだの、俺はあそこのだれそれとちょっと話しただの、どこの世界でも繰り広げられそうな男同士の無駄な会話が各所で始まる。


「なぁ、ジール。さっきもちょっと聞いたけど、例えば女の人がたくさん働いてて、お客ごとに酌をしたりしばらく会話をしたり、そういうお店ってのはないのか?」

「はは。そんな夢みたいな店があったら、ここの連中は財布が空になるまで通い詰めるだろうな」

「なるほどなぁ……」


 どうやらスナックのような店はあっても、キャバクラのようなものは存在しないらしい。

 そんなことを考えながら、敏樹は酒場の喧騒を遠巻きに眺めていた。

 敏樹のちょっとした疑問がきっかけで始まった会話だったが、それは昼間から酒を飲むくらいしかやることのない、暇で馬鹿な男どもを中心に異様な盛り上がりを見せ、それにともなって助けを求めるガンドの声も大きくなる。


「昼間っからなにを騒いどるのじゃあっ!!」


 そんな騒がしい酒場に、ギルドマスターバイロンの怒鳴り声が響いた。


**********


「まったく、こやつももうちっと酒癖がマシになればのぅ……」


 呆れたように呟きながら、バイロンはガンドの頭を杖でコンコンと叩く。

 当のガンドはというと、バイロンの魔術によって強制的に眠らされていた。

 寝息の中にうめき声が混じっているのは、熊撃退スプレーのダメージがまだ残っているからだろう。

 酔っぱらいをおとなしくさせるのはともかく、回復までさせてやる義理はないといったところか。


「すまんの、ウチの古参が迷惑をかけて」

「いえいえ」


 敏樹と話しているバイロンだったが、視線はずっとシゲルのほうに向いたままだった。


「あの、ウチのシゲルがなにか……?」

「ふむ、トシキよ」


 バイロンは敏樹に顔を近づけ、声を潜める。


「アレはなんじゃ?」


 バイロンの鋭い視線が敏樹を貫く。

 なにもかも見透かされているようで、背筋が凍る思いだったが、正直に話せばなにかと面倒なことになるだろう。

 一応、それなりに高レベルの〈精神耐性〉と〈無病息災〉を持つ敏樹は、なんとかバイロンの威圧に耐え、平静を装った。


「シゲルは俺の子分ですよ」


 そして、かろうじて普通の口調でそう答えることができた。


「…………ふむ、子分か」

「はい、子分です」

「危険はないのだな?」

「ええ。なにかあれば責任は俺が持ちますので」

「そうか……。しかし、力量ぐらいは見ておきたいところじゃな。これ」


 鋭かった視線は幾分か穏やかになり、敏樹から少し離れたあと、バイロンはガンドの頭を少し強めに杖で小突いた。


「む……んん……」


 杖で小突かれた衝撃、というよりおそらくは魔術が解除されたことで、ガンドが目を覚ます。


「む……それがしはいったい……ぐぉおおぉぉ!? め、目がぁ……!!」

「まったく、しょうのないヤツじゃ……、ほれ」

「むおぉぉ……ぉおっ?」


 改めてバイロンがガンドを小突くと、うめき声は収まり、彼は目の調子を確認するように何度かパチパチと瞬きを繰り返した。

 回復術でもかけてもらったのだろう。


「おぉ……痛みが治まった……。むむ、これはギルドマスター」

目の調子が戻ったのを確認したガンドはバイロンを見上げ、その姿を確認するや立ち上がって頭を下げた。


「いやぁひどい目にあった。トシキ殿と言ったか? あれはいったい何なのだ?」

「暴漢や猛獣を撃退する道具です。あなたに声をかけられたロロアが怯えていたようなのでつい反射的にやってしまいました。後悔も反省もしていません」


 少しイラッとした様子で敏樹が一気に言い終えると、ガンドは申し訳なさそうに眉尻を下げ、苦笑を漏らした。

 そしてロロアに向き直り、深々と頭を下げた。


「これはどうも……、失礼つかまつった」

「あ、いえ……大丈夫ですから……」


 怯えたと言うよりは、突然話を振られて驚いただけであり、むしろ敏樹がやりすぎたのではないかと、ロロアは逆に申し訳なく思っていた。

 なので、ロロアとしても謝罪を受けたところで苦笑いを浮かべるしかない。


「まったく……。謝るのなら最初からつまらんことをするでない」


 もう何度目になるか、バイロンがガンドの頭を杖で小突いた。


「はは、まったくですな!」


 しかし、ガンドに反省の色はまったくなかった。


「さて、バイロンさん。メシも食べ終わったし、俺たちはそろそろ……」


 どうにも面倒なことになりそうだと思った敏樹はこの場を離れようとしたが、バイロンは杖を掲げてそれを制した。


「まぁ待て。何か予定でもあるのか?」

「えっと、知り合いの食堂へ夕食を食べに……」

「ではそれまで時間はあるのじゃな?」

「いや、その、装備を見直したり、明日以降の作戦会議なんかを……」

「つまり急用はないと。ではひとつ、腕試しをしていかんか?」


 おそらく何を言っても引き止められるのだろうと諦めた敏樹は、軽くため息をついた。


「腕試しですか?」

「そうじゃ。そこのシゲルとかいうお主の子分じゃが、このガンドと模擬戦をしてみんか?」

「模擬戦?」


 バイロンが放った“ガンドと模擬戦”という言葉に、周りで様子をうかがっていた冒険者たちからどよめきが起こる。


「ほう、ヘイダの町随一の冒険者たるこのガンドが、胸を貸すわけですな?」

「ふん、暫定1位といったところじゃがな」

「む……?」


 バイロンの意味ありげな言葉に眉を顰めたガンドは、その視線の先にいるシゲルの姿を捉え、目を細めた。


「ふふ……それでももうしばらくは、このガンドがこの町一番であることに違いはありませぬよ」


 その言葉に、敏樹は感心したように眉を上げた。

 どうやらこのガンドという男、自分がシゲルに勝てないであろうことを一見して理解したようだ。


「一応確認ですが、これはギルドマスターからの命令ですか?」

「いんや、強制はせん。しかしガンドとの模擬戦である程度実力を把握できるのであれば、それに応じていろいろと優遇してやれんこともないぞ?」

「それは例えばランクアップ的な?」

「そうじゃな。望むのであれば多少融通はできるじゃろうな」

「ふむう……」

「なぁ、じいさん」


 敏樹が返答に悩んでいると、そこにシーラが割って入った。


「その模擬戦てやつ、あたしが受けてもいいのかい?」


 そう問いかけながら、シーラは挑発的な視線をバイロンとガンドに向けるのだった。


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