月下
見知らぬ天井がこうも気になるとは思わなかった。
眠れずに、無意味な寝がえりを繰り返しては、居心地の悪さを痛感する。
ふぅ。
溜息を小さく零して、そっと布団から抜け出す。
隣で寝ている同室の先輩を起こさない様にだ。
物音をたてないよう、注意を払いながら部屋を抜け出す。
廊下はしんと静まり返っていて、もの寂しさを感じる。
ゆっくり、ゆっくり進み、中庭への扉を目指す。
あまり見事とはいえない庭園だけれども、木々や季節の花が植えられていて、
ちょっとした温もりを感じる事が出来た。
先程出てきた扉から離れ、奥まった所にあるベンチに腰を下ろす。
時々、頬を掠る風は優しく、心が凪いで行く。
見上げた月は、朧に見下ろしていた。
ゾワリ。
背筋を駆け上る。
逃げろ・・・。
唐突に頭の中で警鐘が鳴る。
逃げろ。逃げろ。
この場に居ては、捕まってしまう。
逃げろ。
アキラは、ベンチから立ち上がった。
急いで部屋に戻ろうと、中へと続く扉へ向かう。
焦って扉を開くと、急いで中へ飛び込んだ。
どんっ。
「あ、ご・・ごめんなさい!」
急ぐあまりに、前が見えていなかった。
中にいた人にぶつかってしまった。
慌て、謝る。
・・くっ。
抑えた笑い声が降ってきた。
アキラが顔を上げると、肩を震わせる深谷がいた。
「深谷さん・・・」
「君は、クールに見えるのに、案外、慌てん坊なんだなぁ」
そんな言葉に、ちょっとだけ膨れて、偶々です!と反抗してみた。
「こんな時間にどうした?」
心配でもしてくれているのだろうか、深谷はアキラを覗き込むようにして問う。
「俺は・・・初めてのフィールドワークで、緊張してんのかな。
なんか、寝付けなくて。
・・・深谷さんこそ。」
「ああ、今日の成果をな。」
・・・真面目か?さっそくレポートでもまとめてるのだろうか。
「へぇ・・。帰ってからやるのかと思ってました。」
「まぁ、そういう時もあるけどな。」
明日もあるから、寝ようか。と、アキラを促しながら部屋へと歩きだす。
先ほどまでの焦燥は、無くなっていた。
・・・が、頭の片隅で発せられる「逃げろ」の声は、消えなかった。




