第8話『おっさん、対策を考える』後編
書籍第3巻本日発売です!
精人奴隷編と谷村親子編を合わせてエピソード順を調整し、スッキリ爽快な読み心地にしましたので「あの辺なんかモヤモヤしてたなぁ」と思われた方にもお楽しみいただけるかと思います! 是非に!!
バイロンが王国統括ギルドマスターだということは、少なくとも敏樹とロロア以外はみな知っているようだった。
「ってか、バイロンさんってヘイダ支部のギルドマスターじゃないのか?」
「いやいや、普通は町の支部長をギルドマスターなんて呼ばないって」
敏樹の疑問に、ファランが呆れたように答える。
ギルドマスターとひと言にいっても、支部ギルドマスター、州統括ギルドマスター、王国統括ギルドマスターの三種があり、その頂点には全ギルドの長であるグランドマスターがいる。
そのうち、支部ギルドマスターは一般的に『支部長』、州統括ギルドマスターは『統括』と呼ばれることが多く、ギルドマスターと言えば国内に7人いる王国統括ギルドマスターを指すのだとか。
「でも、なんでそんなに偉い人がこの小さな町にいるわけ?」
「たしか、いまのヘイダ支部長は体調を崩して長期療養してるとかで、復帰までの代理とかなんとか……」
「いや、なんで代理にそんな偉い人がくるんだよ」
「んーそのへんの事情はよくわかんないや」
なんにせよ、頼りになる人物が近くにいるというのは好都合なので、敏樹はさっそく冒険者ギルドを訪ねることにした。
「面倒なことになったのぅ……」
同行したマーガレットから事情を聞いたバイロンは、そう言ってため息をついた。
「この時期に大規模な訓練っちゅうのもおかしな話じゃと思うとったが、そんな事情があったとはの……」
親衛隊の行軍についてはギルドも把握していた。
表向きは遠征の訓練であり、親衛隊は立ち寄った町で豪勢に金を使うということもあって、王国内での彼らの行軍は歓迎されていたのだ。
第2王子率いる親衛隊は現在商都エトラシを出発し、ヘイダの町を目指して進んでいる。
強行軍というわけでもないので、到着まであと3~4日はかかるだろうと予想されていた。
「撃退は難しいですか?」
「いんや。ガチでやり合うたら余裕で勝てるじゃろ。殲滅してええんなら儂ひとりで充分じゃしー」
とぼけた様子で鼻をほじりながらうそぶくバイロンだったが、大ぼらというわけではなさそうだった。
「じゃが、親衛隊と冒険者がぶつかったとあれば、その原因が問われよう。そこで精人云々の話が明るみに出れば、周りの王国はだまっておるまい」
「獣王に魔王に聖王ですか……めんどくさいですね……」
テオノーグ王国と隣接する勢力を大雑把に表すと、西には迷宮都市ザイタがあり、南にィエマタ王国、東にトカセ王国、北にネア王国がある。
ザイタが他の勢力に干渉することはないので、気にすべきは他の3勢力だろう。
「もっとも警戒すべきはィエマタじゃな」
ィエマタは人口の大半を獣人が占めており、国王もまた獣人であるため、かの国の王は獣王と呼ばれる。
精人は獣人の祖と考えられ、そのためィエマタには精人を重んじる風潮があった。
「国王自らの指示で精人の里に軍を向けたとなると……黙ってはいないですよねぇ」
それがたとえ未遂に終わったとしても、軍を動かした時点で手遅れだろう。
となれば、軍を動かした動機を、少なくとも公的には隠す必要がある。
「天網府がいまなお沈黙しているのはそのためです。なんとかごまかすことで、他の王国が動く大義名分だけでもなくすことができればと……」
「訓練と称して動いておるのであれば、訓練のまま引き上げてもらうのが一番じゃろうなぁ」
そう言って嘆息したマーガレットとバイロンが、じっと敏樹を見る。
「え……俺?」
その視線から、ふたりがなにやら自分に期待していることを、敏樹は察した。
ふと視線を動かすと、隣に座っていたロロアも、期待を込めた目で敏樹を見ていた。
「はぁ……。仮にですけど、このまま力尽くで親衛隊を撃退したらどうなります?」
「なぜ冒険者は軍を退けたのか、その説明を余儀なくされるじゃろうな」
「そうなっては天網府も事実を隠蔽することはできませんし、下手をすれば天帝が討伐命令を出す可能性もあります」
「……となれば聖王も動きますかね」
テオノーグの東に隣接するトカセは、その領内に天帝の居住地を有している。
トカセの王は聖王などと名乗って、天帝をもっとも多く利用してきたと言われていた。
他の王国を攻めてもいいという勅命がくだれば、嬉々として軍を動かすだろう。
「となれば、魔王も便乗してくる可能性はあるかのう」
北のネア王国は、魔族が多く住む土地である。
そのため、ネアの王は魔族を統べる者として魔王と呼ばれていた。
40年ほど前に代替わりして以降、他国にほとんど干渉しなくなったが、それでも隙を見せれば動くと考えたほうがいいだろう。
「そのような事態に、短慮とはいえ軍からの信望だけは厚い第2王子がおらんというのは、ちと厳しいじゃろなぁ」
「といって、彼の戦力を見込んで蛮行を見逃すというのはありえないですしね」
そう言ってバイロンとマーガレットは、再び敏樹に目を向けた。
「……つまり、第2王子には穏便にお帰りいただく必要がある、と」
「そういうことじゃな」
「ですね」
「それはわかるんですが、なんでふたりとも俺を見てるんです?」
その問いかけに、バイロンとマーガレットは互いに見合ったあと、ふたたび敏樹に向き直ってにっこりと笑った。
「オーシタさんなら、なんとかできそうかなって思いまして」
「お主のことじゃ、なんぞ隠し球を持っとるじゃろ?」
しがないアラフォーおっさんにいったい何を期待しているのかと、敏樹はため息をついたが、といってこのまま黄昏れていても事態が好転することもないことはわかっている。
親衛隊はいまなおこの町を目指して進軍中であり、あまり多く残されていない時間でどうすべきか、敏樹は頭をひねるのだった。





