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第13話『おっさん、事情を聞く 後編』

「さっきも言ったけど、なんだかいろいろ虚しくなっちゃってね」

 

 母の死を知るとともになにもかもやる気が失せてしまった優子は、役所に連絡をしたあと祐輔を学校まで迎えに行き、そのまま飛行機と電車を乗り継いで実家に帰り着いたのだという。

 

「病院に役所に警察にと、まぁいろいろ手続きは面倒だったけど、なんとかお葬式も終えてね。でもそこからなーんにもやる気が起きなくてさ……」

 

 葬式は敏樹の拠点となっている例のガレージ近くにある葬祭場で、誰にも知らせずに直葬という形を取った。

 ひと昔前ならいざ知らず、いまは役所に言えば告別式のお知らせなどはやらずにいてくれるし、葬祭場もプライバシーは遵守してくれるので、顔なじみと会うこともなかった。

 

「で、1週間くらい半引きこもり状態で久々にスマホの電源入れたらさ……ほら」

 

 たまたまポケットに入れていたのか、優子はスマートフォンを取り出し、敏樹に画面を見せた。

 

「うわ、通知がえげつないことに……」

 

 音声通話とSMSの通知数が見たことない数字になっていた。

 

「ま、お店ほったらかしだから、大変なことになってるでしょうねぇ」

「……もしかしてあの男はお店の関係者?」

「んー、直接関係はないでしょうけど……ウチみたいなお店だと……ね?」

 

 言いながら優子は指先で頬に斜めの線をすっと引く。

 

「はは……」

 

 思わず乾いた笑いが漏れる。

 夜の世界と裏の世界とは切っても切れない縁があるのだろう。

 

「いろんなところに網を張ってたみたいだけど、実家近辺は意外と手薄らしくてね。彼もなんかラッキーだったみたいなこと言ってたから」

 

 で、このスウェット男、スケベ根性を出して優子に関係を迫ったらしい。

 まだ優子のことを上に報告しておらず、自分と関係を持っているあいだだけは黙っておいてやる、という条件で。

 

「なんかね……こいつがいままで関係してきた男連中と重なっちゃってさ……気が付いたら……」

 

 包丁でブスリ、ということだった。

 

「なるほど……」

 

 なんとも判断に困る話である。

 普通ならどういう事情があるにせよ人を刺すなど許される行為ではない、と考えるべきなのだろうが、異世界生活がある程度長引いている敏樹としては、自衛のための暴力はやむなしという考えに染まりつつあった。

 少なくとも彼はこちらの世界でもう何人も人の命を奪っているので、未遂に終わった優子をとやかくいう資格はないだろう。

 

「さて、私の話はこの辺でいいかしら?」

「まぁ、なんとなく話はわかったよ」

「じゃあそろそろ大下くんも説明してくれるんでしょうね?」

 

 なぜ先ほどまでマンションにいたはずなのに、見知らぬテントの中にいるのか。瀕死の重傷だった男の傷が治っているのはなぜかなど、疑問に思うことは多いだろう。

 

「うん、まぁ話をするのはいいとして、その前にひとつ確認」

「なにかしら?」

「本気で死ぬ気だったよね?」

「そうね」

 

 間一髪で優子を止めた敏樹だったが、彼女の動作に躊躇がなかったのを感じとっていた。

 あと一瞬遅ければ、彼女は自身の喉を包丁で貫いていただろう。

 それは淡々と肯定した優子の返事からも改めて実感できることだった。

 

「で、結果死ねなかったわけだけど、どう?」

「ふふ、意地悪なこと訊くのね」

「大事なことだからさ」

 

 しばらく敏樹を無言で見つめた優子だったが、相手の表情が動かないことを確認し、諦めたように苦笑を漏らした。

 

「助けてくれたのはありがとう。でも、正直ちょっと迷惑だったかな」

 

 この言葉は命の恩人である敏樹を怒らせるものではないかと思う優子だったが、彼がお為ごかしの礼など求めていないだろうことは長年の経験でわかる。

 ならばたとえ相手に不快な思いをさせるとしても、正直な気持ちを話すべきだろうと優子は思った。

 彼女の言葉を受けた敏樹は、特に表情を曇らせるでもなく、無言で続きを促した。

 

「お店の経営だけをね、やってていいっていうんなら喜んで戻るわよ。でも、そういうわけにもいかないから……。だから、生きて……、生き残ってまたあの生活に戻るのはもういや、かな」

「そう」

「ごめんね、せっかく助けてくれたのに……」

 

 眉を下げて俯いた優子は、すぐに顔を上げて笑顔を取り繕った。

 

「でも、もう死のうなんてことは考えてないから、そこは安心して。冷静になっちゃったらさ、祐輔を置いてはいけないよね」

「そっか。じゃあもうひとつ。二度と日本に帰れないってなったらどう思う?」

 

 敏樹の質問に、優子は首を傾げる。

 

「どういうことかしら?」

「んー、例えばどこか遠い異国の地で生活を送るとかってどうなのかなって。そこからは日本に帰れない代わりに、日本でのしがらみも一切なくなる」

「最高ね、それ」

 

 敏樹が言い終えるが早いか、優子は即答する。

 

「じゃあ祐輔君はどうする?」

 

 息子の名を聞いた瞬間、優子は表情を曇らせて俯いた。

 

「日本の学校には通えない。友達に会うこともできない。たぶん二度とね。それとも彼は日本に置いていく? そうすれば、谷村さんが彼に会うのは難しいだろうけど」

「そうね……。本人の意志を尊重したい……と言いたいところだけど、離ればなれは嫌かな」

 

 ふと顔を上げた優子の顔に、困ったような笑みが浮かぶ。

 

「身勝手な母親だと思って、呆れてるんじゃない?」

「さあ、どうかな」

 

 敏樹には子供がいないので、親の気持ちというものはよくわからないが、15歳だったことはあるので祐輔少年の気持ちなら多少わからないでもない。

 彼に何かしら大きな目標があって、それに向かっているのだとしたら、優子の存在は枷になるかも知れない。

 

(でも、彼が俺みたいだったら)

 

 敏樹自身高校生のころは特に何も目的はなく、とりあえず大学へ進学してそのうち就職するのだろうな、という漠然とした人生設計しかなかった。

 そんな時分に、突然親がいなくなってひとり社会に放り出されたとしたら……。

 

(困るだろうなぁ……)

 

 この世界では成人扱いされる15と言う年齢だが、日本ではまだ子供でしかない。

 ならば、親の庇護はあってしかるべきではないだろうか。

 

「ま、その辺はふたりでしっかり話し合ってよ」

 

 あとは祐輔が起きてからだろうと、敏樹は立ち上がり、古霊木の杖で少年の頭をコツンと叩いた。


明日も更新します。


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