第9話『おっさん、凱旋する』
「どうしたんだい、おっさん。難しい顔をして?」
「ん? あぁ、いや……」
頭目を倒した敏樹とシーラは、ともに城内を歩いていた。
そこかしこに山賊の死体が転がっており、敏樹はそれらを〈格納庫〉内に収納していった。
中には敏樹が殺したものも数名含まれている。
初めて人を殺したとき、ロロアのおかげで随分と救われたが、時間が経つにつれ不快感がよみがえってきた。
斥候の男の頭を砕いた感覚や、あのときの光景が思い出され、そのたびに気分が悪くなった。
そこで敏樹はその不快感から逃れるために、〈精神耐性〉のレベルを上げ、それ以降ずいぶん楽になった。
いましがたシーラに声をかけられたときは、頭目の部屋で殺した大男のことを思い出していた。
魔術を使って腹を貫き、首を落とすというのは、かなり無残な殺し方だったと思う。
しかしそのことに敏樹の心はあまり動かなかった。
(スキルの影響で心の有り様まで変わってしまったのか)
そんなことを考えながら、敏樹は少し不安を感じていた。
「トシキさん!!」
洞窟を出たところで、ロロアが駆け寄ってきた。
「おっとぉ……」
そしてロロアは駆け寄った勢いのまま敏樹に抱きついた。
「よかった、無事で……」
胸に顔をうずめるロロアの頭を、敏樹は優しく撫でてやった。
「心配かけてごめんな。でも、もう大丈夫だから」
敏樹はロロアが落ち着くのを待ってから、ゴラウに状況を確認した。
「――じゃあ、何人かはここから逃げ出した、と」
「ああ。申し訳ないね」
「いやいや、この規模でひとり残らずというのは無理でしょう」
言いながら敏樹はタブレットPCを取り出し『情報閲覧』を立ち上げた。
「とはいえひとりも逃す気はないんですけどね」
森の野狼が討伐されたという事実はできるだけ長く秘匿しておきたいと、敏樹は考えていた。
彼らの後ろにはやっかいな連中がつながっており、場合によっては報復の類いもあるだろう。
それまでの時間は長ければ長いほどありがたいのだ。
(我ながら随分あっさりと決めたな、しかし)
ひとりも漏らさず殺し尽くす。そんなことをあっさりと決め、口に出したことに我がことながら少し驚いてしまう。
(でも……)
改めて周りを見回すと、皆一様に強い意志のこもった視線を敏樹に向けていた。
その中にはゴラウやシーラ、メリダにライリー、そしてロロアの顔もあった。グロウ、ファランやクロエなど、この場にいない者たちの顔も同時に思い浮かぶ。
もしここでひとりでも山賊を逃がしてしまったら。
その山賊がきっかけで仲間が害されるようなことがあれば……。
そう考えると、わずかに抱いた不安などは、怒りに似た感情に塗りつぶされてしまう。
(何が大切なのか、間違えないようにしないとな)
大事な仲間の安全と、これまで悪逆の限りを尽くしてきた山賊の命と、そのどちらが大切かなどと考えるまでも無いことである。
そしてスキルを得たことで敏樹が失ったかも知れない倫理観もまた大切なものかも知れないが、それを重視しすぎた結果、自分や仲間たちが傷つくようなことがあってもつまらない。
(手を出してくる奴は容赦なく叩き潰す。とりあえずそれくらいの感覚でいいか)
少なくとも今回の処置は必要なものだと自分に言い聞かせながら、敏樹は『情報閲覧』を使って逃げた山賊の位置を正確に把握し、ひとり残らず討伐したのだった。
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一同の帰還は歓声をもって迎え入れられた。
特にゲレウをはじめとする囚われていた者たちは家族との再会を喜んだ。
しかし、すでにアジトから別の場所へ連れ去られた住人の家族や友人たちは、より寂しい思いをすることになったのだが。
「トシキが気にすることではない」
祝勝会のさなか、今回家族が帰ってこないとわかった者たちが悲嘆に暮れる様子を眺める敏樹に、長のグロウが話しかけてきた。
「今回5人だけでも……、いや先日の2人を合わせて7人戻ってこられただけでもありがたいのだ」
グロウは敏樹の杯にどぶろくを注ぎながら続けた。
「それに、これから先連中の被害もなくなるわけだからな。感謝してもしきれんよ。だからそんな顔をしないでくれ」
敏樹はしばらく無言で杯をじっと見たあと、一気に飲み干し、姿勢を正してグロウに向き直った。
「グロウさん、お世話になりました」
そして深々と頭を下げた。
「……どうした、改まって?」
ゆっくりと頭を上げた敏樹は、まっすぐにグロウをみつめたまま口を開いた。
「俺はそろそろ集落を出ようと思います」
「……まぁ、そうなると思っておったよ」
「いろいろと旅をして回ろうと思うんです。もし旅先で縁があれば、精人のみなさんを助けて回ろうかなと思ってます」
「ぬ……、トシキ……」
この世界にはまだ奴隷制度が残っている。
人身売買が公的に認められているわけだが、精人を扱うのは固く禁じられていた。
にもかかわらず、多くの精人が不当にさらわれ、奴隷として、あるいは素材として取引の材料にされている。
それを救出し解放するのは、悪いことではないはずだ。
「ま、無理をするつもりはありませんけどね。できる範囲でという感じなので、グロウさんのご期待に応えられるかどうかは微妙ですけど」
「ふん……。儂は今回の件だけで充分感謝しとる。期待も何もないわい……」
別に正義の味方を気取るつもりはないが、それでも何か大きな目標があったほうが、この先の冒険にも張り合いが出るだろう。
「……ロロアはどうする?」
「それは、まぁ、本人と話してみますよ」
その後、戦いの疲れや、あるいは飲み潰れて脱落する者が増え、宴会は自然に終了していった。
ほんの少し前までのお祭り騒ぎが嘘のように静まりかえった集落を歩き、敏樹はロロアのテントへ帰ってきた。テントからはほのかに灯りが漏れていた。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
こうやって当たり前のようにロロアが迎えてくれることに、敏樹は改めて胸が温かくなるのを感じていた。
ロロアにお茶を用意してもらい、特になんでもないような話をしばらく続けたあと、敏樹は意を決して切り出した。
「なぁ、ロロア」
「はい?」
「近いうちに集落を出ようと思う」
「あ、はい」
随分と軽いロロアの反応を敏樹は少し意外に感じたが、それを表に出さないよう努めて話を続けた。
「それで……その、ロロアは、どうする?」
「えーっと、そうですねぇ。必要な物はだいたい〈格納庫〉に入ってますから、普段使いで持っていく物は前日にまとめればいいかなって。あ、お気に入りの食器とかあるんですけど、そういうのも入れていいです?」
「……んん?」
「えっと……、どうかしました?」
「いや……その……、じゃあ、一緒に来てくれるってことで、いいのかな?」
「え、だって、この間“ずっと一緒にいますから”って……。も、もしかして、迷惑でしたか?」
ロロアが不安げな視線を敏樹に向ける。
敏樹としては同行の意思を確認したつもりだったのだが、ロロアのほうでは同行を前提として、その準備やらなんやらの確認をされているのだと思っていたらしい。
「迷惑だなんてとんでもない! 一緒に来てくれるならそんなに嬉しいことはないよ、うん」
「ほっ……、よかった……」
ロロアが胸を押さえて安堵の息を吐く。その様子を見て、敏樹は思わず笑みをこぼしてしまった。
「ロロア」
「はい?」
改めて名を呼ばれ、ロロアはきょとんとした表情で敏樹を見つめた。
「これからもよろしく」
自分に向けられた穏やかな笑顔に、ロロアは自然と頬が緩むのを感じていた。
「はいっ」
そしてとびきりの笑顔を敏樹に返すのだった。