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第5話『おっさん、王宮への御用改めについて聞く』後編

 テオノーグ王バートランドは、有能ではないが決して無能というわけでもない。

 国というのは舵取りを誤れば、あっという間に傾いてしまうものだ。

 それを数十年にわたって滞りなく運営できたのだから、少なくとも為政者としての及第点には達しているといっていいだろう。

 そして彼は娘が愚かであることを知っていた。

 知っていてなお甘やかさずにはいられない自分もまた、愚かであることも。

 娘が犯した愚行……いや、悪行に目をつむるかわりに、彼は為政者としての責務を果たしていたのかも知れない。

 そんなことが償いにならないことも知ってはいるが、それでも自分にできる限りの善政を敷くことで、心のバランスを取っていたのだろう。

 悲しいかな有能ではないため、彼なりの善政は凡庸と評されているのだが。


「私に死ねと……?」


 全員の視線が王に集まっていた。

 

「お父さまぁ……」

「メアリー……」


 娘が涙を流しながら、自分に救いを求めている。


「私、死にたくない……助けてお父さま……」


 自分を助けて欲しいと、娘は言う。

 それが父の命と引き換えになることを、この娘はわかっているのだろう。


「メアリー……私は……」


 自分が助かるためなら父の命をなんとも思わない、そんな愚かな娘であることをバートランドは理解しながらも、代わってやりたいと思った。


「お願いお父さま!! こんなの嫌っ! お願いだから助けてぇっ!!」

「私は……」

 

 どんなに愚かな娘であっても、自分の命で救えるのなら安いものだと、バートランドは思った。

 だが王としての立場が父の想いに待ったをかける。

 バートランドはエリオットに目を向けた。

 長男は無言のまま、冷めた視線を自分に向けていた。

 自分はなぜこの優れた長男を、娘ほどに愛してやれなかったのか。

 エリオットが王位に就けば、きっと自分より優れた王になるだろう。

 息子の卓越した能力と人望に、嫉妬があるわけではない。

 長男が優秀であることはむしろ、自分のあとを心置きなく任せられるという安心感しかなかった。

 そんな優秀な長男に愛情を向けられれば、そして愚かな娘を見捨てることができれば、どんなに楽だろう。


「メアリー……」


 だが、いくら頭でそう考えても、心は思い通りに動いてくれないものだ。


 ――娘を助けてくれ!!


 衝動に任せてそう叫びたかった。

 だが、できなかった。

 もしいまこの場で自分が死ねば、王国はどうなるか。

 いかな凡愚な自分でも、王が急死すれば多少ならず国が混乱するくらいのことは、バートランドも理解していた。

 それを考えれば、どうしても衝動に身を任せることができず、王はうなだれた。


 しかし父として娘を見捨てることもできない。

 そこでバートランドは、少し時間をもらえないか提案しようとした。

 処刑といっても今日明日に行なわれるわけではないはずだ。

 ならば、できる限り迅速に王位をエリオットに譲り、その他引き継ぎを済ませて、可能であれば病死という扱いで自分の命を差し出せば、娘を救い、国を混乱させずにすむのではないか。

 そう考え、バートランドが口を開こうとしたときだった。


「……ふざけんな」


 その声に顔を上げると、怒りに歪んだ娘の顔が、自分を見ていた。


「ふざけんなクソじじい!!」


 そして、いままで聞いたこともない声色で、娘が自分を罵倒した。


「メ、メアリー?」

「私を助けろよっ! なんで私が死ななくちゃいけないの!? アンタが代わりに死ねよっ! 死ねえぇぇっ!!」

「あ、ああ……メアリー……」


 娘の豹変に、バートランドはただうろたえるばかりだった。

 そして一向に決断する気配のない父親に、メアリーは理不尽な怒りを募らせていく。


「なんとかいいなさいよ! なんで若くて綺麗な私が死ぬのっ!? 醜い老いぼれのアンタが生き残るの!? こんなのっておかしいでしょう!! アンタの命になんてなんの価値も――」


 突然、メアリーの言葉が切れた。


「ぁ……ぉぉ……」

「……メアリー?」


 両脇を監察員に抱えられていたメアリーは、不自然に仰け反り、短くうめくと、白目を剥いて泡を吹いた。


「おい、メアリー、どうした……?」


 父の問いかけに応えることなく、メアリーはがっくりとうなだれる。

 その後ろに、血に濡れた短剣を構えたエリオットの姿があった。


「兄として、せめてもの情けだ」


 エリオットの短剣で延髄を貫かれたメアリーは、おそらく何が起こったか理解する前に絶命しただろう。

 エリオットはそれをもって情けと称した。

 メアリーの身体が弛緩するのを確認した監察員たちは、抱えていた彼女を手放した。

 ドサリ、とうつ伏せに床に倒れたメアリーは、首の裏からドロリと血を流しながら、何度かピクピクと痙攣し、ほどなく完全に動きを止めた。


「ああっ! メアリー!!」


 バートランドは娘の遺体に駆け寄り、彼女の身体を仰向けにして膝に乗せた。

 白目を剥き、口の端に泡を残してぽかんと口を開けたようなメアリーの顔は、趣味の悪い人形のようで、エリオットは思わず目を背けた。


「メアリー……そんな……嘘だああああああ!!」


 バートランドは娘の頭を胸に抱いて慟哭した。


 泣きわめく父の姿に眉をひそめながら、エリオットは懐からハンカチを出して血を拭った。

 そこへ、隊長格の男が口元に薄く笑みをたたえて歩み寄ってくる。


「我らの前で妹を殺すとは、いい度胸だな」

「捕らえますか?」


 エリオットは無表情のまま男を見据えながら、血に汚れたハンカチを懐にしまい、代わりに短剣の鞘を取り出した。


「……いや、殺人は王法が優先される。我々の出る幕ではないな」


 男はそう言って一礼すると、部屋を出て行き、他の隊員もそれに続いた。


「ふぅ……」


 エリオットは監察員が全員出て行ったのを確認し、安堵するように息を吐いた。


「ああああ! メアリィィーー!!」


 そして、鞘に収めた短剣を懐にしまいながら王を見た。


(この人は、メアリーにあれだけのことを言われながら、娘の死を心底嘆いているのか……)


 メアリーをこの場で殺すことは最初から決まっていた。

 王女を天網違反の罪で刑死させた場合、それにともなう混乱がテオノーグのみに留まらないであろうことを、天網府も理解してくれた。

 いってみればいま行なわれたのは、双方示し合わせた上での茶番劇である。

 だがあえてその茶番劇を行なったのは、天網監察があいだに入ることでメアリーの罪をバートランドに自覚させ、少しでも目を覚まさせることができないかと考えたからだ。

 メアリーが暴言を吐き始めたとき、これで父の目も覚めるだろうとエリオットは思ったが、残念ながらそうはならなかったようだ。


(いっそこの人もこの場で……)


 こうなれば娘を失った王が自暴自棄になる可能性が考えられる。

 妙な行動を起こす前に、この場で始末してしまうという手もなくはない。


(いや、しばらくはおとなしくしてもらおう)


 だが唐突に王を失うリスクを考えたエリオットは、しばらく父を幽閉し、そのあいだに地盤を固め、ある程度落ち着いてから死んでもらうことにした。

 この決断を、エリオットは後に深く後悔することになる。


(せめていまは、ふたりにしてやるか……)


 王子は無言のまま父娘に一礼し、部屋を出て行った。


**********


 メアリーの死は病死として発表された。

 その発表からしばらく経ったある日、敏樹のもとに何人かが集まって情報を共有していた。


「実際は天網違反による処刑だったのか?」

「いや、自殺を強要したのか、王族に連なる誰かが手を下したか、だろうな。たとえ王女だろうと天網府が処刑したのであれば、それを隠すようなことはしない」


 ファランからの情報提供を受け、敏樹の質問に答えたのは天網監察でありながらヘイダの町冒険者ギルドにも所属する、猫獣人のテレーザだった。

 この場には敏樹とロロアの他に、ファランとベアトリーチェ、テレーザ、そして珍しいことにマーガレットの姿があった。


「王は娘の死にショックを受けて病に伏せった、ってことで、いまはエリオット王子が王の代わりを務めているね」


 ファランの報告に、敏樹は腕を組んで首を傾げる。


「とくに混乱がないように思えるのは、ここが田舎だからか?」

「いや、王都も多少ざわついた程度で混乱と言うまでには至ってないね」

「おそらく、エリオット王子と天網府とのあいだで事前に話が通じていたのでしょう」


 ファランの答えを、マーガレットが補足する。

 彼女がそのあたりの事情を断言できないのは、州都支部所属程度の下っ端まで情報がおりてきていないからだ。


「ところでさぁ、マーガレットさんがいるのって珍しくない?」

「いや、そもそも今日はマーガレットさんに呼ばれてここに集まってるんだよ」


 ファランの疑問に、敏樹が答えた。

 その気になればすべてを見通せる『情報閲覧』を持つ敏樹だが、離れた場所の状況を正確に把握できるほど万能ではない。

 せめて王都に行き、王宮をカメラにでも捕らえなければ、詳しい事情はわからないだろう。

 敏樹の能力をもってすれば、王宮に忍び込むことは可能だが、なんといっても王都は遠い。

 そこでドハティ商会の情報網を使ってある程度事情を知っているであろうファランを、敏樹は呼び出したのである。


「へええ、なおさら珍しい」

「お呼び立てして申し訳ありませんが、至急お伝えせねばならないことがありましたので……」

「それって通信箱とかで連絡するのじゃダメなの? 州都からわざわざ来るより早いと思うんだけど」

「機密に関わることですので、情報漏洩のリスクをさけるには直接お伝えするしか……」


 申し訳なさそうに目を伏せるマーガレットの姿に、敏樹は眉をひそめる。


「それは、俺たちに話してもいいことなんですか?」


 敏樹の問いかけにマーガレットは顔を上げ、表情を改めて頷いた。


「オーシタさんがランバルグ商会への御用改めを始め、天網府に貢献してくれたからでしょう。上の者から教えてやれ、と。まぁオーシタさんの力を少なからずアテにしている部分もあるのでしょうが……」

「王宮がらみのことを、なぜ俺に?」

「ことはオーシタさん……というよりロロアさんに深く関わることですので」


 そこでマーガレットを始め、その場にいる全員の視線が、ロロアに集中した。


「……えっと、私、ですか?」

「はい。まず最初にお伝えしますが、政務から退いていたバートランドが、復帰しました」


 全員の視線がマーガレットに戻り、ロロアはますます戸惑いを露わにする。

 王の復帰が、いったい自分にどう関わってくるのかと。


「バートランドは復帰するなり親衛隊を編制し、南への行軍を指示しました。表向きは訓練ということになっていますが、明確な目的があることを、天網府は掴んでおります」


 王都から南方への進軍と聞いて、敏樹は嫌な予感を覚えた。

 ロロアやファランたちも同様に、表情が険しくなる。


「彼らが目指しているのは、精人の森と呼ばれる王国南部の森。そこに住む水精人、蜥蜴(とかげ)の氏族の集落」

「え、それって……」


 その場にいる全員が息を呑み、かろうじてファランが声を漏らして心配そうにロロアを見た。

 ロロアは胸の前で手を組み、不安を露わにしてマーガレットを見据える。

 その視線を受け、マーガレットは少し顔を強ばらせながら、頷いた。


「そう、ロロアさんの故郷です」

12/10発売の書籍3巻もよろしくお願いします!!

挿絵(By みてみん)

3巻初登場のテレーザ&マーガレットがメインの表紙となっております!

主人公とヒロインは後ろのほうにw

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新連載始めました!!
『聖弾の射手~会社が潰れたので異世界銃士に転職します~』
お得意の行ったり来たり系ですよー!!

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