表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
哲学理論はミステリを解けるか?(連作作品集)  作者: 黄黒真直
最終章 哲学は真理を見抜けるか?(長編ミステリ)
47/64

15. ピタゴラス教団

 放課後までかかって、三蔵と鳩摩羅什はフーダニット事件の被害状況を確認した。

「第四校舎と第一校舎は、一通り確認し終わりました」

 ノートを見ながら、鳩摩羅什が釈迦に報告した。釈迦は蓮の形の椅子に座り、黙って報告を聞いている。

「どちらも、鍵のかかっていなかった部屋は、すべて被害を受けています。ちなみに被害を受けていなかったのは、第四校舎ではここ生徒会室と、隣の少女革命部室、あと三階の司書室と図書準備室の四つだけです」

「残りは全滅?」

 はい、と鳩摩羅什は頷いた。そう、と釈迦は相槌を打ち、第一校舎は、と尋ねた。

「第一校舎も同様です。特に第一校舎は、一部屋も鍵のかかった部屋がなかったため、すべての部屋が被害を受けました」

「犯人は労をいとわないなのねぇ」

 どこかずれた感想を、釈迦が述べる。鳩摩羅什に代わって、三蔵が報告を続けた。

「どちらの校舎も、廊下と階段が被害を受けてます。階段はほぼすべての段や手すりに、廊下もほぼ等間隔に、数メートル間隔で押されてました」

「数メートルと言うと、十歩弱かしらねぇ」

「そうですね、たぶん」

 釈迦は一呼吸置いてから、

「すると犯人は、歩きながらスタンプに朱肉をつけ、つけたらスタンプを押し、また歩きながら朱肉をつけ……と、犯行に及んだのかもしれないわねぇ」

 なるほど、と三蔵は思った。道中、鳩摩羅什と二人で、ほぼ等間隔であることに意味はあるのかどうか、議論した。結局納得のいく結論は出なかったのだが……いまの釈迦の考えなら、すんなり納得できる。

「ということは犯人は、ほとんど我武者羅にスタンプを押していた、と言うことですか?」

「さぁ? いまの考えが正しければ、そうなるわねぇ」

 仮にいまの話が正しいとすれば。三蔵はまた考えた。犯人はおそらく、すべての廊下を一往復している。まず往路で廊下の壁にスタンプを押し、次に復路で教室に侵入したと考えられる(逆の可能性もあるが、どちらだとしても同じことだ)。

 そしておそらく、それをするだけの時間は、十分にあった。昼前に流れた放送によれば、犯行推定時刻は深夜十二時から午前六時の六時間。いま私達は、昼休みから放課後までの二時間と少しで、第一校舎と第四校舎をすべて回った。それも、時々聞き込みを行いながら、だ。六時間あれば、第二、第三を回り、中庭に行くことだって可能だろう。

「報告は以上かしら?」

 釈迦の言葉に、

「あ、うん。以上です」

 鳩摩羅什が答え、ノートを閉じた。

「そう。それじゃぁ」と釈迦は部屋の中央に積まれた書類を指差した。「三蔵ちゃんは、あの書類を書庫へ運んで。そしてプーちゃんは、翻訳のお仕事。お願いね?」

 二人ともげんなりした表情を浮かべたが、文句は言わなかった。


 生徒会室で書類を縛り上げ、抱きかかえる。三蔵は第四校舎から出ると、真っ直ぐ西の森へと向かった。

 聖フィロソフィー学園の敷地は広い。しかし主だった四つの校舎はすべて東側に集中し、西側はただ森が広がるばかりだ。その森の中に、古い本や要らない書類が突っ込まれた広い書庫がある。三蔵はそこへ向かった。

 森へ向かうと、昨日までなかった獣道が出来ていた。木々が左右に薙ぎ倒されている。

 まさかフーダニット事件の犯人が!? と思ったが、今朝方の放送を思い出した。西田先生が、森へ歩いて行ったと言っていた。

 はた迷惑な西田の癖に恐怖しつつ、その獣道を歩いてみた。普段使っている森の道より、むしろ歩きやすい。さすが西田だ。

 歩き進むと、すぐ横に狭い原っぱがあることに気付いた。こんなところに原っぱがあるなんて、いままで全く知らなかった。

 獣道から外れ、原っぱを覗く。見ると、二人の少女が一匹の子犬と戯れていた。一人は金髪ショートの小柄な少女で、もう一人は火のように赤い髪をポニーテールにした少女だ。

 二人の少女は、似たような格好をしていた。浅黄色のローブを着て、黒いズボンを穿いている。ローブの胸元には赤い円が描かれていた。金髪の少女の方は、その円の中に「豆」と書かれ、さらに斜線が引かれていた。

「豆禁止……?」

 三蔵が呟いた途端、その金髪の少女がこちらを振り向いた。

「誰だ! ここは秘密結社ピタゴラス教団のアジトだぞ!」

「前も言ってたけど、それ、自分で名乗っちゃってるからね?」

 金髪の少女が叫ぶと、すぐに赤いポニーテールの少女が突っ込みを入れた。三蔵も、その通りだ、と思った。

「私は生徒会の三蔵です。あなた達は? ピタゴラス教団って、部活?」

 すると金髪の少女は、腕を組み、頬を膨らませた。

「教えるもんか!」

「アタシはエンペドクレス」赤いポニーテールの少女が名乗った。「で、こっちはピタゴラス」

「あ、こら! 名乗るな!」

「生徒会が何の用? 別にアタシら、部活として活動してるわけじゃないからさ、生徒会の管轄外だと思うよ?」

 ピタゴラスの抗議を無視して、エンペドクレスが話を進めた。三蔵は、「あ、いえ」と首を振る。

「たまたま通りがかっただけです」

「なんだ」

「じゃあ早く立ち退くんだな!」

 ピタゴラスがこちらを指差した。三蔵としても、いつまでも重い書類を抱えていたくないので、すぐに立ち去るつもりだった。

 しかし、気になることがあった。この原っぱには、ある物がない。

「立ち退く前に、一つ聞いて良いですか?」

「なに?」

「この原っぱは、フーダニット事件の被害を受けていないんですか?」

 原っぱを見渡しても、どこにも赤いスタンプが押されていなかった。そういえば、第四校舎を離れた辺りから、スタンプを見かけなかったような気もする……。

「そうだね、どういうわけか、受けてないよ」

 エンペドクレスは原っぱをキョロキョロ見て、言った。

「たぶん犯人は、この場所に気付かなかったんだろうね」

 彼女としては、それで疑問は無くなったようだが、三蔵はどこか釈然としないものを感じた。

 二人に会釈して、再び書庫を目指す。

 校舎の内外、そして中庭にはスタンプが押されていたのに、校舎を少し離れただけで、スタンプは姿を消した。既に誰かが消した後だったのだろうか。しかし、第一校舎ですらまだほとんどのスタンプが残っているというのに、校舎の外のスタンプを積極的に消す人がいるとも思えない。

 考えているうちに、書庫に辿り着いた。書庫の鉄扉にも、スタンプは押されていなかった。

 一度書類を置いて、重い鉄扉を開く。中は暗闇だ。手探りで電灯のスイッチを押す。

 バチン、と大げさな音がして、天井の蛍光灯が点滅していく。本棚に詰め込まれた無数の本。床に積まれた本や書類。先週くらいまではもっと雑然としていたが、いつの間にか片付けられている。図書委員が整理したのだろう。

 書類を持ち上げて、中に入る。床、本棚、本、書類。三蔵は注視しながら書庫の奥まで歩いたが、どこにもスタンプは押されていなかった。

 被害状況の報告書を、上書きしなくてはいけない。

 犯人は、校舎とその付近にしか、スタンプを押さなかった。

 これは何を意味するのだろう。三蔵は考えた。おそらく犯人の目的は、スタンプを学園の誰かに見せることだったのだ。だから人目に付くところにはたくさん押し、人目に付かないところには押さなかった。

〔でも、だからって、何のためにあんなにたくさん押す必要があったの?〕

 鉄扉の間の隙間から外に出る。

 冬の空は、既に黄昏時だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ