墜落
二日目の深夜。
アキラは、歩いていた。
ゆらり、ゆらりと。
月明かりでは、頼りなかった。
しかし、アキラは歩く。
甘い水に誘われる、螢のように。
甘い香に誘われる、蝶のように。
甘い光に誘われる、羽虫のように。
アキラが辿り着いたのは、昼間に訪れた山中。
アキラは歩く。ゆらりと。
アキラは歩く。吸い寄せられるように。
さわさわさわ・・・。
さわさわさわ・・・。
柔らかい風が木々を揺らす。
木々のざわめき。まるで、子守唄を歌うように。
さわさわさわ・・・。
さわさわさわ・・・。
・・・アキラの意識が、徐々に回復してきた。
立ち止まる。
「・・・・えっ・・。」
やはり、無意識下に誘き寄せられたようだ。
ドキドキと強い鼓動を繰り返す心臓を服の上から、強く抑える。
「なんで・・・こんな所に・・俺は・・?」
すっかりと目覚めた顔色は、色をなくして白磁のように白かった。
普段は勝気な瞳は、恐怖の色を湛えている。
『実際に呑まれちゃった人たちもいるしね。』
不意に、昼間深谷が言った言葉を思い出した。
呑まれる・・・アキラもそう、思った。
確かにあの時、呑まれるかもしれないと思ったのだ。
とにかく、今、どうするか。
闇雲に動き回る方が、危険なのだろう。
それは、解っている。
・・・けれど、落ち着いていられない。
怖い・・・。呑まれそうで。
怖い・・・。捕らえられそうで。
怖い・・・。堕ちて行きそうで。
昼間でさえ、薄暗かった山中は今は、漆黒の闇に閉ざされて何も見えない。
自分の足元さえもあやふやな状態。
さわさわさわ・・・。
さわさわさわ・・・。
さわさわさわ・・・。
さわさわさわ・・・。
聞こえてくるのは、風に揺らぐ木々の声だけ・・・。
さわさわさわ・・・。
さわさわさわ・・・。
さわさわさわ・・・。
さわさわさわ・・・。
「捕まえた・・・」
ぽつり、甘い声が闇に溶けた。




