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閑話『おっさん、旅の準備を整える』後編

「グロウさん、申し訳ないっ!!」

「まぁ、頭を上げてくれ」


 敏樹はグロウのもとを訪れ、頭を下げていた。

 集落の長でありロロアの祖父であるグロウと彼の息子ゴラウが、困ったように敏樹を見下ろしていた。


「つまり、ロロアをお主の故郷に置き去りにしてしまったと?」

「はい……。申し訳ない……」


 〈拠点転移〉で同行する場合、基本的には直接触れ合っているほうが望ましいが、間接的な接触であっても10センチメートル以内であれば同行は可能だ。

 しかし今回、敏樹とロロアは自動車のボディを経由して間接的には触れ合っていたものの、前とうしろに分かれていたため3メートル以上離れており、同行の範囲から外れてしまったのだった。


「ふむう……。しかしお主の故郷はかなり遠いと言うておらなんだか?」

「ええ。でも俺には転移がありますから」

「ではその転移で迎えに行ってやればよいのではないか?」

「それが……、長距離の転移は1日に1回しか……」

「では明日改めて迎えに行ってやればよい」

「それはそうなんですが……」

「……お主の故郷は危険なのか?」

「いえ……そういうわけでは」


 あのガレージから出なければ、全く危険はない。

 鍵などはすべて付け替えているので、不審者に侵入されるという可能性は低いだろう。

 国道からほど近い場所にあるためヤンキーの類いがたむろするということも、空き物件だったころからなかったようである。

 しかし、国道と離れていないからこそガレージの外に出られると心配である。

 日中は結構な交通量があるのだ。

 事故に遭わないとは限らない。


「ロロアがおとなしくしてくれていればいいんですが……」


 しかしひとり異世界に取り残された彼女がどんな行動を取るのか、敏樹は不安に思っていた。

 逆の立場だった自分の場合は、いきなり飛ばされたあと危うく死にかけたことを思い出す。

 日本が安全であるといっても、それは日本人である敏樹の感覚だからそういえるのだ。

 その感覚で安易に考えない方がいいだろう。


「ああ……俺はなんてことを……」


 突然取り残されたロロアが錯乱し、ガレージを出ないとどうして言い切れるだろう?

 わけのわからぬまま徘徊し、車にはねられたら?

 不審者と遭遇したら?

 いや、不審者と思われて職務質問を受けるということも考えられる。


「とにかく、ロロアのテントに戻って落ち着くのだ。どうあっても落ち着かぬと言うなら、ここで一緒に飲んでやってもいいが?」

「……いえ、戻ります」

「うむ。それがよかろう」


 敏樹は力なく立ち上がり、グロウの家を出た。


「大丈夫ですよ、トシキさん。あの娘は強いですから」


 外まで見送ってくれたゴラウがそう声をかけてくれたが、敏樹は弱々しい表情で軽く頭を下げ、よたよたとロロアのテントへと戻っていった。



**********



「まったく、あなたたちは何をやっているんですかっ!?」


 ロロアのテントに戻ると、近くの広場でシーラとファランが正座されられていた。

 シーラは犬耳をペタンの寝かせてうつむき、ファランはがっくりとうなだれていた。

 そのふたりを、ベアトリーチェが説教しているようだ。


「悪ふざけをするにしても、やっていいことと悪いことが――あ、トシキさん!!」


 ベアトリーチェが敏樹に気づくとともに、シーラとファランも顔を上げた。

 

「うわああん! トシキさああぁぁん……!!」


 そして敏樹を視界に捉えるや、ファランは立ち上がり駆け寄ってきた。


「こら、ファラン! まだ話の途中――」

「ごめんなさぁいいぃっ!!」


 ベアトリーチェの制止を無視して駆け寄ってきたファランは、そのまま敏樹に抱きつき、泣きわめいた。


「ごめん、なさいぃ……。ほんどに……ごめ……ひっく……ううぅ……」


 胸に顔を埋めて泣き続けるファランの頭を撫でながら顔をあげると、ベアトリーチェは困ったような笑顔を浮かべていた。

 いつの間にかシーラも立ち上がり敏樹のもとへ歩み寄っていたが、申し訳なさそうに視線を逸している。


「おっさん、その……ごめん。ちょっとしたいたずらのつもりだったんだけど、こんな大事になるなんて……」

「あ、いや……」


 泣きわめくファランや今にも泣きそうなシーラの様子を見て、逆に申しわけなく思ってしまう。

 今回の件は確かにふたりの悪ふざけから始まっているが、ロロアを置き去りにしてしまったのはあくまで敏樹のミスだ。

 そのことでシーラとファランを責めるつもりはなかったが、自分が取り乱してしまったせいでふたりは自責の念にかられたのだろう。

 ベアトリーチェにしても、ふたりを口うるさく叱るようなことはしたくないはずだ。


 敏樹が何か言おうと口を開きかけたところで、バンッ! と尻を叩かれた。


「シャキッとせんか兄やん! ロロアんはそないヤワやないで!?」

「せやせや! ニホンちゅうのがどないなとこか知らへんけど、ロロアんやったらゴロゴロウダウダ快適に過ごしとるわ!!」


 ククココ姉妹の叱咤が飛ぶ。

 敏樹の尻を叩いたのは、ククのようだ。


「トシキさま。ロロアさんなら大丈夫ですわ」

「ん、あの娘は強いし賢い。大丈夫」


 気がつけばメリダとライリーも近くにいた。

 ほどなくラケーレとクロエも加わり、いろいろと話しているうちに敏樹の心は少しずつ軽くなっていった。

 シーラやファランもある程度落ち着いたようだ。


 とはいえ、いざ寝ようとするとロロアのことが気になってしまい、なかなか寝付けなかったのだが。



**********



 クールタイムを終えた敏樹は、すぐに〈拠点転移〉でガレージに飛んだ。


「ロロアっ!!」


 ガレージに到着すると同時に叫ぶと、居住スペースの扉が開く。


「あ、トシキさん」


 その姿を認めた敏樹は、そのまま駆け寄ってロロアを抱きしめた。


「わっ!? え? トシキさん……?」

「ごめん……ごめんな……」

「えっと……」

「ひとりで大丈夫だったか? 怖くなかった?」

「あぁ……」


 突然抱きしめられ、謝られたことに戸惑い、立ち尽くしていたロロアだったがようやく敏樹の意図を理解できた。


「大丈夫ですよ。1日待てば来てくれると思ってましたから」


 そう言いながら、ロロアは敏樹の背中に手を回し、優しく抱き返した。


「ふふ、楽しいものがいっぱいあったから、あっという間でしたよ?」

「そうか……、よかった……」

「えっと、ただ……ですね……」

「ん?」

「みんな、見てますけど……?」

「…………あっ!?」


 ロロアの言葉に驚いて抱擁を解いた敏樹が振り返ると、同行した女性たちがにやにやと生温かい視線をふたりに投げかけてきた。


「言っとくけど、一緒に行こうって言い出したのはおっさんだからな」

「そうそう。ボクらは遠慮したのにねー?」


 キャンピングトレーラーを持ち込む必要があるので、どうせ日本に帰るのならと同行者を募ったのは敏樹だった。

 とはいえ、最初はベアトリーチェとシーラ、ククココ姉妹にラケーレと、種族的に膂力の優れた者だけを連れていくつもりだったのだが、仲間はずれは嫌だと残りのメンバーがゴネだしたのだ。


「いやいや、シーラはともかくファランは遠慮してないだろう?」

「えー、トシキさんひとりで迎えにいくなら遠慮するって言ったじゃんかー」

「む、それはそうだが……」


 最終的にはシーラ、ベアトリーチェ、ククココ姉妹、ラケーレに加え、ファラン、メリダ、ライリー、クロエの計10名が同行したのだった。

 そして敏樹は、自分で同行を許しておきながら、いざロロアの姿を認めるや彼女らの存在をすっかり忘れ、ロロアに抱きついてしまったのだった。



「よーし、全員定位置についたかー?」


 敏樹がロロアを迎えに来て24時間が経過した。

 現在、敏樹とロロアを含む、合計12人でキャンピングトレーラーを囲んで立っている。


「何度も言うが、絶対に外へは出ないように!!」

「大丈夫だって! あんな楽しいもんがありゃ、1日なんてあっという間さ」


 この24時間、ただ何もせず過ごしていたわけではない。

 キャンピングトレーラーを囲んで持ち上げ、〈拠点転移〉を発動する以上、全員一緒に集落へ帰れるわけではない。

 なので、残ったメンバーは敏樹が迎えに来るまでの1日と、迎えに来てからの1日をこのガレージで過ごさなければならない。

 そのために必要なものを、この24時間で買い揃えていた。


 居住スペースは詰めれば10人は過ごせるが、それでは窮屈なので外でも過ごせるように大きめのソファやテーブルなどを購入した。

 ただし、エアコン無しでは少し暑い季節なので、屋外用のスポットクーラーと工業用扇風機を用意している。

 テレビにBDプレイヤー、ゲーム機なども追加し、漫画や小説なども大量に購入した。

 ちなみに、ここに来た全員が日本語を習得済みである。

 大型の冷蔵庫に、電子レンジも追加で設置。

 コンビニ弁当や冷凍食品なども用意し、数日引きこもっても充分に過ごせるだけの環境は整っている。


「じゃあ持ち上げるぞー! せーのっ!!」


 大きなキャンビングトレーラーが軽々と持ち上げられる。

 750キログラムの重量を誇るキャンビングトレーラーだが、蜥蜴獣人のロロア、熊獣人のベアトリーチェ、ドワーフのククココ姉妹4人で充分に持ち上げられるだろう。

 そこへ、平均的なヒトよりも膂力に優れた犬獣人のシーラと浣熊(アライグマ)獣人のラケーレ、そして異世界冒険を経てかなりの筋力を得た敏樹が加われば、他の女性たちの助力はおまけみたいなものである。

 それでも、みんな楽しそうに協力してくれている姿を見て、仲間はずれにせず全員連れてきてよかったなと、敏樹は思うのだった。


 景色が変わった瞬間、キャンピングトレーラーが地面に落ちる前に〈格納庫(ハンガー)〉へと収納する。


「戻ってこれましたね」

「ああ」


 今回集落へと同行したのはロロアだけだった。

 隣同士すぐ近くに並んでトレーラーを持ち上げることで、無事同行することができた。

 その気になればあと数名は同行できたのだが、日本の娯楽を満喫したいと言って他の全員が居残りを希望したのだった。


「こんなに静かなのって、久しぶりですね」


 山賊のアジトから女性たちを救出して以降、ロロアのテント近くにはいつも彼女たちの姿があった。

 集落の外れにある彼女のテント近くがこうも静かになるのは、確かに久々のことだった。


「ちょっと前まではこれが当たり前だったのになぁ……」


 誰もいない広場を眺めながら、ロロアがしみじみと呟く。


「あいつらを連れて戻ったら、いよいよ出発かな」

「そう、ですね」


 ロロアがさみしげに答える。

 その肩に手を回すと、ロロアは抵抗することなく敏樹に身体を預けるのだった。


次回は一回休んで10/4更新予定です

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