31. Why Done It?
「哲学を愛する生徒……」
デカルトの言葉を、フィルが繰り返した。
「それが、どうしたんだ?」
「フーダニットの答えは、『ソーカルちゃん』。ハウダニットの答えは、『スタンプを押した意見書を投函した』。残る謎は、ホワイダニットでしょ?」
「あ、ああ……」
「ホワイダニットの答え。この事件は、ソーカルちゃんの哲学の実証実験だったのよ」
いつの間にか、ソーカルはにこにこ顔を止めていた。真剣にデカルトの話を聞いている。
「ソーカルちゃんの哲学は、覚えてる?」
「確か……みんな本当は何もわかってなくて、難解な単語を並べてるだけなんじゃないか、とか言ってたな。だからみんなが、わかってないくせにわかったふりをするのを見て、楽しんでたって……」
「楽しんでた、とまでは言ってないよ」とソーカル。「ま、言ってないだけだけど」
「フーダニット事件も、まさにそれだったの。ソーカルちゃんは学園中にスタンプが押されるという、奇妙な事件を起こした。そして、みんなが自分の出した問題が解けるかどうか、観察していた。その証拠に、ソーカルちゃんはみんなが的外れな推理をするたびに、楽しそうに笑っていた。最初に、わたしに『この事件、どう見る?』って聞いてきたのも、わたしがどんな推理を披露するか、知りたかったからでしょ?」
デカルトの言葉に、ソーカルは微笑んだ。いつもの、人を馬鹿にするにこにこ顔ではない。賞賛する笑みだった。
「前にも言った通り、あたしは、みんなの哲学を胡散臭く感じていた。単に難解なことを言って、人を煙に巻いてるだけなんじゃないかなってね。だから、本当に難解なことがわかるのかどうか、テストしてみたのさ」
机の上のスタンプを一瞥して、続ける。
「とはいえ、ただスタンプを押して歩くだけじゃ、どう考えても証拠も手がかりも残りようがないからね。ヒントを出すことにしたんだよ」
「それが、例の密室トリック?」
フィルの質問に、ソーカルは苦笑しながら答えた。
「トリックと言うほど、大それたものじゃないけどね。まぁとにかく、この事件を本気で調べようとしている人なら、絶対手に入るヒントを、与えるつもりだったんだ」
ソーカルにとっての誤算は、生徒会が生徒会室を公開しなかったことだ。結果的に、ソーカルの出したヒントを得たのは、デカルトと生徒会メンバーだけになってしまった。
ふぅ、とソーカルはため息を吐いた。
「あたしはね、ずっと考えてたんだよ。『哲学は真理を見抜けるか?』ってね。だからテストしてみた。もしこの程度の真相が看破できないなら、真理に到達するなんて、到底不可能だからね」
フィルは、昨日のソーカルとソクラテスのやり取りを思い出した。
「ずっと回答を続けてたお前が、質問する側に回ってみたってことか?」
「そうだね」
にこ、と笑って続ける。
「だけど、デカルトちゃんは見事真相を看破した。だから、負けを認めるよ」
肩をすくめるソーカルに、フィルがさらに尋ねた。
「で、どうしていま、このスタンプを持ってたんだ?」
フィルの視線の先には、机の上の三個のスタンプがあった。答えたのは、デカルトだった。
「ソーカルちゃんは今日、たぶん放送部にでも自供しに行くつもりだったのよ。自分が犯人で、密室のトリックはこうで、動機はこれ、と解説するつもりだったの」
「どうして?」
「そこまでやって初めて、この事件は完成するからよ。ソーカルちゃんが作った謎を、誰一人解けなかった。だから、この学園の生徒に、真理を見抜くことは絶対不可能。……そう言いたかったんでしょ?」
最後は、ソーカルへの質問だった。ソーカルは、その通りだよ、と肯定した。
「さて、これで用は終わりかな?」
スタンプを再びカバンに仕舞って、ソーカルは立ち上がった。
「それじゃ、そろそろHRが始まる時間だ。あたしは先に教室に行くよ」
ソーカルを見送ると、デカルトとフィルもカバンを背負った。
「デカルトって、すごいな」
突然、フィルが言った。
「え、な、なに?」
「学園のみんなが、自分の哲学を駆使しても解けなかった謎を、見事解いちゃってさ」
それから、デカルトの顔を見る。デカルトの顔は、少し赤かった。
「お前なら、いつか真理を見抜けるかも知れないな」
「そ、そうかな?」
デカルトは照れた表情のまま、何かを期待するような眼差しで、フィルを見上げた。
だがフィルは、その視線の意味に、全く気付かなかった。




