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五話

「次の授業、体育かよ……」


 昼食を取り終え、和也と別れた颯太たち三人は教室へと戻った。

 黒板に記されている五時間目の授業科目を見て、颯太はうな垂れる。

 五時間目まで十分ほど時間があるということで、美咲や結衣、そして遥の三人は颯太の席の周囲に集まり、談笑を始める。


「お兄ちゃん、体育嫌いなの?」


 颯太の零した言葉を気に留め、結衣が颯太に問いを投げる。

 一年前まで、颯太は体育が好きかどうかと聞かれれば、どちらかと言えば好きに分類していた。

 そんな颯太の矛盾が引っかかったのだろう。


「いや、この間までは好きだったんだけどな。どうも体力が激減しているみたいでさ、体力の使う事をするのが憂鬱なんだよな」

「大丈夫ですよ。今日の授業は剣道らしいですし!」


 颯太をフォローしようと、美咲が胸の前で腕をガッツさせるが、そんな美咲の言葉をジト目で颯太は見る。


「いや、剣道のどこが大丈夫なんだよ……。むしろ、剣道の方が痛いし、重いし、しんどいし……ほら、三拍子揃ってるじゃねえか」

「あ……。いや、えーっと、あはは……」


 颯太に指摘され、言い返せなかった美咲は、笑いながら目をそらした。

 そんな美咲の姿を見て、静かに聞くことに専念していた遥が口を開いた。


「でも、剣道の強い人は格好いいと思う……」

「それは案に、俺が恰好悪いとでも言っているのかね」

「それは単なる被害妄想……」

「そういうなら、せめて目を合わせてそう言ってくれませんかね! どうしてそこで目をそらすんですか、遥さん!」


 そんなことを語らっていると、いつの間にか五分前を告げるチャイムが鳴った。

 そのチャイムに尻を叩かれるように、教室にいた生徒たちは一様に剣道場へと移動を始めた。

 その流れに乗じて、颯太たちも席を立ち、教室の外へと足を運んだ。


 美咲たちと話している颯太を忌々しげに睨んでいる男子生徒に、この時誰も気づかなかった。






「いやー、畳の匂いはいいもんですなー。日本人のわびさびと言うか」

「……? お兄ちゃん、現実逃避でもしてるの?」


 剣道場に着くなり深呼吸をして、心にもなさそうなことを口にした颯太を見て、結衣は呆れを含んだ表情を浮かべながら聞いた。

 だが、そんな結衣を颯太はいいえ、全くと言った表情を浮かべて目をそらす。

 その表情が微かに引き攣っていることに、結衣を始め美咲たちは全員気付いていた。


 剣道場の中を十周走った後、先生の指示のもと一か所に集まり説明を受ける。

 そんな中、颯太は息を荒げていた。


「ああー、今から素振りの練習をしてもらう。勿論、この後は軽く打ち合ってもらうからな」


 主に先生の言葉の後半の内容を聞いて、血の気盛んな男子生徒たちから歓声が上がる。

 と、そんな風にざわざわしているこの場が、先生の声によって静められた。

 そのまま先生の指示のもと、剣道場いっぱいに広がる。

 そして、先生が手本として竹刀を「たっー、やっー!」といった掛け声とともに振り始めた。

 それに倣うように周りの生徒たちも竹刀を取り、振り始める。

 そんな中、颯太もまた置かれている竹刀を手に取った。

 そして、違和感が突然颯太を襲った。


「……? 軽いな……」


 勿論、体力のない颯太にとっては竹刀は勿論重く感じている。

 持つだけですらそれなりにしんどいはずなのに、無意識に颯太はそう呟いた。

 まるでこれよりも、竹刀よりも重い本物の剣や刀を持ったことがあるかのような……そんな錯覚が颯太の体中で沸き起こった。


「それじゃ……ふっ――!」


 先生や周りの生徒のように竹刀を一振り、続けて何回も素振りを繰り返す。

 そして、丁度十回ほど振ったところで、その動作を止めた。


「し、しんどい……」


 たった数度振っただけなのに、額からは汗が滲みだし、息が再び荒くなる。

 自分だけなのかと思い、周囲の生徒を見回すが、他の生徒は素振りは飽きたのかおふざけ半分でチャンバラをしていたりする。

 多少の疲れはあるようだが、少なくとも自分のような疲れ方ではない事だけは、颯太は確信した。


「俺の体力、こんなになかったか……?」


 苛立ちを微かに含んだ声で呟くと、再び竹刀を振り始める。

 剣道などしたことはないが、自分で思っている以上に今の自身の振り方は中々にしっくりと来ていた。

 だが、やはり……


「今度は頭が痛くなってきやがった……」


 酸素が追い付いていないのか、こめかみ辺りを始めとし、頭が痛み始める。

 流石にこれ以上続けるのは無理と判断し、颯太は静かに竹刀を振るのを止めると、近くにいる先生に話しかけた。


「あの、頭が痛むので少し休んでいてもいいですか?」

「望月……。あ、ああ勿論だ。無理はするなよ」


 望月の事を気遣い、先生は優しくそう言う。

 他の生徒が同じようなことを口にしたとしても、ここまで優しくはしない。


 颯太は、こういう周囲の自分に対する扱い方が、どうしようもなく頭に来ていた。

 だが、この怒りが理不尽なものであることを自覚している颯太は、何も言わずに剣道場の隅へと移動した。

 そのまま、半ば自由時間とかしている生徒たちの素振り……もとい、チャンバラを眺めながら、静かに深呼吸をした。






 授業時間も半分ほど過ぎ、ルールや竹刀の扱い方などを更に簡潔に説明され、軽く試合のようなものをすることになった。

 そんな中、颯太は女子の試合を静かに観戦していた。

 鼻の下が伸びている。誰の目から見てもそれは歴然だった。

 颯太の持論を言えば、男の暑苦しい勝負を見るのなら女子の試合を見る。

 まあ、思春期の男子の考えとしては妥当であろう。


「お兄ちゃん、でれでれしないの!」


 そんなだらしのない兄の姿を見てため息を吐きながら結衣がそう注意する。

 だが、当の颯太は結衣を見てつまらなそうに反応した。


「あーなんだ結衣か。何してんだ?」

「私の試合が終わって暇だからお兄ちゃんのところに来たんだよ。ほら、みんな自由行動しているし」


 結衣の視線に促されながら颯太も周りに目を向ける。

 そこには、明らかにカップル同士で一緒に試合を見たり、彼氏彼女の試合を応援している者で溢れている。


「ちっ……爆ぜろ」

「物騒な!」」


 知らず無意識に颯太が零したその言葉に、結衣は引き気味に言う。

 そのまま颯太は前方で行われている男子の試合へと興味を移した。

 颯太が何故女子の試合を見ないかと言えば、人数の少ない女子の試合は今まさに終わってしまったからに他ならない。

 とは言え、目の前の男子の試合も気合半分、おふざけ半分の所謂チャンバラに近いものであり、別段興味を引かない。

 それどころか……


「遅いな……」


 そう、颯太には竹刀の動きが手に取るように見え、それがまた夢の世界へと颯太を誘おうとしていた。

 颯太からすれば、単なるスローモーションの動画を見せられているだけに過ぎないのだ。

 試合を見続けていると目が疲れたのか、颯太は目をつむって横になる。

 だが、颯太の横には結衣が座っている。


「こら、お兄ちゃん。授業中に寝ない!」


 当然、そのまま寝かせるはずがない。


「頼む、察してくれ! 疲れてるんだよ!」

「それとこれとは別だよ! お兄ちゃんの言っていることは、授業中に眠たくなったから寝かせてくれと言っているだけだよ!」

「いや、それは詭弁だ!」

「お兄ちゃんの方がだよ!」


 そんな言い合いをしていると、美咲と遥が颯太に寄って来た。


「颯太さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫……?」


 本当に心配そうに覗き込んでくる美咲と、コテッと可愛らしく首を傾げる遥。

 二人とも、物凄く可愛い。

 そんな想いを胸中に抱きながら、颯太は口を開いた。


「いや、もう無理だ……。生まれ変わるなら、鳥になりたい」

「あ、大丈夫そうですね」

「うん……」

「えっ、何で!? 俺、今結構変なことを言ったよね?」

「それが颯太さんのデフォルトですから」

「うん……」


 うな垂れる颯太。

 そんな颯太の姿を見て、美咲と遥は顔を合わせてクスッと笑った。


「全員、試合はやったか?」


 試合が終わり、先生が生徒たちに聞く。

 その声に反応し、颯太は結衣の後ろに隠れた。


「先生、望月君がまだです」


 うまくいけば試合をせずに済むかも……。

 そんな颯太の期待を裏切るかのように、クラスのリーダー的存在、金髪イケメンの所謂王子様的存在の橋本光が手を上げてそう言った。


「くそっ、面倒なことを……」


 思わず、颯太は悪態を吐いた。

 橋本の言葉を受けて先生は思い出したかのように言う。


「んっ、そうか。じゃあ、誰か望月とやってくれないか?」

「俺がやります!」


 即答。

 まるでこの時を待っていたかのように、一人の男子生徒が手を上げた。


「あいつは……」

「お兄ちゃん、あの人は剣道で全国大会準優勝の松下大輔君だよ」

「えっ? 俺、そんな奴と今から試合をする流れになってるわけですか? そうなんですね!」

「お兄ちゃんがいつまでも試合に参加しようとしなかったからだよ。自業自得」

「そんな……死ねるぞ、俺」


 絶望したかのように床に両手両膝をつく颯太。

 そんな颯太を視界の隅に捉えた松下は、微かに侮蔑と嘲笑を含んだ笑みを浮かべた。

 その笑みは、ひどく嗜虐的な物であった。


「おお、松下。やってくれるか!」


 だが、そんな当人たちをさておき、先生は剣道のいわば達人たる松下であれば、素人相手であっても上手な手の抜き方が出来るだろうと考えたのか、一任する。

 そんな先生の言葉に、松下は大きな声ではい!と応えた。


「それじゃあ、望月。準備をしてくれるか」

「あのー、再び頭痛が襲ってきまして……」

「お兄ちゃん……?」


 結衣のその冷たい笑みに、思わず背筋を伸ばす颯太。

 結衣からしてみれば、兄が授業をさぼるような行為は見過ごせないのだろう。


 「俺、この試合が終わったら寝るんだ……」


 諦めきったような表情を浮かべ、所謂フラグのようなものを残し、竹刀を持って剣道場の中央へと向かう颯太。

 そんな颯太の姿を、美咲たちは不安そうに見つめていた。

 結衣は、兄がサボらなかったことに対して満足そうであったが。


 颯太の学校では防具を付けない。

 颯太は、そのことに対してひどく不安であった。

 怪我をしたらどうしようかと。

 ……自分が!


 そんな思いは、ニヤニヤと笑みを浮かべる松下を見て更に高まった。

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