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閑話『おっさん、旅の準備を整える』前編

「うわー、これだけでひと財産だねー」


 集落の空き地に並べられた物資を見ながら、ファランが感嘆の声を上げる。


 敏樹は森の野狼のアジトを攻めた際、宝物庫の物資はおろか、敷地内のテントや家屋、城内にあった、家具調度雑貨衣類などあらゆるものを〈格納庫〉に収めていた。

 さらに山賊の死体もひとつ残らず収納し、『分解』機能を使って死体と装備品を分け、それらすべてを『調整』『修繕』機能で新品同様にしていた。

 その一部が空き地に並べられている。


「現金だけでもすごいよね。それに物も中古とはいえこれだけ綺麗になってたら、それなりの値段で売れると思うし。あ、それはそっちに、その辺の服は畳んでひとまとめにしてそこいらに積んどいて」


 ファランの指示で水精人たちがテキパキと動く。

 現在ファランは戦利品の仕分けをしていた。

 商人を夢見る彼女には〈目利き〉〈算術〉〈交渉〉といったスキルを習得させており、その訓練もかねて敏樹が提案したところ、ファランは喜んで引き受けてくれた。


「よし、こんなもんかな。じゃあトシキさん、次お願いねー」

「おう」


 ブルーシートが広げられた広場に、鎧や剣などが雑多に並べられる。


「うへー、まだこんなに?」

「これで最後だよ。よく頑張ったな」

「にししー! 褒めて褒めてー」


 ファランが敏樹に抱きつき、頭を擦り付けてくる。

 15歳という年齢の割には発達した身体を押しつけられ、ふわりと漂う女性の香りに鼻腔を刺激された敏樹は、少し戸惑ってしまった。

 ここで変な気を起こせば事案である。


「ううー、トシキさーん、ボク頑張ってるよねー」


 しかしこうやって甘えてくる姿を見ると、年相応の女の子だなと、少し穏やかな気分になり、敏樹はファランの頭をわしゃわしゃと撫でてやりながら、回復術で軽く疲労を取ってやった。


「よしよし。もうすぐ終わるから、あともうちょっとだけ頑張ろうな」

「はーい」


 敏樹から離れたファランが、再び分類作業に戻った。

 半日ほど続けたこの作業のおかげで、ファランの〈目利き〉レベルは随分と上がっていた。


***********



「トシさん、このしょう油というのはなんですか?」


 クセのある茶色の髪を短く整えた小柄な女性が、本を片手に敏樹へ問いかける。

 彼女は名をクロエといい、料理を得意としていた。

 実家が食堂を営んでいるらしく、帰ったら店を手伝いたいという彼女の意向により、料理に役立ちそうなスキルを習得させていたのだ。

 救出直後は長い髪を一つにまとめていたが、“料理の邪魔”と言ってバッサリと切ってしまっていた。


「しょう油は……ゴブリンソースに近いかなぁ」

「なるほど……」


 彼女が手にしているのは敏樹が与えた日本語のレシピ本である。

 たまに敏樹が作る日本風の料理――といっても大したものではないが――に興味を持ったクロエが、色々学びたいと言ったので買ってやったものだった。

 そして敏樹は、クロエが日本語の本を読めるように、〈言語理解〉の『日本語』を習得させていた。

 本来異世界の言語にのみ対応している〈言語理解〉だが、タブレットPCの所有者が敏樹であるせいか、『日本語』だけは習得可能となっていたのだった。


「でも、しょう油に比べるとゴブリンソースは苦味とかエグみとか強いから、その辺気をつけてな」

「はい。あと、お出汁を取るのになにかいいものはありますかね?」

「ふむう……。この集落には海産物がほとんど無いもんなぁ……。たしか、椎茸とかのキノコを天日干しにしたら旨味が出るとかなんとか……」

「なるほど、干しキノコですね。そういえばそんなこと別の本に書いてあったような……」


 などと呟きながら、クロエは本を片手に去っていった。

 調味料に関しては敏樹が日本のものを提供できると言ったのだが、こちらにあるもので作れないと意味がない、とクロエはレシピ本を元にいろいろ研究しているようだった。


「クロエちゃん、楽しそうですね」

「そうだな」


 敏樹の傍らに立つロロアは、もうフードを被らなくなっていた。

 集落内で過ごすときは、フード付きのマントすら身に着けていない。


「いいなぁクロエちゃん、トシキさんの持ってきた本が読めて」

「ん? じゃあロロアも日本語覚える?」

「え、いいんですかっ!?」


 半分冗談のつもりで提案した敏樹だったが、ロロアの予想以上に食いつきがよく、軽くうろたえてしまう。


「いや、でも、あんま使い道ないし、別のスキル――というか、祝福にしたほうが思うけど?」

「いえ、覚えたいです!! トシキさんの故郷の言葉なら、ぜひ!!」

「そ、そう?」


 結局敏樹はロロアの勢いに押されるかたちで、ロロアに『日本語』を習得させた。



**********



「実家に帰らせていただきます」

「……それって毎回言わなきゃダメなんですか?」


 敏樹の宣言に対し、ロロアが呆れたように言う。


「うーん、様式美みたいなもんだからなぁ」

「はぁ」


 集落を出ることにした敏樹だったが、旅の準備を整えたり、訪れる頻度は減るであろう集落に対する物資の提供のため、度々実家に帰っていた。

 そして毎回いつもの宣言をするものだから、ロロアは軽く呆れ気味だったのだ。


「とりあえず、明日には帰ってくるから」

「はい、お気をつけ」

「じゃ、改めて……実家に帰らせていただきま――」

「きゃっ」

「――え?」


 敏樹がいつもの宣言とともに〈拠点転移〉を発動した瞬間、ロロアが短い悲鳴をあげて寄りかかってきた。

 ふと視線をずらすと、シーラとファランがいたずらっぽい笑みを浮かべているのが見えたが、すぐに視界は真っ白に染まり、次の瞬間には実家の作業部屋に転移していた。


 腕の中には、ロロアがいた。


「ロロア、大丈夫か?」

「あ……は、はい。ごめんなさい、突然誰かに押されて……」


 シーラとファランの仕業だろう。


「えっと、ここってもしかして……」

「うん、俺の実家。んで、俺の部屋」


 呆けたように室内を見回すロロアを、敏樹は感心したようにうんうんと頷きながら見ていた。


「いやぁ、ほんとに変わるんだなぁ」

「変わる? なにがです?」

「んー、とりあえず、髪の毛見てみ」

「髪……って、えぇっ!?」


 自身の長い髪を手に取り、視界に収めたロロアが、驚きの声を上げた。


「ちゃ、茶色になってる……」


 そう、ロロアの青緑の髪は、オリーブブラウンに変色していたのだった。

 それだけではなく、黄金色だった瞳も黄褐色になっている。


「なんで……?」

「そうだな……。これは俺が持つ加護の影響と思ってくれていいよ」


〈世渡上手〉

 スキル所持者および同行者が異なる世界を訪れた際、訪問先の世界に最適化される。


 同じ世界の上でも、遠く離れた国に行けば環境の違いで体調を崩したり、感染症や寄生虫に悩まされることがある。

 ましてや異なる世界ともなれば何が起こるか分からないと言ってもいいだろう。

 それを避けるために町田が用意してくれたのが、この〈世渡上手〉であった。


「つまり、こちらに存在しない髪の色だから、色が変わったんですか?」

「そういうこと。他にも変化があるかも知れないけど、体調が悪いとかそういうことはない?」

「はい、大丈夫です。たぶん……」

「違和感とか、なにか気になることがあればすぐに言ってくれよ。あ、そこで靴脱いで」


 転移拠点として設定した場所には厚手のカーペットを敷いており、そこで靴をぬぐようにしている。

 

「服は……ま、大丈夫か」


 敏樹はいつも実家に帰る際、日本の服に着替えているが、ロロアは今回突然こちらを訪れたため、あちらの服を着たままだった。

 着替えの用意などせねばならないだろうかと危惧したが、胸甲やマントを脱いだカーキのワンピース姿は、なんとか日本にも馴染めそうだった。


 ロロアを連れてきたことに戸惑いはあったが、やるべきことは変わらない。

 このまま留守番をさせるわけにもいかないので、彼女にはついてきてもらうことにした。

 幸い母親は不在で、知人と出かけているのか、ガレージには大下家の車が停まっていた。 ロロアを伴ってガレージを訪れた敏樹は、助手席に回ってドアを開けた。


「どうぞ」

「えっと……、これに乗るんですか?」

「うん。そこに座って」

「はい……」


 不安げな様子で車内乗り込んだロロアは、おそるおそる助手席のシートに座った。


「あ……」


 ロロアの表情が緩む。

 どうやらシートの座り心地は気に入ってもらえたようである。

 ロロアが座ったのを確認した敏樹は、できるだけ音を立てないようドアを閉め、運転席のほうに回って乗り込んだ。


「失礼、これをこうやって……で、ここに、ガチャン」


 簡単に説明しながら、助手席のシートベルトを締めてやる。


「あの、これは……?」

「安全のための装置だね。これに乗るときはしなくちゃだめ。危ないから…………むむっ?」


 カチリとシートベルトがはったあと、ふと視線を上げると、ロロアの胸の谷間を斜めに通るベルトが目に飛び込んできた。


「あの、なにか……?」

「い、いやっ、なんでもないよ!?」

「……?」


 思わず声が裏返ってしまい、そのうろたえっぷりに首をかしげるロロアだったが、敏樹は慌てて姿勢を正し、自身もシートベルトを締めた。


「じゃ、行こうか」


 なんとか平静を取り戻した敏樹は、キーを回した。


「あ、これ……」


 エンジンの始動音にロロアはまた身体をビクつかせたが、バイクに比べて伝わる音が小さかったことで、前回ほどの驚きはなかったようである。


「動かすよ」


 また怯えられても困るので、敏樹は一言断りを入れたあと、ゆっくりと自動車を発進させた。


「わぁ……」


 多少の驚きを見せたロロアだったが、バイクのときのような恐怖はないようだった。


次回更新は9/27予定です

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