八話
「くっ……」
自分の体が黒い光に分解され、そのまま魔方陣に吸い込まれるという気持ち悪い感覚に晒されて意識を失った颯太は、その直後、どこかに立っているような感覚がして目を開けた。
そこには、眩い光……それも、白と黒の二種類がこの空間全体を漂っており、その眩しさに思わず目を細める。
この場の殆どが黒い光に覆われ、白い光はごくわずかな場所にしか漂っていない。
そんな非日常的な光景をしばし呆然と眺めていた颯太は、不意に結衣たちはどうなった……と、辺りを見渡すが、光に邪魔をされて視界が確保できず、よく見えない。
遠くが見えにくく、足元に視線を移した颯太だが、そこには白い光が集まって人のようなものを包んでいるのに気付く。
それが、あの時教室にいたクラスメートたちだということに気付くのには、それほど時間はかからなかった。
「まさか、時間を超えるというこの世の摂理を無視した召喚をされていながら、意識を保てている者がいるとは……」
「誰だ!」
突然後方から発せられた女の声に、颯太は警戒を露わにしながら声のした方を見る。
そこには、やはり白い光に包まれた人影があった。
「そう警戒しないでください。……ああ君、エミリー=アーネル様に《災害》によって召喚された人間が複数名いるとお伝えしてください」
「はっ!」
近くにいた部下らしき者は、女の指示を受けてすぐさまどこかへと走り去る。
だが、その速さは人のそれを超えていた。
「さて、私が誰かという質問ですが、私は反逆者討伐部隊日本支部ウォーリア隊隊長、Aランクソルジャー、長谷川凛です」
「トレイター? ソルジャー? なんだそれ……」
凛の口にした聞いたこともない単語に、颯太は困惑する。
「今すぐに理解するのは無理な話です」
はっきりと答えてくれない態度と、視界の悪さに颯太の怒りはどんどん溜まっていく。
「それで、あなたの自己紹介がまだですが?」
「ああ、悪い。俺は望月颯太、高1だ」
「高1……」
「あぁ、つっても俺はあれだ、一年留年してるからな」
「なるほど、本来であれば高校二年生だと。ということはエミリー様と同い年……」
「……?」
ぼそぼそと何かを呟く凛を怪訝に思いながら、颯太はこの場に来てからずっと抱えている問題について問う。
「ところで、この光何とかならないのか?」
「光? ああ、魔力の事ですね。光を視界から外すことを意識すれば自然に消えます」
「ほうほう。そんな簡単なものなのか」
〝魔力〟という言葉に幾分か心を昂らせながら、取りあえず颯太は目障りな光を消すことに集中する。
本当にそんな感覚的なもので消えるのか? と思いながら、そうするしかないので颯太は試してみた。
「光から意識を逸らす……。おお! 本当だ、出来た!」
「な……! もう出来たんですか!?」
驚愕の表情を浮かべる凛。
光が消え、よく見えるようになった視界で颯太は目の前の女性を観察する。
大人の女性らしいシュッとした顔つきに、ただ束ねられただけの長い黒髪。
体は引き締まるところは引き締まり、出るところは出ている。
胸もそれなりにでかい。
青い、軍服に近い服装をしており、腰には刀のような剣。
例えるならレイピアを平べったくしたような、そんな剣を帯刀している。
だが、そんな彼女だが、服や顔には所々土がついており、微かに汗もかいている。
そして、それよりも颯太にとって気になったのが、周囲の様子。
焼け焦げた大地に数十人の凛と同じ服装をした人たち、彼らは何かの戦いが終わったような空気を、そこに漂わせていた。
「本当に光を消せたんですか?」
颯太の言葉に、疑いの声を上げる凛。
「え、ああ。カメラみたいに焦点を後ろの景色に合わせる感じにすれば……」
「……。意識を保てていたことといい、魔力の事といい……中々興味深い」
「……?」
凛のつぶやきに颯太は疑問を抱きながらも、結衣たちが目を覚ますのを待った。
「んっ……」
颯太の脚元から、不意に声が漏れだす。
見ると、結衣たちが上体をゆっくりと起こしていた。
「まぶし!」
「なんだこれ!」
「みんな、どこだ!」
それを機に、クラスメートたちも次々と目を覚まし、それと同時に混乱しながら叫び出す。
それは、結衣たちも例外ではない。
「お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん……」
「ケーキ……」
結衣と美咲、それぞれ自身の兄の事を探し出す。
そして、颯太には何故今この状況に置いて遥の口から零れた言葉がケーキだったのかが、謎であった。
「結衣、俺はここだ」
颯太は、結衣を安心させるように手を取る。
見ると、和也もまた、同じ行動を美咲にしていた。
「みなさん、落ち着いてください」
そんなこんなしていると、凛が口を開いた。
そして、颯太と同じ説明が始まった。
三十分以上かかって、ようやく全員が光を視界から消すことに成功する。
だが、その間もみんな突然のことに混乱している。
「今回は、こんなに召喚されたの?」
「エミリー様! その通りです!」
凛がかしこまった口調で話しているのが耳に入った颯太は、そちらを見る。
そこには、一国のお姫様のようなドレスに身を包んだ、金髪碧眼の少女が佇んでいた。
「……あれ? どこかで会ったような……」
初対面のはずなのに、颯太は何故か前に会ったことがあるような感覚を覚えた。
そして、颯太のその呟きが聞こえたのか、凛とお姫様のような少女が、颯太を見た。
「――っ! ああ……」
その少女は、颯太を見るや否や口元を抑え、目尻に涙を溜め始める。
その直後、颯太の居るところとは真逆の方向へ走っていき、それを凛が追った。
「あれ? 俺、何かしたか……?」
取り残された颯太は、そんなことを自問自答する。
それと共に、少女が目尻に涙を溜めたその表情を思い出し、何故だか胸が痛んだ。
他のクラスメートたちはまだ現状を把握しきれずに混乱している中、颯太だけはそんなことを考えていた。
異世界の姫と世界を救った元勇者は、世界どころか時間すら超えて、二百年後の世界で邂逅した。