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哲学理論はミステリを解けるか?(連作作品集)  作者: 黄黒真直
第二章 神様の恩寵(中編ミステリ)
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5. アンフェアな謎解き

 ほんの三時間、書庫の整理をしただけなのに、三つも謎が出来てしまった。

 委員長はどうして「Confessio」と剃刀を隠したのか? デカルトはどうやって「Confessio」を見つけ出したのか? オッカムは僕に何をさせたいのか?

 三つ目の謎は、明日になればわかるだろう。一つ目と二つ目の謎は、デカルトが答えてくれるだろう。

 僕ら四人は、校門の前で二手に分かれる。僕とデカルトは駅の方へ、委員長とオッカムはその反対方向へ。

 委員長達と分かれ、二人きりになったところで、僕はデカルトに一つ目と二つ目の謎の答えを尋ねた。

「じゃあ教えるけど」口元までマフラーに埋めながらデカルト。「フィル君、怒らないで聞いてね?」

「怒るような内容なのか?」

「わかんないけど……」

 デカルトは少し迷う素振りを見せた後、僕を見上げた。

「犯人は、ティヌスちゃん。これを『確かなこと』とする」

「うん」

「ではティヌスちゃんは、『Confessio』を『どこに』『どうやって』隠したか。まず書庫の中なのか外なのかを考えると、オッカムちゃんが推理した通り、ティヌスちゃんが外へ『Confessio』を運び出すのは難しい。そもそも、それが可能なら、オッカムちゃんの剃刀だって外に持ち出したはず。そうしなかったのだから、『Confessio』も外に運び出さなかっただろう、と推測できる」

「うん」

 僕はただ頷いた。事実として「Confessio」は書庫の中にあったのだから、反論の余地はない。

「もちろん、外にある可能性も完全に否定できるわけじゃないけど……」と、デカルトは自説に反論を試みた。「もし外だとすると問題が複雑になるから、まずは中にある可能性について考える。それで行き詰ったら、改めて外の可能性を考えれば良い」

「う、うん?」

 デカルトの言葉を頭の中で反芻しながら、僕は相槌を打った。要するに、簡単なところから手を付けよう、と言いたいらしい。

「では書庫の中のどこなのか。書庫の中で隠せそうな場所といえば、『本棚』か『床に詰まれた段ボール箱の中』くらい。わたしは本棚を一段一段、本の色だけでなくタイトルまで確認しながら見て行った。本棚の下や本の裏、床に積まれた本も見たのに、『Confessio』は見つけられなかった」

「じゃあ、段ボール箱の中ってこと?」

「ううん」とデカルトは首を振った。「それじゃ、いつフィル君に外に持って行かれて、燃やされちゃうかわからないじゃない。犯人はティヌスちゃんなんだから、『Confessio』を処分したいと思っているわけじゃない限り、そんな危険は犯さないはず。でも処分するのにこんな方法を取る必要はないし、剃刀まで隠す理由がない。つまり、本棚に隠した」

「だけど……」

 言いかけた僕に、デカルトは「そう」と頷いた。

「なのに、わたし達は見つけられなかった。ティヌスちゃんは『どうやって』隠したのか。あるのに見つけられなかったってことは、カモフラージュされていた、と推測できる」

「カモフラージュ? でも、どうやって?」

 デカルトは人差し指を一本立てると、

「本を隠すなら、本に隠せ」

「はい?」

「簡単なことよ。ティヌスちゃんは『Confessio』と同じサイズの本を見つけ出して、その本のカバーを『Confessio』に被せたの」

「あ!」

 どうして気付かなかったんだ! わかってしまえば、単純なトリックじゃないか。

「……僕が咄嗟に言ったみたいに、服の下に隠すって手は、なかったのかな?」

 素朴な疑問を口にすると、デカルトは人差し指をマフラーの顎の辺りにつけて、「うーん……」と首を捻った。

「単に思いつかなかったって可能性もあるし……それにわたし、服の下に何かを隠すのって、意外と難しいと思うな。特にティヌスちゃんは今日、ゆったりしたワンピースを着てたから、ずっと手で押さえてないと落ちちゃうでしょ?」

 確かに委員長は今日、ゆったりしたワンピースを着ていた。服と体の間に覗き込めそうなほど隙間が空いていたから、本を隠すことは十分可能だったろう。しかしそれは、逆に言えば、本を固定できないということだ。

「それで、委員長の動機は? なんでこんなことしたんだ?」

「フィル君に怒られたくなかったからでしょ」

 どういう意味だ?

 僕が怒る理由と言えば、仕事中に委員長が「Confessio」を持ち歩くことだ。しかし委員長は、どうしても「Confessio」を持ち歩きたいらしい。だから委員長の中で、「怒られたくない」と「持ち歩きたい」の相反する欲求が生まれ……。

「あっ」

 僕は真相に到達した。

「カモフラージュした上で、持ち歩こうとしていたのか!」

「その通り」

 デカルトが頷き、ツインテールが揺れた。

「それなら、フィル君に見られても『Confessio』を持ち歩いているようには見えないから、怒られる心配がない」

「でも、ならなんで委員長は『Confessio』を持っていなかったんだ?」

「正確なところはわからない。確かなことは、『推測通り、カモフラージュされた「Confessio」が本棚に入っていた』ってことだけ。たぶん、間違ってうっかり本棚に入れちゃったか、カモフラージュしたから読まれないだろうと思って本棚に一時的に隠したか、そのどちらかだと思う」

 そうか、委員長の欲求が「持ち歩きたい」ではなく「読まれたくない」だとすれば、一時的に隠したとも考えられるわけか。

「だけどそれだったら、僕らが探し始めた時点で、すぐに見つけたふりをすれば良かったんじゃないか?」

「したくても出来なかったのよ。オッカムちゃんが既に探した後だったから。カモフラージュしたものをすぐに見つけ出してきたら、自分が犯人だと疑われるのではないか……と考えたのよ」

 その心理は、想像できた。

 委員長は自分のした「悪いこと」を、「Confessio」に書き綴っている。それは何故か。勝手な想像だが、おそらく「自分のしたことを誰かに懺悔したいが、怒られるのではないかと恐怖しているから」だろう。赦されたい、でも告白するのが怖い。だから日記に認める。

 委員長はそういう性格の人間であり、だから自分が犯人だと疑われるような行動には、神経質になったのだろう。

「僕らが『Confessio』を探している間に、外に持ち出せば良かったんじゃないか? なんでそうしなかったんだ?」

「持ち出すところを目撃される可能性を、恐れたからだと思う」

「剃刀まで隠したのは?」

「自分の本だけ隠したんじゃ、フィル君に疑われちゃうでしょ? また持ち歩いてるんじゃないか、って」

「あー……」

 なるほど。

 そして僕は、相当委員長に恐れられる存在になってしまったんだな。

 とにかく、これで一つ目の謎が解けた。では二つ目だ。

「隠された本を、デカルトはどうやって見つけ出したんだ?」

「隠し方がわかったんだから、探すのは簡単でしょ?」

 目を細めて、僕を見上げる。

「ティヌスちゃんは『Confessio』に別の本のカバーをかけた。うっかりにせよわざとにせよ、ティヌスちゃんはそれを本棚に戻した。問題は、本棚のどこに戻すかってこと」

「少なくとも、カバーを取った本は元の場所に戻すよな?」

「そう。そしたらそのカバーを付けた『Confessio』は、その本の隣に戻すと思わない? うっかりだとしたら五十音順に仕舞うだろうし、意図的だとしても不自然にならないよう五十音順に仕舞うはずでしょ?」

「あ、ってことは……」

「うん。同じ本が、カバーがあるのとないのの二冊並んでいる場所を探せば良かったのよ。実はわたしは、その場所を既に見つけていたの。『Confessio』を探すとき、本のタイトルまで確認していたからね。だから、あの時すぐに『Confessio』を見つけ出せたってわけ」

 そういうことか。これで二つ目の謎も解けた。納得する僕の隣を歩きながら、デカルトが何か小声で言った。

「わたしがその場所を見つけてたってことは、『問題編』で提示されてない手がかりだから、ミステリとしては本来アンフェアだけどね」

「え? なんて言った?」

「なんでもないよ」

 デカルトのツインテールが、ウサギの垂れ耳のように揺れた。露骨に誤魔化されたが、気にすることでもないだろう。

「だけどなぁ」夜空を見上げながら僕。「書庫には、僕らしかいなかった。委員長は、僕らが盗み見るかもしれないと、疑ってたのか」

「疑われて、ショック?」

「そうは言わないけど……『Confessio』は、既に先週、オッカムが読んでるはずだろ? なら、もう隠さなくったっていいじゃないか」

 するとデカルトは、妙に冷たい眼で僕を見上げた。

「フィル君、気付いてないの?」

「何に?」

「先週の事件以来、ティヌスちゃんがオッカムちゃんを、避けてること」

「……え?」

 そうだったか? 今日だって、二人は一緒に図書準備室に向かっていたぞ?

 反論が口から出かけたとき、僕は気付いた。二人と一緒に図書準備室に向かう途中、僕が覚えた違和感の正体に。

 委員長が、オッカムのことを全く見ていなかったのである。

 そういえば、書庫でもオッカムのことを見ていなかったような……。

「避けてると言うか」とデカルト。「よそよそしい、と言ったらいいのかな? たぶん、自分の秘密を知られたから、気まずく感じてるんだと思う」

「…………」

 僕は口をつぐんだ。

 オッカムは委員長が好き。だが委員長に避けられてしまった。

 三つ目の謎が、ふと頭をよぎる。

 オッカムは明日、僕に何をやらせるつもりなのだろう。

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