三題噺「昨日、ライトノベル、猫」
俺は昨日、会社を退職した。
念願のライトノベル作家になるためだ!
たった一度の人生なのだ。
くだらない仕事で時間を無駄にしたくない!
とりあえず、テーマを決めよう。主人公は普通のゲーム好きの高校生で異世界に飛ばされて……
「おい」
?
俺を呼ぶ声がする。
部屋には俺と猫しかいないはず。
おかしいな。だれだろう。
「おい。かいぬし」
猫だ。
猫が喋っている。
「かいぬし、なんでしごといかない」
「お前……喋れるのか? 」
「ねこはしゃべれる。かくしてるだけ。それより、なんでしごといかない」
そうだったのか。まぁたいしたことじゃない。とりあえず俺の決意を猫にも伝えよう。
「俺もう仕事辞めたんだ! ライトノベル作家になるぜ」
「かいぬし、ライトノベルさっか、おさかなたくさんもらえるのか? カリカリは? 」
「おう、一発当てたら魚もカリカリもたべ放題だぜ! まってろよな! 」
「どれくらい? 」
「え? 」
「どれくらいまてばいいの? 」
「どれくらいって……」
俺は言葉を失った。
「あした? あさって? 」
「うーん、そんなはやくはないかな……」
そう答えるのが精いっぱいだった。
「ねこ、ながいきできないから……」
「……」
ねこがしゅんとしている。
俺はライトノベル作家になっていいんだろうか。
早くも決意が揺らぎ始めた。
ごめんな、猫。
お前のことなんてなにも考えてなかった。
「猫、俺はどうすればいいと思う……? 」
「かいぬしのすきにすればいいんだよ」
猫は弱々しく答えた。
人間なのに猫にこんな答えをさせてしまってよかったのだろうか。
俺の大切な猫。
その猫に苦労させていいのか?
もう一度、訊いてみよう。
「猫、もう一度聞くぞ。本当のことを言ってくれ。俺にどんな仕事してほしいんだ? 」
「おさかないっぱいのしごと」
「わかった」
そうして、俺はライトノベル作家を目指すのを辞めた。
代わりに、俺は漁師になった。
毎日、品物にならない魚を猫にあげた。
猫はすぐ死んでしまったが、幸せそうだった。