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哲学理論はミステリを解けるか?(連作作品集)  作者: 黄黒真直
最終章 哲学は真理を見抜けるか?(長編ミステリ)
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24. 観察

「一つ、聞きたいんだけど」

 職員室から生徒会室に帰る途中、デカルトは前を行く釈迦と鳩摩羅什に話しかけた。

「生徒会室は、本当に密室だったの?」

「ええ」歩きながら振り返り、釈迦が答える。「今日、私はお昼休みの少し前に生徒会室に行きましたが、そのときは確かに、鍵がかかっていましたよ」

 この発言が真実かどうか、デカルトには確かめようがない。

「昨日、最後に帰ったのは私だけど、そのときも確かに、鍵をかけて帰ったよ」

 この発言の真偽も、デカルトには確かめる術がない。

〔二人とも怪しいなぁ〕

 とデカルトは思った。鍵を持っている釈迦はもちろん、生徒会メンバーである鳩摩羅什も、十分怪しい。さっき、廊下から一瞬見えた生徒会室には、鳩摩羅什がいた。どちらが先に意見書を見たか知らないが……鳩摩羅什が先なら、釈迦に見つかる前にスタンプを押すことは、可能かもしれない。

「窓はどうだった?」

 デカルトはさらに尋ねた。

「閉まっていましたよ」釈迦が答える。「冬ですから、開けようともしません」

 それは一理あるな、と寒がりのデカルトは思った。

 生徒会室の窓の前に着くと、釈迦と鳩摩羅什は窓によじ登った。窓は、小柄なデカルトの胸ぐらいの高さがある。釈迦も鳩摩羅什も、竜樹に引っ張り上げられて中に入っていった。

 デカルトも続けて入ろうとしたが、「あんたはダメだ」と竜樹に止められ、強制的に窓を閉められた。

 その代わり、デカルトは窓から中を覗きこんできた。窓にはブラインドが付いているが、今は開けられている。鳩摩羅什は思わず閉めようとしたが、一休が苦笑しながら、「いや、そのままにしておこう。面白そうだし」と言って止めた。

 生徒会室では、一休と竜樹が、扉の外と会話していた。ソシュールやアウグスティヌスと、扉越しに話しているらしい。主に、生徒会室の内装などを伝えているようだ。

 生徒会室は、オフィスの一室のようになっている。窓の近くに生徒会長の席があり、部屋の中央に大きなテーブル。鳩摩羅什以外の生徒会のメンバーは、いつもこのテーブルで仕事をしている。書類仕事はもちろん、会議などもここで行う。

 壁際には、書類棚がある。ステンレス製の無骨なもので、中にはファイルが何冊も入っている。大半は、過去の生徒会活動記録だ。あまりに細かな議事録は書庫行きとなるが、ここにあるファイルに目を通すだけで、聖フィロソフィー学園と生徒達の歴史を十分垣間見ることが出来る。

 デカルトが室内を観察している間、釈迦や三蔵は、気にせず書類仕事をしていた。デカルトの位置からは、釈迦がなにをしているのか、よく見えない。三蔵の方は、書類を二つの山に分けているようだった。要らない書類と要る書類、と言ったところだろうか。

 そして三蔵が作業をしているすぐ横に、分厚い紙の束が置かれていた。そこには、赤いスタンプが押されていた。「How Done It?」

〔あれが、スタンプを押された意見書か……〕

 見ていると、鳩摩羅什がそれを持ち上げて、窓の方に歩み寄ってきた。なんだろう、とデカルトが思っていると、鳩摩羅什は窓の近くの扉を開け、生徒会室の隣室へ入って行った。デカルトの位置からは、その室内が見えなかった。

 隣室のことが気にはなったが、今は見える範囲の観察をするしかない。

 デカルトは、目の前の窓を見た。犯人は扉ではなく、こちらから侵入した可能性もある。

 窓の鍵は、フックと、半月型の金属を用いた、クレセント錠だった。これなら、つまみに糸を巻きつけて引っ張って鍵をかける、という古典的な手が使える。

 だが、糸を引っ張るための隙間が、窓にはなかった。窓の近くに換気扇などもない。

 少し離れて、窓全体を見る。

 窓は、一般教室に使われているものと、同じものだった。高さ一メートル、幅三メートルほどある。より正確には、幅一・五メートルほどのガラス板が二枚はまっていて、引き戸となっている。二枚のガラスそれぞれに、「Why Done It?」とスタンプされていた。アルミのサッシに囲まれ、いまは堅く閉ざされている。

 向かって右に、少し小さな窓がある。相談室の窓だ。こちらも引き戸となっていて、二枚のガラスにはやはりスタンプがある。そちらの窓に近付いて揺すってみたが、鍵がかかっていた。室内を見ると、バーカウンターのような構造をしていた。テーブルの上には、やはりスタンプ。

 生徒会室の窓と、その左隣の窓の間は、少し距離があった。先ほど鳩摩羅什が入っていった部屋には窓がないらしい、とデカルトにはわかった。

 左隣の窓の向こうでは、ポニーテールの少女が一人、漫画を読んでいた。クラスメイトのスミスだ。部活動というより、単なる暇潰しだろう。ちなみにその窓には、ブラインドではなく暗幕が付いていた。

 再び、生徒会室の窓に近付いて、中を見る。扉の向こうと話していた一休と竜樹は、いつの間にかテーブルで書類仕事を始めていた。

 デカルトは、部屋の向こうの扉を観察した。

 ドアノブは丸く、中央につまみが付いている。高校の教室の扉にしては珍しく、引き戸ではなく開き戸だった。室内側に開くようになっている(余談だが、図書準備室の扉も開き戸なので、デカルトは珍しいと感じなかった)。

 いまはつまみが横になっている。つまみを縦にすれば、開錠されるはずだ。扉の下部には隙間もあるし、こちらは糸か何かで鍵をかけることが出来そうだ。問題は、どうやって開けたか、である。

 デカルトはしばらくその場で考えたあと、ようやくその場を離れた。

 冬の寒い風が、デカルトの足を撫でる。暖かい校舎内に入ろうと、デカルトは思った。

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