四話
現在、丁度四時間目の授業中だ。
生徒たちは皆教室や運動場にて、授業に勤しんでいる。
眠たくなりながらも目を擦り、授業を受ける者。
あるいは、睡魔に打ち負け堂々と眠る者。
あるいは、次の昼休みに思いを馳せる者もいる。
そんな中、屋上にて授業をさぼり、その場に吹いてくる冷たい風に身を委ね、のんきに寝転がっている男子生徒の姿があった。
「あー、気持ちいいー」
その男子生徒、颯太は、三時間もの過酷な授業を受け、熱暴走寸前だった頭を冷やすのには最適なその冷たい風を受け、そんな感想を漏らす。
両腕を頭の後ろで組み、青空を見上げながらのんびりとしている彼を見て、誰が授業をさぼっているように見えるか。
「しかし、こうしていると本当に世界は平和だな……」
いずれ高校生が呟く言葉とは思えない事を呟きながら、青空をのんびりと見る颯太。
最早彼の頭から、授業中ということは吹き飛んでいる。
そんな颯太を呼び戻すかのように、寝転がっている颯太の頭近くにある、屋上へと入るためのドアが音を立てながら開かれた。
「お、なんだ颯太か」
一瞬颯太は教師が来たのかと思い身を固くしたが、声の主を見て安堵した。
「なんだ、和也かよ。教師が来たかと思ってびっくりしただろうが」
「こんなところで授業をさぼっているお前が悪い。自業自得だろ?」
「じゃあ、お前は何をしに来たんだよ」
「そりゃー、もちろん授業をさぼりに来たんだよ」
「ほらみろ」
にかっと笑いながら颯太の横に寝転がる和也。
それを暑苦しそうにしながら呆れ顔をする颯太だが、やがて諦めたのか苦笑いしながら再び青空へと視線を移した。
「なあ……」
「……? どうした」
急に和也に声を掛けられ、問い返す颯太。
だが、顔は互いに合わせない。
二人とも、空を見たまま語り合う。
「お前さ、美咲の事をどう思ってる?」
「どうって……急にどうしたんだよ」
「いいから。そんなに難しく考える必要はないって。思ってることをそのまま言ってくれればそれでいいからさ」
「そんなことを言われてもなー……」
しばし逡巡する颯太。
その後、口を開いた。
「そうだな……。今までそんなに深くは考えたことはないけど、強いて言うなら妹だな」
「妹?」
「ああ。まあ、兄の前でそんなことを言うのもあれだけどな。今は同級生だけど、やっぱり俺にとっては妹みたいな存在で、結衣と同じく……俺にとって大切な存在だな。まあ、これは遥も同じだけどな」
「なるほどな……」
ふっ……と、口角を上げると、颯太を横目で見ながら目を瞑る和也。
そして小さく、呟いた。
「ま、今はそれで十分か……」
「ん、何だよ?」
その小さな呟きを聞き逃さなかった颯太が聞くが、和也は意味ありげに微笑んだだけで、それ以上は何も言わなかった。
やがて、屋上に二人の寝息が静かに響き始めた。
「……ちゃん、お兄ちゃん!」
その静かな屋上に、一人の声が響いた。
「んっ……」
「やっと起きた! いつの間に教室から抜け出したの? もうお昼だよ! はい、お弁当」
上体こそ起こしたものの、いまだ目をこすり意識がはっきりとしていない兄、颯太に呆れ顔で弁当箱を差し出す結衣。
その横では、美咲も同様に和也に弁当箱を渡していた。
「ふー」
差し出されたお茶を飲み、一息ついた颯太は、ようやく覚醒したその頭で現状を把握する。
「そうか、寝てたのか」
「寝てたのか……じゃないよ! 授業中に教室で寝るのならまだしも、堂々とサボって屋上で寝るなんて、信じられないよ!」
「そうか。なら今度から教室で寝ることにしよう」
「そういう問題じゃない!」
颯太に揚げ足を取られ、いきり立つ結衣。
だが、そんな結衣の怒気をものともせず、弁当箱を開いた。
「普通だ……」
中を見て颯太が漏らした感想。
中にはウィンナーや卵焼きが入っている。
確かに普通ではあるが、わざわざ普通であることに対して感想を漏らすだろうか。
颯太の零した言葉に、結衣は首を傾げる。
「……? どうかした?」
「いや、何でもない」
結衣と颯太、そして和也と美咲の四人は屋上に座り込み、静かに食事を始めた。
颯太は食事を続けながらも、その献立に少しの違和感を覚えていた。
結衣の料理は美味しいの一言に尽きる。別段不満はない。
だが、やはり普通の所謂庶民の食事をとることに、やはり颯太は違和感を覚えていた。
それにしても……と、颯太は口を開いた。
「本当に、世界は平和だな」
「おいおい、颯太。何を急に言ってるんだよ」
「ん? ああ、別に気にしないでくれ。ただ、退屈だなーって思っただけだ」
「授業にきちんと出ていたら、退屈じゃなかったと思うんだけどなー」
颯太が何気なく口にしたその言葉に、結衣は突っかかる。
顔に引き攣った笑みを浮かべながら誤魔化そうとする颯太だが、兄の逃げ方を妹である結衣はよく知っている。
「で、でも、颯太さんは一年間も行方不明だったんですし、勉強する習慣が抜けていたのだとすれば無理もないかと」
今まで黙っていた美咲が、颯太に助け舟を出す。
「そうなんだよなー。俺自身は一年も行方不明になった感覚はないけど、どうもいざ勉強をしようとすると集中できない」
「そりゃ、あれだ。ストレスでも溜まってるんだよ。一度女を引き連れてパーッと発散したらいいんじゃね?」
……と、和也は冗談交じりに口にしたのだが。
「駄目よ、お兄ちゃん!」
「そ、そんなのは駄目ですよ!」
結衣と美咲が大声でそれをしないように注意する。
あ……と、自身が犯した過ちに気付いた和也は、たはは……と頭を掻きながら慌てて続けた。
「も、勿論冗談だぜ! ほら、ストレス発散はスポーツが一番だ。そうだ、一緒に走ろう! なっ!」
心にもないことを口にした和也なのだが、颯太は不意に考え込むように押し黙る。
そして、少し微笑みながらこう言った。
「ああ、確かに体を動かすのはありかもな。よし、和也。一緒に走るか!」
「え、マジで? 本気で走るの? えっ?」
まさか本気でやるとは思っていなかった和也は、焦り出す。
「ほら、お兄ちゃんもやる気なんだし、和也も一緒に走りなよ」
……と、結衣。
和也は結衣からしてみれば年上だが、付き合いが長いのも関係してか呼び捨てだ。
「そうですよ、二人で一緒に走りましょうよ!」
……と、美咲。
口は禍の元とよく言うが、これはまさにそれだ。
和也は先程自分が口にしたことを後悔しながら、うな垂れて告げた。
「分かった、一緒に走ろうぜ、颯太」
そんな和也の様子が可笑しかったのか、三人は笑いを堪え切れず吹きだした。
屋上に、少しの間笑い声が木霊した。