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第9話『おっさん、古い知り合いに再会する』

 温泉宿への慰安旅行が終わってからしばらくは、敏樹らの日常にそれほどの変化はなかった。

 ファランたちは相変わらず解散させたランバルグ商会の後始末に追われているし、シーラたちも商都の治安維持に奔走。

 シゲルは訓練教官として大人気だ。

 その中で、敏樹はそれぞれに少しずつ関わっている。

 必要があれば『情報閲覧』にて調べ上げた情報をドハティ商会に提供したり、憲兵隊から依頼された治安維持の手伝いをしたりしており、ロロアはそんな敏樹をサポートしていた。

 案外一番忙しくしていたのは敏樹らかもしれないが、色々な所に顔を出すぶん、ふと急に時間ができることもあった。

 そんなときは、ロロアとふたりで実家に帰ってまったり過ごすことが多かった。

 

 この日も敏樹とロロアは実家に帰っており、近所のショッピングモールを訪れていた。

 

「じゃあいつものカフェに居るから、ゆっくり買い物しといで」

「はーい。いってきますね」

 

 ロロアも日本での生活に慣れたようで、電子マネー決済を駆使して手間取ることなく買い物をできるようになっていた。

 都会ならいざしらず、田舎のショッピングモールなので各ショップ店員が商魂たくましく声をかけてくることもあまりないし、ナンパなどもほとんどないので、これといったトラブルに発展することもなかった。

 

 敏樹はショッピングモール1階にあるオープン席だけのカフェで、名物のチョコレート入りクロワッサンをかじりながらコーヒーをすすっていた。

 ロロアが買い物を楽しんでいるあいだ、スマートフォンを片手にネット小説を読みながらここで時間を潰す、というのが最近のパターンになっている。

 

 ガサッっと言う音に反応し、敏樹はそちらへ視線を動かした。

 ちょうど敏樹の隣の椅子に、誰かが買い物袋を置いたようだった。

 そしてそれとテーブルを挟んで向かいの席、すなわち敏樹の斜め向かいに、ひとりの女性が腰を下ろした。

 彼女は手に持っていたコーヒーをひと口飲むと、少し疲れた様子でうつむき加減に大きく息を吐いた。

 

「ん……?」

 

 その姿になにか引っかかるものを覚えた。

 ライトブラウンにカラーリングされた長いストレートの髪をひとつに束ねた、あまり化粧っ気のない女性である。

 年は敏樹とかわらないくらいだろうか。

 ベージュのワイドパンツに白いブラウスというなんとも無難な格好だが、どこか洗練された都会の空気を感じさせる女性だった。

 

「谷村さん……?」

 

 ほとんど無意識のうちに、それは敏樹の口から漏れ出いた。

 

「えっ!?」

 

 そして女性は弾かれたように顔を上げ、目を見開いて敏樹を見た。

 大きく見開かれた目は徐々に細まり、表情は驚きから困惑へゆっくりと移行していく。

 

「ごめん……誰だっけ?」

 

**********

 

「俺は2組の山下さんがいいと思うけどな」

「あー、たしかに。あの子いいよな胸もでかいし」

「俺は断然4組の本橋さんだわ」

「えー? 前は可愛かったけど、夏休み明けにガラッと変わったじゃん。茶髪になったりとかさぁ」

「ばっかお前ぇ、あの背伸びしてる感がいいんじゃねぇかよ」

「あーちがうちがう。本橋さんのあれは背伸びとかじゃなくて、彼氏の趣味だよ」

「「「ふぁっ!?」」」

「夏休みに3年の赤元くんと付き合い始めたらしいぜ?」

「赤元くんってってあの?」

「そういや本橋さん、ちょっとヤンキーっぽいとこあったもんなぁ」

「終わった……。俺の初恋、終わった……」

 

 それは林間学校だったか修学旅行だったか、とにかく同級生数名で宿泊したときのことである。

 男子中学生が夜に数名集まれば、誰が誰を好きだのという話になるのはよくあることだ。

 

「俺は1組の谷村さんかなぁ」

「……誰?」

「あー、真面目っぽい地味な娘か……。んー、どうだろう……?」

「全然思い出せねぇ……。そんな娘いたっけ?」

「俺はわからんでもないかなぁ」

「おお! 大下ぁ! わかってくれるかぁ!?」

「おう。よく見るときれいな顔してると思うぞ」

「だよな!? メガネ取ったら絶対美人だぜ、あの娘!!」

「いや……。メガネはあったほうがいいんじゃないか?」

 

**********

 

「あはは、ごめんごめん。大下くんって、中学のころあんま目立つほうじゃなかったじゃない?」

「いいよ別に。学生時代はモブだった自覚あるから」

「モブって……。まぁでも名前聞いたら思い出したわ、うん。なんていうか、全然変わんないね」

「そう? そういう谷村さんは――」

 

 谷村優子。

 中学時代の彼女は黒髪ショートボブで、ファッション性の欠片もない黒縁メガネをかけた優等生という印象があった。

 実際中学卒業後は県内屈指の進学校へ通うようになり、その後一流の大学へ進学したと聞いている。

 その優子と、目の前にいる女性とのギャップに敏樹は戸惑っていた。

 服装自体は地味で化粧も薄めではある。

 しかし耳元に輝くピアスや首に下げたネックレス、手首にかかる腕時計や指にはめられたいくつかの指輪は、決して地味なものではない。

 どれもゴテゴテとした印象を感じさせない、控えめなデザインではあるが、ファランと共に異世界でいろいろな物品を数多く目にした敏樹には、それらが相当な値打ち物であることがなんとなく理解できた。

 ネイルひとつ取ってみても、鮮やか色合いにもかかわらず控えめな印象を与えるそれは、おそらくプロの手によるものだろう。

 

「――なんというか、ずいぶん華やかな感じになったねぇ」

「遠慮しなくていいわよ。ケバくなったって言いたいんでしょう?」

「いや、そんなことは、ないけど……、まぁ随分印象はかわったかなぁ」

「ってか、よくわかったね、私って」

 

 黒髪メガネで制服を着崩すことすらなかった彼女が、髪の色を変え、メガネを外し、ラフな格好をしている、というだけで相当印象は変わるうえ、20年以上という時間経過による容姿の変化もある。

 しかしたまに出席する同窓会などで、劇的に外見が変わった同級生は何人も見たことがあった。

 高校デビューや大学デビューなどいろいろな事情で外見が変わり、あるいは新たな世界にふれて内面が変わるということもあるだろう。

 しかし不思議と思春期のころの面影はどこかに残っているものだが、優子の変わりようはそれらとは一線を画するように思えた。

 

「こっちに帰ってきて何人か顔見知りとすれ違ったけど、気付いたのは大下くんだけだったよ」

 

 敏樹自身も不思議ではあった。

 なぜこうも印象の変わった彼女を谷村優子と認識できたのか。

 

(トカゲ頭を見慣れたせいかな……?)

 

 ロロア故郷である集落に住む、トカゲ頭の水精人たち。

 まったく見分けがつかず、最初のころは声や口調で識別していたが、いまは容貌のみで見分けることができるようになった。

 もしかすると、それによって容姿の識別眼のようなものが鍛えられたのかも知れない。

 

「帰ってきたってことは、住んでるのはこっちじゃないんだ?」

「うん、普段は東京。でもお母さんのお葬式でちょっとね……」

「あ、それは……ご愁傷さまで……」

「ううん、気にしないで。誰にも言ってないから……あ、そうだ」

 

 そこで優子はポケットからスマートフォンを取り出した。

 

「連絡先、教えといてよ」

「は?」

「じつはしばらくこっちにいることになってさ。暇なんだけど、あんま昔の知り合いとかに会いたくないっていうか……」

「……俺も昔の知り合いだと思うけど」

「あはは……。大下くんは、ほら、モブだから」

「なんだそりゃ」

 

 呆れたように苦笑を漏らしながらも、さてどうしたものかと思う敏樹の目の前に、ズイッとスマートフォンのモニターが現われた。

 画面に電話番号が表示されたそれは優子の持っていたものとは別の機種であり、持ち主へと視線を向けると、そこには中学生くらいの少年が軽く敵意のこもった視線を敏樹に向けていた。

 

「母さんに用があるなら、俺を通せよ、おっさん」

「ちょっと、祐輔?」

 

 その少年が優子の息子であると知って軽く目を見開いた敏樹だったが、彼らの年齢であれば二十代後半でできた子供がこれくらいの年齢になるわけだから、驚くほどのことではない。

 

「あの、ごめんなさい大下くん。えっと、私の息子なんだけど……。祐輔、あなたいい加減にしなさいよ?」

「はぁ? 母さんこそいい加減にしろよ!」

 

 祐輔はスマートフォンを掲げていた手をおろし、母親に向き直って怒声を上げた。

 

「また変な男にひっかかって……、苦労するのは母さんなんだぞ!?」

「ちがっ……、大下くんはそんな人じゃ……」

「どうだか! おっさんなんてどいつもこいつも変なこと考えてんだろうがよっ!!」

 

 なんとも酷い言われようである。

 そういう祐輔少年もあっという間におっさんになるんだぞ、と心の中で呟き、苦笑を浮かべながら、敏樹はポケットに手を突っ込んだ。

 

「ほんともういい加減に――!?」

 

 ほどなく祐輔のスマートフォンが鳴動する。

 

「それ、俺の番号だから。なにかあったら連絡してこいよ」

 

 いろいろと事情のありそうな親子ではあるが、これ以上相手をするのも面倒だと思った敏樹は、先ほど見せられ、覚えていた番号に発信し、祐輔のスマートフォンを鳴らした。

 つい少し前なら11桁の数字を数秒見ただけで覚えることなどできなかっただろうが、〈無病息災〉のおかげか、身体能力に加えて頭脳のほうも調子が良くなっている敏樹である。

 異世界から実家へと戻った後も多少その効果は残っているらしい。

 

「ちっ……!」

 

 スマートフォンの鳴動により勢いを殺された祐輔は、椅子に置かれていた買い物袋をひったくり、出口のほうへ早足で歩いていった。

 

「ちょっと、祐輔! ごめん、大下くん、またね……」

 

 優子は敏樹に向かって申し訳なさそうに軽く手を合わせて頭を下げると、祐輔の後を追ってショッピングモールを出ていった。

 

「あの、トシキさん……おまたせしました……」

「ああ。ごめんな、気を使わせちゃって」

「いえ……」

 

 祐輔が現われた辺りから、敏樹は近くにロロアの気配を感じていた。

 しかしあまり面倒事に巻き込まれたくなかったので、声をかけることなく待ってもらっていたのだった。

 

「お知り合いの方ですか?」

「うん、まぁ」

「お力になれると、いいですね……」

 

 優子らが去っていったほうを心配そうに見るロロアに対し、敏樹はなにも答えなかった。

 

 祐輔が乱入したあたりから敏樹らの様子を見ていたのであれば、あの親子がなにやら厄介事を抱えていそうなことは容易に想像がつくだろう。

 そして知り合いが困っているのなら助けてあげたい、とロロアが考えるのもわかる。

 しかし、敏樹とロロアとでは“知り合い”の意味が大きく変わってくる。

 

 ロロアにとっての知り合いとは、生まれてから過した集落に住む数十名と、敏樹と出会ってから新たに知り合った女性たちや冒険者たちである。

 知り合いイコール親しい人と言っても過言ではないだろう。

 

 だが敏樹――というより多くの日本人――の場合、地域格差はあるものの義務教育のあいだに知り合う同級生や先輩後輩だけでも数百名に及ぶし、高校、大学を経て社会人になる頃には千を超える知り合いができる。

 その中で親しい人物というのはごくわずかだ。

 二十数年ぶりに再会した単なる中学時代の同級生のため、敏樹は進んで面倒事に首を突っ込むつもりはなかったし、そもそも祐輔が現われなければ連絡先を教えたかどうかすら怪しい。

 

(ま、どうせかけてこないだろうけど)

 

 あの年頃の少年が、ふた回り以上も歳の離れたおっさんに電話をかけることはないだろうと思いながらも、一応発信履歴から祐輔の番号を電話帳に登録しておく。

 

(あ、子供がいるってことは名字が……ま、いいか)

 

 

 数日後、敏樹のスマートフォンに着信があった。

 モニターには『谷村祐輔』と表示されていた。


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