六話
竹刀を持って中央に着いた颯太は、向かい合って対峙する全国剣道大会準優勝である松下大輔を見る。
松下はやはり先ほどまでと同様にやにやと笑みを浮かべながら颯太を見ていた。
そんな松下の態度を見て、颯太は不安で胸いっぱいといった表情を浮かべながら、松下の構えを見様見真似で竹刀を構える。
だが、やはり素人である颯太の構えは、松下と比べると圧倒的に不格好であった。
「なんだ?」
松下の笑みの意味を問おうと颯太が松下に声をかける。
「いや、何でもねえよ」
「……?」
……と、そんなやり取りをしているうちに先生が二人の間に立ち、右手を間に翳す。
そのまま、振り上げると同時に口にした。
「よし、はじめ!」
その言葉を引き金に、松下が物凄い速さで颯太との距離を詰め、竹刀を振り下ろす。
「くっ――!」
それを、颯太は片手で竹刀を持つと、掠めるようにして松下の竹刀の軌道をそらし、いなす。
その動作に、松下は眉を顰める。
それもそのはずだろう。
剣道大会において、松下は地方大会の予選では今の一撃で何人もの相手を倒してきた。
それが、素人である颯太にいなされたのだ。
松下は口角を上げると、距離を取った。
「おい、今のは当たっていたら怪我じゃすまないぞ! さっきまでの試合だとお前はこんなに力を入れていなかっただろ!」
さっきの、松下が今颯太としている試合の前に行っていた他の同級生との試合では、これほどの力を振るってはいなかった。
颯太は、そのことを指摘する。
「そりゃあ、本気を出したら怪我をするかも知れねえだろ? 防具もつけてないんだからよ」
「俺は怪我をしてもいいってのか?」
「お前なら俺の一撃もいなすと、そう直感が告げたんだよ」
「よく言うぜ」
明らかに嘘と言える松下の言い分に、颯太は冷や汗をかきながらにやりと不敵に笑う。
まあ、颯太のその笑みは虚勢なのだが。
その笑みを消し去るかのように松下は再び颯太に詰め寄る。
大きく振りかぶった先ほどの一撃とは違い、今度は突きを放った。
「おいおい、授業で突きを放ってもいいのか?」
「当たりたくなかったら、防げばいいだろうが」
「そういう問題じゃ――ねえだろ!」
もの凄い速さで放たれた突き。
その突きは、やはりさすがは剣道の全国準優勝者。
素人は勿論の事、それなりに剣道の経験を積んだものでも防ぐのは容易ではに一撃。
だが、颯太にはその突きが腹部向かって伸びているのが――見える。
「こんの――!」
だが、いくら見えていようが普段全く鍛えていない颯太にはよけようとしても体が動かない。
それでも、何とか体を引きながら松下の左側に回り込み、その間に左に持ち替えていた竹刀で松下の頭部へ向けて振り下ろす。
「なっ――!」
だが、それはいとも容易く松下の竹刀に阻まれた。
「意外だぜ、望月。お前がここまでやれるとはな」
「……ああ、俺自身驚いているよ」
「だが、お前にだけは負けるわけにはいかねえ!!」
何故そこまで俺に固執するんだ。
そんな疑問を浮かべながら、松下が颯太の攻撃を受け流し、流れるように打ってきた一撃を見る。
見る……容易く言うがその剣速を捉えきることが出来る時点でそれは常軌を逸している。
そして、見ることさえできればそれを避けることは容易――ではなかった。
――体力さえあれば。
颯太はこの瞬間、そう思った。
数度の打ち合いですでに颯太の体力には限界が来ていた。
颯太の脚はがくがくと笑っており、避けようとして足をひいた途端盛大に転んだ。
そして、そんな颯太に先ほどの松下の一撃が加わる。
「ぐはっ――――!」
颯太は、試合前に言っていたとおり、試合が終わると同時に眠りについた。
……と、そんな颯太と松下の試合を、一人の女子生徒が興味ありげに微笑みながら眺めていた。
――知らない天井だ。
颯太が目を開けるとそこには知らない天井があり、テンプレとも言える言葉を脳内で颯太は浮かべた。
そのまま上体を起こした颯太は周りを見る。
「やっと起きたの?」
すると、傍らから颯太に向かって声がかけられた。
その声の主を見て、颯太は今自分がいる場所を察した。
「保健室……か」
保健室の先生を見ながら、颯太はそう呟く。
そう言えば体育の授業中、松下との剣道の試合中に意識を失ったんだなと、脳内で現状を整理した。
ベッドから出て、床に置かれていた靴を履いて先生に向けてありがとうございましたとだけ言って、保健室を後にした。
教室に戻る道すがら、ふと窓から外を見ると、綺麗な夕焼けが空一面に広がっていた。
綺麗だな……と、少し立ち止って窓の外をじっと見つめている颯太の脳裏に、疑問が浮かんだ。
「……ん? ゆう、やけ……夕焼け!?」
急いで廊下を走って颯太は教室に向かう。
壁に『慌てるな 焦らず廊下は 歩こうね』といった標語が貼られていたが、そんなものは無視。
自分のクラスの教室に着いた颯太は、ドアを勢いよく開けた。
「あ、お兄ちゃん。やっと起きたんだ」
「結衣……?」
「本当は保健室に居ときたかったんだけど、さすがにずっと居とくと邪魔になるかなーって思ってさ」
「いや、そうじゃなくて……。ん、美咲と遥もいるのか」
「はい!」
「お腹空いた……」
颯太は完全に現状を把握した。
つまりは……
「もう、放課後なのか」
「そうだよ。お兄ちゃん、あの後ずっと気絶してたんだから」
「俺に言われても困る。悪いのは俺じゃない」
「それはそうだけど……」
遥が小声でお腹空いた……と呟きながら、腹部を右手で押さえながら颯太をジーッと見るが、颯太はあえて気付かぬふりをする。
颯太を待っていてお腹が空いたから何かを奢れ。
そう取れる遥の態度に反応を見せてはいけないと、颯太の直感がそう告げたのだ。
「ん……?」
帰ろうかと自分の席に向かおうとした颯太の視界の隅に、一人の女子生徒が入り込んできた。
相手も颯太が自分に気付いたことが分かったのか、急に声を発した。
「面と向かって話をするのは初めてですね、望月颯太君」
ゆっくりと、しかしはっきりとした声で颯太に声をかけてきた。
そんな彼女を見て颯太は誰だったかな……と、思考を巡らす。
「君は確か……」
颯太の漏らした言葉にふふ……と微笑みながら、胸に手を当てて自ら名乗った。
「私は風音詩織といいます。よろしくお願いしますね」
身長は結衣より少し高く、臀部辺りまである長い黒髪をポニーテールで纏めている。
だが、引き締まっていてけれども女性特有の柔らかさを兼ね備えていそうな整った体躯。
クールな雰囲気を纏う詩織は、女子にもてる女子。
所謂大和撫子のようなそんな印象を颯太は受けた。
そして、詩織は容姿だけではなく、とある実績もあった。
「彼女はね、松下君と同じ剣道の全国大会の優勝者なんだよ」
「えっ、マジかよ! この学校、剣道強すぎるだろ!」
結衣が零した告白の、驚きの声を上げる颯太。
だが、詩織にジーッと見られていることに気付き、慌てて名乗る。
「あ、知ってると思うけど、俺は望月颯太。こちらこそよろしく」
そんな颯太の焦りっぷりが可笑しかったのか、詩織は右手を口に当てて、上品に微笑む。
その所作を見て恥ずかしくなったのか、颯太は話題を切り出した。
「それで、風音さんはどうしてここに?」
「望月君を待っていたんです」
「俺を?」
詩織の言葉に、自分が何か彼女にしたかなと必死に脳内で考える。
そして、颯太は一つの仮説に辿り着いた。
「もしかして……一目惚れしたから告白を慕い、とか?」
「違います」
「ですよねー」
放課後。夕焼けが窓の外に見える教室で、男女が向かい合う。
告白シーン。
それを連想した颯太は、自分は何も悪くない。何も悪くないんだと心で強く念じながらも、自分に対して冷たい視線を向けてくる結衣たちに決して目を合わせないように心掛けた。
「じゃあ、何の用? 悪いけど、心当たりはないんだが……」
「先ほどの、体育の授業での松下君との試合……」
「あ、そうそう。お兄ちゃん、凄かったよね!」
詩織の言葉で思い出したのか、突然結衣が話に入ってくる。
「そうですよ、颯太さん! いつの間に剣道の練習を?」
「うん。確かに颯太、かっこよかった……」
それに、美咲と遥も加わる。
美少女である美咲たちにそう言われ、嬉しくないはずはない。
颯太は若干表情を緩ませながら、けれど事実を述べる。
「まあ、あれは避けるのに精一杯だっただけだけどな」
「御謙遜を……」
くすくす……と、微笑みながら詩織が言う。
「素人が彼の剣を避けきれること自体、すごいことですよ。それに、避けるのが精一杯だと言っていた割には、望月君は反撃をしていたではないですか」
「いやー、それはまぐれっていうか……」
「本当は体力があれば勝てたのではないのですか?」
図星を指され、少し口を噤む颯太。
だが、直ぐに表情を引き締め、真剣なまなざしを向けながら颯太は口を開いた。
「体力があれば……か。俺は松下に負けた、それが結果だ。そういう負け惜しみのようなものを言うのはあまり好きじゃないし、何より勝者に失礼だろ」
颯太がそう言うと、詩織は一瞬驚いたような表情を浮かべ、そしてすぐに微笑んだ。
「それは、失礼しました」
「いや、別にいいけど……」
詩織が綺麗に頭を下げるものだから、颯太はどう返していいのか分からなくなり戸惑う。
「望月君、一つだけ聞かせてもらってもいいですか?」
「ん? なんだ?」
「松下君の攻撃、見えていましたよね?」
「……」
どう答えたものかと颯太は迷う。
別に隠すほどの事でもないと思うのだが、颯太は何故か詩織に言うべきではないと、そう感じた。
「いや、全く見えていなかったよ」
「そうですか……」
颯太の答えに、さして落胆した素振りを見せることなく手元に置いていた荷物を取る、詩織。
そしてそのまま、歩き出した。
「それでは、失礼します」
颯太に歩み寄りながら、頭を下げる。
そんな詩織に、結衣たちもまた明日……と、無難に返した。
「――っ!」
突如、風音が荷物にあった竹刀を手に取り颯太の頭部に向けて振り下ろした。
だが、それすらもゆっくりと見えた颯太は、剣先付近を両手の指で掴む……所謂白羽取りをして防いだ。
「危ないな!」
「大丈夫ですよ、寸前で止めるつもりでしたので」
「そういう問題じゃないだろ!」
「それに……見えていたでしょ?」
「――っ!」
「ふふ。またね、望月君」
詩織の意味ありげな笑みを見て颯太はしばし呆然としていた。
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