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第6話『おっさん、アジトに忍び込む』前編

 数時間後、時刻にして午前三時頃、敏樹はスマートフォンでセットしていた無音のバイブレーションアラームで目を覚ました。

 あたりはまだ真っ暗である。

『情報閲覧』でロロアの状態を確認したところ、HPは八割程度、MPは六割程度まで回復していた。

 敏樹は寝袋を出て収納し、ロロアの枕元に膝をついた。そして穏やかな寝息を立てるロロアの肩に、優しく手を置く。

 HPの消耗は主に疲労によるものなので【疲労回復】という回復術でほぼ全快となり、MPに関しては〈魔力譲渡〉スキルで分け与えた。

 元々ロロア救出のために受け取った魔力なので、借りたものを返すような感覚である。


「ロロア、起きて」



 トンと肩をたたきロロアを起こす。



「んぅ……んん……」

「おはよう」

「ふぁい……おぁようごじゃいましゅ……」



 身体を起こしたロロアは、大きく伸びをした。



「あれ、なんか身体の調子がいいです」



 敏樹がHPとMPを回復させたおかげか、いつもより寝起きも良さそうである。



「な、寝てよかっただろ?」

「はいっ」



 腹が減っては戦はできぬということで、ふたりはまず水で喉を潤したあと、軽めの朝食を取ることにした。

 あまり腹にたまって行動を阻害してもいけないので、エネルギー吸収効率のいいゼリー飲料と固形の携行食を軽く腹に入れた。

 食後には最近ロロアお気に入りのカフェオレもどきを淹れ、このときは敏樹も砂糖を多めにいれたそれを飲んだ。牛乳は【加熱】という初歩の生活魔術で温めることができた。



「よーし、準備運動をしよう」



 食後一息ついたあと、敏樹はロロアにストレッチを教えつつ、自身も身体をほぐしていった。

〈無病息災〉を持つ敏樹は寝起きであろうと常に最高のパフォーマンスを発揮できるが、ロロアはそういうわけにもいかない。

 寝起きのまま身体がまともにほぐれていない状態で作戦を決行するのは危険だ。



「そろそろいこうか」

「はい」



 起床から食事を含めてたっぷり1時間を準備に費やしたふたりは、アジトを目指して歩き出した。

 森に身を隠せるうちは〈影の王〉の発動も最低限にし、ロロアにもあまり集中しすぎないよう注意しておいた。


「あれがアジトかな」



 森が途切れ、開けた場所が現れた。

 周りをぐるりと柵で囲まれた集落のような場所である。

 テントや木造の家が並んでおり、規模はロロアの集落より少し広いかも知れない。

 奥のほうに洞窟を利用した施設があり、その中が山賊幹部の住居や宝物庫、それに人質がいるところだった。

 現在人質は全員同じ場所に固まっていることを『情報閲覧』で確認していた。


「しっかし、セキュリティが甘いなぁ」



 おいそれと見つけられるような場所ではないので、見つからないのを前提に警備体制が敷かれているらしく、門らしきものは開け放たれている。

 現在そこにはふたりの門番が警備に当たっているが、椅子に座ってだらけきっていた。

 時刻にして午前五時。空は徐々に白み始めるころだが、山間にあるこのアジトはまだ暗い。

 見張りの交代はもう少し明るくなってからであり、アジト内のほとんどの人間が眠りについているということもあって、いまが最も警備が手薄な時間帯なのである。


「ロロア、手を」


〈影の王〉スキルは隠密系スキルをすべて合わせたスキルであり、習得に1億ポイントを要する。

 が、隠密系スキルを個別に選択したとしても実は100万ポイント程度ですべて習得できるのである。

 このことを知ったとき、敏樹はポイントを無駄遣いしてしまったと後悔したが、〈影の王〉固有の効果を知ったことでその後悔は薄れ、いまその効果を発揮する段階に至ってはよくぞ習得したものだとあのときの自分を褒めてやりたい気分であった。


「はい、お願いします」



 少し遠慮がちに出されたロロアの手を敏樹はしっかりと掴んだ。

 少しひんやりとした感触が伝わってくる。

 それと同時に、ロロアの気配が徐々に薄れていく。


 ――スキル効果の付与。



 これが〈影の王〉の固有効果のひとつである。

 使用者が触れた人や物、放った道具や魔術に対して〈影の王〉の効果を付与することができるのだ。

 ならばロロアに隠密系スキルを覚えさせる必要はなかったのかといえば、そういうわけでもない。

 他者に付与される〈影の王〉の効果はスキルレベルに応じて減衰される。

 現在敏樹の〈影の王〉レベルは4であり、付与される効果は四割、すなわち半分以下となるのだ。

 隠密効果は付与された側の能力に上乗せされるので、ロロア本人のスキルもかなり重要になってくるのである。


 敏樹とロロアは手をつないだままアジトの門をくぐり、敷地内を歩いていく。

 半分眠っているような門番ふたりは、敏樹たちが目の前を通ったにもかかわらず、一切気付く素振りを見せなかった。

 敷地内にも人の姿はなく、テントや家から漏れる音もない。

 万が一、外からアジトを見られても分りづらくするように、テントや家は暗めの色が塗られている。

 街灯などがあるはずもなく、星明かりすら反射しないアジトの敷地内はかなり暗かった。それでも敏樹とロロアは〈夜目〉を習得していたので、危なげなく敷地内を進んでいった。

 ほどなく洞窟の施設にたどり着く。

 この入り口の扉も普段は開け放たれており、そこを警備しているのもだらけきった二人の見張りだけだった。


(いくらなんでも不用心すぎないか?)


 ここから先は幹部のプライベートスペースであるだけでなく、貴重な人質や、場合によっては宝物庫などもあるはずだ。

 外部からの侵入への警戒はもちろんだが、山賊団の中には手癖の悪い連中もいるだろう。そんな内部の人間への警戒という意味でも、半分寝ているような見張りが二人だけというのはあまりに無防備すぎるように感じられた。


(念のため……)


 敏樹はロロアの手を離さないように気をつけながら、タブレットPCを片手に持ち、『情報閲覧』をカメラモードにして入り口を映した。


(なにか通行を妨げる物はないか?)



 そう心の中で問いかけると、画面上に反応があり、入り口上部にガラス玉のような物が取り付けられているのが確認できた。


(魔力感知と識別の魔道具?)



 それは門を通った者の魔力を感知し、その魔力パターンを判別する事ができる魔道具だった。

 そして識別の結果、事前に登録されていない魔力パターンの持ち主が通った場合、警報が鳴るシステムであるらしい。


(……一応ロロアの〈魔力遮断〉レベルを上げとくか)


 敏樹はそのままタブレットPCのモードを変えて、ロロアのスキルメニューから〈魔力遮断〉のレベルを上げた。

 そのうえで〈影の王〉に注ぐ魔力を高め、門をくぐった。


(……よし)



 無事施設内に侵入を果たしたふたりは、天然の洞窟を加工して作られた入り組んだ通路を進んでいく。

 この時間に施設内の通路にはだれひとりおらず、ふたりは問題なく目当ての部屋を訪れることができた。

 扉の前には一応見張りがひとりいたのだが、椅子に座って完全に眠っていた。

 まぁ侵入者があれば警報が鳴るはずなので、洞窟内部の警戒にはどうしても油断が出てしまうのだろう。



「ま、俺らにしちゃありがたいけどな。もう少し深く眠ってもらうか」



 すぐ近くで囁かれた敏樹の声も、だらしなく眠る見張りの耳には届かない。

 敏樹は〈影の王〉の効果を付与しつつ【昏倒】という魔術を見張りの男にかけた。



「うおっ……っとぉ」



 充分だらしない姿勢だった男の身体からさらに力が抜け、危うく椅子から転げ落ちそうになるのを支え、姿勢を調整した。



「ついでに魔力も貰っとこう」



 姿勢を調整するために触ったついでに、敏樹は男の魔力を吸収した。

 これで魔術の効果が切れても当分の間は目をさますことはあるまい。

 敏樹はドアに触れて〈音遮断〉の効果を付与し、(かんぬき)を外してドアを開けた。

 金属製のドアは閂を外すときも、ドア自体を動かすときもかなり大きな金属音が鳴ったが、それらは敏樹とロロア以外には聞こえない。

 部屋に入ったあと、敏樹はドアを閉め、一部が格子になっていたのでそこから手を突っ込んで閂をかけ直した。



「暗いな……」

「ですね」



 そこは鉄格子のある牢屋だった。

 照明器具もなければ窓もないので、中は真っ暗である。

 部屋の中と外を仕切る壁は天然の洞窟を利用しているだけあってかなり分厚く、そこに扉の分だけくり抜いたような形になっている。

「扉のあたりにだけ〈音遮断〉付与しときゃいいか」

 壁から音が漏れることがないと判断した敏樹は、扉とその周辺にだけ〈音遮断〉の効果を付与し直した。

 効果と範囲を限定することで、魔力消費はかなり抑えることができるのだ。


「じゃあ、手、離すよ」

「……はい」



 少し名残惜しげな返事だったが、敏樹は気づかないふりをしてロロアの手を離し、〈影の王〉を解除した。

 部屋の中に山賊の一味がいないことは事前に『情報閲覧』で確認済みである。


「だれだっ!? いつからそこに……?」



 鉄格子の向こう側から誰何(すいか)の声が飛ぶ。

 敏樹は【灯火】の魔術を使い、ひとまず室内に明かりを灯した。



「くっ……!!


 明るくなりすぎないよう光量を調整したので、眠っている者は反応しなかったが、起きていた者は眩しそうに目をかばった。

 牢屋はふたつに区切らえており、男女に分けられているようである。

 男性のほうは蜥蜴頭の水精人が五人。

 女性のほうは11人で、ヒトや獣人、ハーフエルフなど多様な人類種に加え、獣の因子が少ない水精人が二名含まれていた。

 全員が簡素なローブを着せられている。


「ゲレウさん……?」

「……ロロアか?」



 先ほど声を発した男はどうやらロロアの知り合いであるらしい。

 というか、ここにいる男がすべて水精人で、ロロアの集落から連れ去られた者ばかりなのだから、少なくとも男性のほうには知り合いしかいないのだが。

 ロロアが鉄格子の前に駆け寄ると、ゲレウと呼ばれた蜥蜴頭の男もしっかりとした足取りでロロアの前に移動した。



「ロロア、どうして?」

「あの……」



 そこで口ごもったロロアは、申し訳無さそうな表情で敏樹の方を見た。

 その視線を受け、敏樹は優しく微笑み、頷いた。

 ロロアは敏樹に頭を下げると、再びゲレウに向き直った。


「みなさんを助けに来ました!!」


次回更新は8/16予定です

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