29. Who Done It?
次の日の朝。デカルトは、フィルからのモーニングコールで目を覚ました。
別に、二人がラブラブで、毎朝おはようコールをしているわけではない。もしそうなら、デカルトは遅刻魔の汚名を返上しているはずだ。
起こしてもらったのは、今日は絶対に寝坊できないからだ。
何故なら。
「おはよう、フィル君」
電話に出て、眠たい声で挨拶する。時刻は午前六時半。デカルトにとって、驚異的な早起きだ。
『おはよう、デカルト』
フィルの声。デカルトの頭は、少しずつクリアになっていく。
「フィル君」目を覚ますために、意識して声を出す。「証拠を、押さえに行くよ」
電話を持ったまま、布団から這い出る。二度寝を防いで、何が何でも、犯人より先に登校しなくては。
デカルトは、昨日語った自分の推理を思い出した。
「それで? 犯人は誰なの?」
窓の外は、既に暗くなり始めていた。放課後の図書準備室には、フィルとデカルトの二人きり。
フィルの問いに、デカルトは右手の人差し指を一本立て、得意気に答えた。
「確かなことは一つ。『彼女は、犯人しか知りえないことを知っていた』ってこと」
フィルは腕を組んで考えた。フーダニット事件を追う過程で、フィルは色んな人に出会った。流行語を作る少女、難解な言葉を羅列する少女、百科事典を抱えた少女、質問魔の少女、アルケー四姉妹、エトセトラエトセトラ……。
そのすべての人の台詞を、いちいち覚えてなどいない。考えたところで、誰がその「犯人しか知りえないことを知っていた人物」か、思い当たらなかった。
「誰だ?」
フィルの質問に、
「その前に、彼女が何を知っていたか、話すわね」
そう言って、デカルトは微笑んだ。
演出のように一呼吸置いてから、デカルトはずばり、言った。
「彼女が知っていたのは、犯人の人数よ」
「……人数?」
フィルが覚えている限り、人数に関する話をした人間は、三人しかいない。昨日、つまり事件初日、食堂での会話の中で、犯人の人数について話題が上がった。
一人目は、この事件は共犯だと言った。学園中にスタンプを押すなど、一人では無理だから。
二人目は、この事件は単独犯だと言ったらしい。昨日の朝、デカルトに向かって。
三人目も、この事件は単独犯だと言った。スタンプがすべて同じものだったから。
「別に、誰のどの言葉も、犯人しか知りえないことだとは、思えないけど?」
単独犯だとする推理も、共犯だとする推理も、フィルにはどちらも妥当に思えた。そしてどちらの推理も、犯行現場を観察するだけで、導くことが出来る。
「そうね。でも、彼女にはそれが、わかってなかった」
「どういう意味?」
「彼女は、この事件は単独犯の犯行だと言った。でもわたしがその理由を尋ねたら……なんと答えたか?」
「えーと……」
単独犯だと言ったのは、二人いる。「彼女」がどちらを指すのかわからなければ、答えようがない質問だ。フィルはとりあえず、覚えている方を言った。
「スタンプが全部、同じものだったから?」
「そっちじゃない」デカルトは一蹴した。「彼女はね、なんだか難しいことを言ったのよ」
「……だから?」
デカルトの話は、全く理解できなかった。確かにもう一人は、難しい言葉で理由を述べた。しかし、それで彼女が「わかってなかった」と結論できる理由は、なんだ。
「ところでフィル君。その彼女はさっき、こう言ってたわよね。『ドロマイトが電離層で部分分数分解される』って」
「う、うん」
フィルはよく覚えていなかったが、自分で百科事典をひいたデカルトは、しっかり覚えていたようだ。
「この発言は、全くのデタラメ。適当に言葉を並べただけだった。そして彼女自身が認めた通り、彼女の難しい発言は、すべてデタラメよ。と、言うことは……彼女が答えた、『単独犯だと考える理由』も、デタラメだったってことにならない?」
「あ……」
「つまり! 彼女は、『犯人は単独犯』だと、推理して導いたわけじゃない。最初から単独犯だと、知っていたのよ。だからわたしに突っ込まれ、動揺し、適当なことを口走った」
デカルトはフィルの目を、真剣な眼差しで見つめた。真理を追い求める、力強い目。
「犯人は、ソーカルちゃんよ」




