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第7話『おっさん、心に誓う』

「やっほー、ボクだよー」


 明け方、町へ入場しようとしたところ、警備兵の傍らにファランがいた。


「……何やってんの?」

「あー、ひどーい。父さんの名代で来たんじゃんかー」

「あぁ、そうか。それは、ありがとな」

「いえいえどういたしましてー」


 ファランがクレイグの委任状を持っていたおかげでシゲルは無事町に入ることができた。

 入場料もクレイグが持ってくれたようである。


「おっさん、ロロア、無事だったか!?」


 門を通ってすぐのところでシーラたちが待っていた。

 昨夜ホテルの支配人に預けた言づては、無事彼女らに届いたようである。


「このとおり、大丈夫だよ」

「はああぁぁ…………」


 大きなため息をつき、しばらくうなだれたシーラだったが、ほどなくカッと目を見開いて敏樹を睨みつけると、つかつかと歩み寄ってきた。


「おうっ……!?」


 そして敏樹の胸を結構な力で殴りつけたのだった。


「心配かけんな、おっさんのくせにっ!」

「はは……、心配してくれたんだ」

「っ……!!」


 少し茶化すような口調で答えた敏樹だったが、それに対してシーラは鋭い視線を返してきた。

 目にはうっすらと涙が溜まっており、先ほどまで力強く立っていた犬耳がぺたんと折れ、尻尾も力なく垂れ下がっていた。


「おっさんとロロアになにかあったら、あたしは……」


 どうやら茶化してはいけない場面だったらしく、敏樹は反省しながらシーラの頭に手を置いた。

 ぺたりと寝ていた犬耳がわずかに持ち上がり、垂れ下がっていた尻尾の先が少し揺れる。


「ごめんな。今度から気をつけるよ」

「……通信箱」

「ん?」

「通信箱の契約! おっさん持ちでっ!!」

「ええっ!?」


 通信箱とは【収納】の転移効果を使って文書のやりとりをする小型の収納庫のことである。

 昨夜警備兵が敏樹の手紙を送るのに使ったのも、その通信箱である。


「……まいどありー」


 いつの間にかすぐそばにいたファランが敏樹の耳元で囁いた。


「で、そのでかいのはなに?」


 ファランやシーラたちの視線がシゲルに集まる。


「あー、こいつはあれだよ」

「あれ……?」

「だから、あれ」


 敏樹は視線で町の外、その先にある森を示した。


「まさか……あれ……?」


 それで察したのか、シーラが後ずさり、そのシーラの様子でメリダとライリーも察したようで、顔がこわばった。


「なになにー? ボクもさっきから気になってたんだけど、紹介してくれない?」


 事情を知らないファランだけが無邪気に尋ねる。


「ああ、こいつはシゲルだ。まぁなんというか俺の……、子分……的な?」

「へええ、そうなんだー。ボクはファラン。シゲルさん、よろしくね」


 ファランがスカートをつまんで軽く頭を下げる。


「おう、シゲルだ。よろしくな」

「で、トシキさん。シーラたちの様子を見るになんだかワケありっぽいんだけど?」

「……そうだな。ものすごくワケありなやつだけど、なんというか」

「まぁ積もる話もありそうだし、ウチ来る? 朝ご飯まだでしょ」

「……そうしようか」


 ロロアのほうを見ると、特に反対ではないようだし、シーラたちも事情を聞きたそうにしているので、敏樹はファランの提案を受けることにした。


**********


 クレイグの私邸で食事を取りながら、敏樹は事情を説明した。

 シーラたちは大いに驚いたものの、しっかり名付けまで終えているのであれば問題ないだろうということで納得してくれた。

 こちらの世界には一定の条件で魔物を従える従魔という概念があり、名付けとは従魔契約の中でも最高レベルの物を指すのだとか。

 名付けでもって従魔となった魔物は、何があろうと名付け親には逆らえないらしい。

 ファランは何か思うところがあったのか、父親であるクレイグを呼びに行き、事情を説明したうえで、足を運んでもらった。

 念のため敏樹からも再度事情を説明したあと、クレイグはシゲルに簡単な質疑応答をおこなった。


「ふむ。現在シゲル殿はいま私の保護下にあるということになるのですが……」


 クレイグには入場時にシゲルの身元引受人となってもらっている。


「まずかった……ですかね?」


 敏樹のうかがうような視線に、クレイグは笑って首を振った。


「いえいえ、トシキ様のお役に立てるのであれば。しかし、シゲル殿の身元はできるだけ早く確かなものにしておいたほうがいいでしょうな」

「具体的には?」

「そうですな。まず一般的なのは従魔登録をしていただくことです」


 クレイグの手に細いベルトのような物が現れる。

 彼も商人である以上、【収納】ぐらいは使いこなせるのである。


「それは?」

「従魔の首飾りというものです」


 飾り気のないそれは首飾りというより首輪といったほうがよさそうではあるが。


「役所に届け出を出してこの首飾りをシゲル殿が身につければ、問題は解決します。従魔登録をすることで、魔物であっても町に入ることができるわけですな」

「なるほど……」


 しかし人の姿をしたシゲルに首輪のような物をつけるというのはどうにも気が咎める敏樹であり、それが表情に表れたのかクレイグがクスリと笑って従魔の首飾りを収納し直す。


「従魔登録にはいくつか例外がありましてな」

「例外?」

「はい。高度な従魔契約が交わされていること、かつ、高い知性を持ち〈人化〉ができることを踏まえたうえで、危険性がないと判断されれば、魔物であっても市民登録が可能となります」

「ほう?」

「トシキ様はシゲル殿に名付けを行なったとのことですので、契約の方は問題ないでしょう。そして先ほど少しお話をさせていただきましたが、シゲル殿の知性にも問題はなさそうです。見た目も問題ありませんな」

「じゃあ、シゲルは?」

「人としてこの町に暮らせるというわけですな」

「おおっ!!」


 思わず敏樹が漏らした感嘆の声に笑みを漏らしながら、クレイグはさらさらと書類を作成し、敏樹に手渡した。


「これを持って役所なりギルドなりに行けば、問題なく登録手続きが行えるはずです」

「なにからなにまでお世話になります」

「なに。この程度では恩返しにもなりませんよ。では私は仕事がありますのでこれにて」

「お手数おかけしました」


 用事を終えたクレイグは、そのまま颯爽と部屋を出ていった。


「ファラン」

「ん?」

「頼りになる親父さんだなぁ」

「んふふー。でしょー?」


 その誇らしげなファランの表情に、敏樹はまぶしい物でも見るかのように、少し目を細めるのだった。


**********


 クレイグのおかげで無事シゲルは冒険者となることができ、一行はホテルに戻った。

 まだ早い時間だが、今日はこれからひと狩りという気分にもならない。


「じゃ、あたしらは部屋に戻るわ」

「おう」

「なんかあったら連絡(・・)ちょうだいね」

「はいはい」


 ニヤリと笑顔を残して、シーラたちは部屋に戻っていった。

 ファランの私邸で話を終えたあと、結局そのままの流れで通信箱の契約を行なった。

 ヘイダの町にいるメンバー全員に使用許可を出しているが、そのうち故郷に帰ったベアトリーチェやラケーレともやりとりができるようにする予定である。

 また、シゲルのために適当な服を見繕った結果、彼はタンクトップとハーフパンツという姿になっていた。


 シゲルの部屋だが、敏樹らの部屋の向かいが空いていたので、そこをとった。

 一応一人部屋なのだが、グレードの高い階層のためかなりの広さがある。

 少しもったいない気もしないでもないが、何かあったときにすぐ自分たちの部屋を訪れることができるようにと配慮した結果だった。


「なんでぇ。別々の場所かよ。だったらここで見張りしとくよ」

「だめだ。ちゃんと部屋に入れ。ほれ、ここをこうやったらドアが開くから」

「おう、なるほどなぁ」


 ドアノブのひねり方やドアの開け方を、敏樹はシゲルに教えてやった。

 ちなみに部屋の鍵は、ギルド証による本人認証で開くようになっている。

 シゲルはポケットにカードを入れていたので、ドアの前に立つと自動で鍵が開くようになっているのだった。

 一応カードがなければ部屋に入れないことは言って聞かせておいた。


「奥にベッドがある。部屋に入ったら服は脱いでいいから……いやいま脱ぐな。部屋に入ってドア閉めてからな。んで、服脱いだらあとはベッドで寝ろ」

「ベッドってなんだぁ」

「ほれ、あの奥の方に白い四角いのが見えるだろ?」

「おう、あれな」

「あの上がフカフカで気持ちいいから。あれ以外はできるだけ触るな。いいな? で、寝っ転がってたらそのうち眠くなるだろ。ってか、お前って寝るの?」

「寝る必要はねぇけど、寝ようと思えばいくらでも寝れるぜぇ」

「よし、じゃあ後は寝るだけだ。明日俺が起こしに行くからできればそれまで外に出るな。でももし何かあったら向かいに俺たちがいるから。ここだ」


 シゲルにドアを開けさせたまま、敏樹は自分たちの部屋の前に立った。


「で、用がある時は、こうな」


 と、ドアをコンコンと叩く。


「こうやって軽く叩けばわかるから。思いっきり叩くなよ?」

「おう、わかったぜぇ」

「それ、離せば勝手に閉まるから。じゃあな、シゲル。おやすみ」

「おう、親父。おやすみ。トカゲのねーちゃんも、おやすみな」

「……おやすみなさい」


 すぐにシゲルはドアから離れたようで、バタンとドアが閉まり、カチャリと鍵のかかる音がした。


「よし、じゃあ俺ら部屋に入ろうか」


 敏樹の言葉にロロアは軽くうなずくと、ドアを開けてスタスタと部屋に入っていった。


「……なんかしたかな、俺?」


 ロロアに聞こえないような小さな声でつぶやき、敏樹は軽く首をかしげた。

 昨日の夜もだが、今朝町に着いてからもロロアはほとんどしゃべらず、終始うつむき加減だった。

 時々心配そうに敏樹のほうを見るのだが、目が合えば慌てて逸らす、といった具合である。

 不機嫌、と言うのとは少し違うような気もするが、しかしどこか怒ったような態度だったように思う。

 軽くため息をつき、気を取り直して敏樹が部屋に入ると、ロロアは部屋の真ん中に背を向けて立っていた。

 そして敏樹の足音に息づいたのか、バッと身体ごと振り返り、敏樹を睨みつける。


「えっと……ロロア?」


 戸惑う敏樹をよそに、ロロアはつかつかと敏樹のもとに歩み寄った。

 そしで、敏樹の胸をドンと叩いた。


「うっ……。ちょ、ロロ――」


 ロロアはうつむいたまま敏樹の胸に額を当て、身を預けたが、そのあとすぐに再びドンと胸を叩いた。


「ロロア、どうし――」


 敏樹が何を言おうとしても、ドン、ドン、と彼の胸を繰り返し叩く。

 たいして力ははいっておらず、痛いわけではないのだが、なんというか、一撃一撃が心に響くようだった。

 しかしこのままではらちがあかないと思い、敏樹は胸を叩こうとするロロアの手首を握った。

 しばらくワナワナと震えたロロアだったが、意を決したように顔を上げて敏樹を睨みつけた。

 目つきは鋭いが眉根は下がり、目からは涙がボロボロとこぼれていた。


「……ひとりで無理しないで」

「ん?」


 絞り出すようなロロアの言葉がうまくききとれず、敏樹は少し間抜けな反応を示してしまう。


「ひとりで無理しないでって言ったじゃないっ!!」


 そしてロロアは、敏樹を責めるように叫んだ。


「ロロア……」

「あのとき……、トシキさんが、死んじゃったのかと……私……」


 ロロアはときおり嗚咽を漏らしながら、たどたどしくしゃべり始めた。


「トシキさんが、倒れたとき……、胸が、キュウって痛くなって……背中に寒気が走って……」


 敏樹を見つめるロロアの表情は悲しみと恐怖に歪み、涙はとめどなく流れ続けている。


「私、トシキさんが死ぬところなんて見たくない……!!」

「ロロア……」

「うぅ……、私より先に、死んじゃやだよ……!!」


 敏樹の顔を見ていられなくなったのか、あるいは自分の泣き顔をこれ以上見られたくないと思ったのか、ロロアは敏樹の胸に顔をうずめ、強く抱きついた。


「私をひとりにしないで……うわああああぁぁぁん!!」


 しかし敏樹に身を預けたことで感情のたがが外れてしまったのか、ロロアは子供のように泣きじゃくり始めた。


 敏樹はここに至ってようやくどれほど危険なことをしでかしたのかということを自覚した。

 現代日本の知識とチートスキルで俺Tuee!! といった具合に調子に乗っていた部分もあるのだろう。

 今回は作戦が見事にはまったが、ひとつ何かがずれていれば死んでいた危険性もあるのだ。


 最初に接近したとき、腹に受けた槍の角度がもう少し上だったら……?

 日本から持ち込んだアイテム類で感覚をうまく誘導できなかったら……?

 フレイムスタッフのような強力な武器が手に入らなかったら……?

 【冷却】の効果がもう少し薄ければ……?

 〈魔力吸収〉の効果がもう少し低ければ……?


 冷静になって考えてみれば、黒い肌を持つオークの変異種などという魔物は敏樹の手に余る存在だったのだ。

 であれば、シーラが最初に提案したとおり、ギルドに報告し、あとはバイロンあたりの判断に任せるべきだった。

 しかし、敏樹は自分の手で山賊に囚われていた女性を助け出し、自分が手引きして山賊を討ち滅ぼしたことで、どこか調子に乗っていたのだろう。


 ほんの少し何かがずれていれば、あっさり死んでいた確率が高いのだとわかり、今さらながら恐怖が湧き上がってくるのを敏樹は感じていた。

 もし名付けによる従魔契約が成立していなければ、あのまま敏樹は寝首をかかれていただろう。

 そしてその場に駆けつけたロロアも――。


「ごめんな、ロロア」


 敏樹はロロアの背中に手を回し、そのまま強く抱きしめた。

 自分のせいでロロアが死んでしまうかも知れない。

 それは、自分ひとりが野垂れ死ぬことよりも何倍も恐ろしいことだった。

 そして、黒いオークを前に倒れた敏樹の姿を見たロロアは、こんな妄想よりもはるかに大きな恐怖を感じていたのだろう。


「もう、無理はしない……!!」

「…………約束、ですよ……?」


 肩を震わせて泣くロロアを胸に抱きながら、敏樹はあのときのことを思い出していた。


 そう、初めて人を殺したときのことを。

 

 ――ひとりで無理をしないで……。

 ――私がずっと一緒にいますから……。


 ロロアはあのとき、そう言って泣いた。

 自分のために泣いてくれたのだ。


 ならば自分はこれ以上、この娘を泣かせるようなことはしない。

 敏樹はロロアの震える身体を強く抱きしめながら、そう心に誓うのだった。


11/20 章編成を変更しました

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