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第5話『おっさん、現地人にもてなされる』前編

 敏樹は〈言語理解〉スキルにて、すべての言語を習得していた。

 故に、この世界の人が発する言葉はすべて理解できるはずであった。

 10億ポイントというかなりの額を消費したが、町田の選択に不満はない。

 ゴブリンやオークの喚き声に関してまったく意味を理解できなかったのは、それが人の話す言葉ではないからだろう。

 裏を返せば敏樹に理解ができる言葉を発している時点で、このリザードマンは魔物ではなく人、あるいはそれに近い存在であることがわかる。


 敏樹は改めて2人の姿を注視した。

 1人は蜥蜴(とかげ)のような頭に全身を覆う爬虫類の鱗のような皮膚を持ち、尻からは太く長い尻尾が垂れ下がって地面にペタリと着いていた。

 しかしもう1人は、一応全身は鱗に覆われているものの、顔はヒトの形に近く、尻尾も細くて辛うじて地面に着く程度の長さだった。


「何の用だと訊いている!!」

「ナニシニキタ!? コンゲツブン、ハ、モウ、ワタシタ、ダロ!!」

「ん?」


 どうやら彼らは敏樹を誰かと勘違いしているらしい。

 いったい誰と勘違いしているのか気になるところであるし、人の姿に近い男の方が片言なのも気になった。


「どうもー、フリーの探検家、大下敏樹といいます。森を探索してたら見つけたので、ちょっと寄らせてもらいました」


 敏樹の言葉に2人の門番が顔を見合わせる。

 そして、より警戒を高めた様子で、蜥蜴頭の方が敏樹を睨みつけた。縦に長い瞳孔が、緊張を示すかのように少し太くなった。


「ヒトが1人で森を抜けられるわけがない。どうせお前も野狼の一味だろうが!!」


 そう言いながら、2人は槍の穂先を敏樹に突きつけてきた。


「ヤロウ? いやいや、そんなんじゃないですって。ただの旅人ですよ」


 2人の怒声にほかの住人も気付いたのか、ちらほらと人が集まってたが、集まった人はすべてが蜥蜴のような姿だった。

 ただ、蜥蜴の因子の混ざり方にムラがあるようだが。

 そしてそのすべての人たちが、敏樹に非友好的な視線を送り、ときおり野次を飛ばしてきた。


「待たんかお前たち」


 人混みの後ろからしわがれた男の声が響く。

 それほど大きな声ではなかったが、その声はよく通り、喧騒がピタリと止んだ。

 そして集まっていた人のかたまりが割れ、その間から杖をついた蜥蜴頭の男が現れた。


 男は杖をつきながらもしっかりとした足取りで悠然と歩き、敏樹の前に立った。


「お主、野狼の一味ではないのか?」

「その野狼ってなんです?」

「知らんのならいい。しかし、ヒトのくせに我々の言葉が上手いのだな」

「そうですか?」

「我々の言葉はヒトの口では発音しづらいはずなのだが、お主は完璧に話しておる。面白い奴だ」


 つまり、人に近い顔の男の言葉が辿々しかったのはそういう理由からであった。

 敏樹には〈言語理解〉があるので、あらゆる言語を母国語レベルで聞き取ることができるのだ。


「用がないなら帰ってもらおうと思ったが、歓迎してやろう」

「オサ!?」


 門番の1人が杖の男に異を唱えるかのように叫んだ。

 どうやらこの杖の男がこの集落の長であるらしい。


「長、俺も反対です。こいつが野狼の一味でないと決まったわけではない」


 もう1人の門番も同じく異を唱えた。


「ふん。お主らはこの者がわしらの言葉をしゃべっておるのに気付いておらんのか?」

「なんと!? すまないが、何かしゃべってはもらえないだろうか……?」

「あーあー、本日は晴天なり」


 いまいち事情の飲み込めない敏樹だったが、とりあえず指示に従ってみたのだった。


「……本当だ。翻訳の魔道具を使っていない……」

「コイツ、オレヨリ……」

「の? わかったらお主らは持ち場に戻れ。ほんでお主、ついてこい」


 長がそう言って集落の中へと歩き始めたので、敏樹は少し戸惑いながらその後について歩き始めた。

 集落内を歩いている間、住人からは常に剣呑な視線を投げつけられており、敏樹は少し居心地が悪かった。

 移動のあいだできるだけ住人を観察してみたが、すべての住人が何かしら蜥蜴を思わせる容姿だった。


 敏樹が案内されたのは村の中心より少し奥にある、一際立派な建物だった。

 といってもこの集落の建築技術はそれほど高いものではないらしく、半数は革張りのテント、半数は掘っ立て小屋のようであり、長の家だけがなんとか住居としての体裁を保っている、という程度のものであるが。


「ああ、父さんおかえり。いったいなにご……と……?」


 おそらくは長の息子と思われる蜥蜴頭の男が、長に声をかけつつ視線を動かしたところで敏樹と目が合った。


「なんだお前っ!? ……いてっ」


 敏樹を見て警戒し、身構えたところで男は長の杖で頭を小突かれた。


「客だ」

「客?」

「うむ。騒ぎの元でもある」

「ああ……」


 男は構えを解いたが、視線からは警戒心が消えてなかった。


「どうも」


 敏樹は軽く頭を下げ、長の家に入った。長は外でも裸足であり、裸足のまま床に上がった。


「あのー、靴は脱いだほうがいいですか?」

「そのままで構わんよ」


 とのことなので、少し遠慮がちにではあるが敏樹は土足のまま家に上がった。


「ま、適当にくつろいでくれ」


 そう言いながら長は部屋の奥に敷かれていた革のマットの上に座った。


「どうぞ」


 長の息子と思しき男が、座布団ほどの大きさの革のマットを渡してきた。


「あ、どうも」


 それはクッション性もなければ縫製の跡もない、なめした革の切れ端のようなものだった。

 敏樹はそれを床の上に敷き、あぐらをかいた。


「儂はここ水精人の集落の長をやっておるグロウという。そっちのは儂の息子のゴラウだ」

「どうも。俺はトシキといいます」

「ふむ。トシキか。で、何をしにこの集落へ?」

「特に目的は……。森を探索中にたまたま行き当たっただけですよ」

「そうか。ではこの集落にこれといった用はないのだな?」

「まぁ、そうなりますね」


 実際敏樹は、最初の転移先から一番近いから寄っただけである。


「ふむ。では、まぁ一杯もてなそう。朝になったら出ていくがよい」


 グロウが何を指示したわけでもないが、息子のゴラウが陶器の壺とコップを2つ持ってきた。


「この集落で作っている酒だ。口に合えばよいが」


 ゴラウが並べたコップに壺を傾ける。壺の口から白濁した少し粘りのある液体が流れ落ち、陶器のコップに注ぎ込まれた。

 ゴラウから受け取ったコップから漂う匂いといい、少しとろりとしたその様子といいどことなく馴染みのあるものだったが、それがいったい何であるのか、敏樹はすぐに思い出せない。

 『情報閲覧』で調べればすぐに分かるのだが、ここでタブレットPCを出すなど無粋にもほどがあるだろう。

 仮に有毒なものであっても敏樹には〈無病息災〉がある。

 死にさえしなければなんとかなるはずだと覚悟を決めた敏樹は、コップを傾けて一口分の液体を口に含んだ。


 ドロリとした口当たりのあと、ほのかな甘みが広がったかと思うと、少し強めの辛味が後を追うように迫ってくる。

 そしてあるかないかのわずかな発泡。

 ゴクリと飲み込むと、すべての味が喉を通り過ぎた後、強烈なアルコール臭が鼻腔を刺激した。


「……どぶろく?」

「ほう……、お前さん、どぶろくを知っておるのか」


 それは米から作られるにごり酒、どぶろくであった。

 この世界のどぶろくが彼らの言語でどう呼ばれているのかは不明だが、〈言語理解〉のおかげで敏樹の意図は過たず通じているようである。


「ええ。郷里の特産でしたから」


 敏樹の生家からほど近いところに神社がある。

 神社では毎年どぶろくが作られ、ささやかな祭りが開かれる。

 作られたどぶろくは参拝者に無料で配られ、希望者には瓶詰めで販売された。

 毎年神宮にも奉納される由緒正しいどぶろくである。


 高校卒業とともに実家を出ていた敏樹は、数年前再び実家へと戻ることになった。

 特に娯楽のない田舎町だったが、このどぶろく祭はそれなりに楽しみにしており、かならず足を運んで振る舞いの分を飲むことにしている。

 一度、地域のイベントで神宮への奉納に同行したこともあるが、あれは中々にいい経験だった。


 その神社で作られるどぶとくに比べれば、かなりクセが強く、アルコール度数も高そうが、このどぶろくには独特の深みがあった。

 米の品種の違いか、あるいは水の違いか。

 どちらが美味いかと問われても、好みの分かれるところである。

 敏樹にはそれなりに地元愛があるので、どうしても地元びいきになってしまうが、酒好きはおそらくこちらのどぶろくを好むだろう。


「ますます面白いやつだ。さ、もう一杯やれ」


 空になったコップに、どぶろくが注ぎ足された。


「どぶろくがあるということは、米があるのですか?」

「うむ。儂ら水精人にとっては酒の原料ぐらいの価値しか無いが、人間は好んで食うからな。以前はよく街に卸していた」


 以前は、というところで、グロウの声色は少し悲しそうな、あるいは悔しそうな色を帯びた。


「以前は、ということは、今は?」

「まぁ、いろいろあってな。お主には関係ないことだ」


 確かによそ者である敏樹には関係ないことであり、敏樹としても積極的に首を突っ込むつもりはない。


「ところでお主は随分と儂らの言葉が上手いようだが、なにか祝福を得たのか?」

「まぁ、そんなもんです」


 敏樹がスキルと呼んでいるものは、この世界の住人とっては『天啓』や『加護』、『祝福』と呼ばれている。

 先天的に身につけているスキルを『加護』といい、特殊な施設で後天的に付与されたものを『祝福』、祝福以外の方法で後天的に習得したものを『天啓』という。


 言語関連のスキルは加護によって与えられることがほとんどなく、異種族がいくら努力したところで水精人の言語を流暢に喋ることができないのは、この集落の人に近い顔の水精人が証明している。

 言語能力に関しては努力によって習得できる部分に限界があり、いくら努力しても天啓を得るまでには至らないともいわれている。

 となると、あとは祝福だけが残るというわけだ。


「物好きなことだ」


 祝福は、神殿などの特殊な施設で与えられるものだが、これは敏樹がタブレットPCでポイントを使ってスキルを習得するのに似ている。

 管理者用タブレットPCのように、どの祝福(スキル)に何ポイント必要で、その人が現在何ポイント所有しているか、という細かいことまではわからず、ただ漠然と“このあたりの祝福は得られる”ということはわかるので、あとは本人の希望にそって祝福を付与されるのである。

 ただ、祝福を得れば一気に能力があがるということもあり、施設に対する高額な寄付や貢献が必要となるようだ。

 この世界住む者にとって、祝福を得るというのはかなり大変なことなのである。

 その貴重な祝福の枠を、水精人という少数種族の言語に充てるというのは、物好き以外の何者でもない、と考えられても仕方がないのだった。


次回更新は明日(7/22)予定です。

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