epilogue. 信じたもの
夕方五時を過ぎ、僕らは気まずさを感じながらも、帰宅の途についた。
「それじゃあ、二人とも。また明日ね」
校門を出たところで、委員長が手を振る。オッカムも、いつもの表情で小さく会釈した。
二人の背中を見送り、僕らも並んで歩き始めた。白い息を吐きながら、デカルトに合わせてゆっくり歩く。それでもデカルトは、とてとてと足を忙しなく動かした。マフラーから出ている鼻先は、既に赤くなっていた。
「デカルトって、本当に頭良いんだな」
え、とデカルトが僕を見上げた。
「オッカムが犯人だと見抜けるなんて」
「大したことじゃないよ」
再び前を向いて答えた。
「わたしは全員を疑ったんだから、わかって当然だよ」
そう言いながらも、少し照れているようだ。声が上擦っていた。
「だけど、動機も見当がついてたんだろ? じゃなきゃ、オッカムを脅して真相を吐かせるなんて、出来なかったはずだ」
「それも大したことじゃない。オッカムちゃんとティヌスちゃんの関係には、前から薄々気付いてたし……それに、フィル君がヒントをくれたし」
「僕が?」
ヒントなんて出しただろうか。
「我思う、故に『彼』あり」デカルトが言った。「昼間にフィル君にその話をしたから、わたしはオッカムちゃんの動機に見当がついたのよ。もしかしてオッカムちゃんは、ティヌスちゃんを疑っていたのではないか、ってね」
そういうことか。
あの二人がどんな関係なのかはよくわからないが、オッカムは委員長を疑っていた。自分よりも、本を大事にしているのではないか、と不安になっていたのだろう。だからこんな狂言を演じた。
「オッカムちゃんがいかにティヌスちゃんを大切に思っていたかが、今回の一件でわかったよね。疑って、こんな事件を起こすくらいなんだから」
「うーん……」僕は唸った。「僕は疑うのに賛成できないな」
「どうして?」
「だって、こんなはた迷惑な事件を起こしかねないし……疑ってばかりだと、不安になるだろ? 僕は出来れば、信じていたいかな」
「信じるためのツールとして、疑いがあるんだよ」
疑って、真実を見抜けば、信じることが出来ると、デカルトは主張した。
「それじゃあデカルト。お前はいま、何を信じてるんだ?」
「ふぇっ?」
ツインテールをぴくん、と跳ねさせ、デカルトは固まった。僕も歩みを止めて、デカルトを見下ろす。もじもじとツインテールをいじった後、デカルトは上目遣いに僕を見た。
「……フィル君のことは、信じてるかな?」
「……え?」
微妙に赤く染まるデカルトの耳。寒さのせいだと信じたいが、ここは疑うべきなのか?
僕の脳が急速に熱くなった。そして、あることに気が付いた。
――デカルトは、僕の証言だけは、やけにあっさりと信じていなかったか?
図書準備室の声が外に漏れるかどうか実験したとき、デカルトは僕の言葉をそのまま信じた。僕にアリバイがあるというだけで、僕を容疑者から外していた。「書庫の整理の予定を誰にも言っていない」という証言も、僕のだけ信じた。
急に顔が熱くなった気がして、僕はデカルトから視線を逸らした。そのまま歩き出す。
「なあ、デカルト」
「な、なに?」
とてとてと、デカルトが忙しなくついてきた。
「いま僕の頭に浮かんだ言葉が何か、わかるか?」
「え?」
デカルトは素直に考え始めたようだが、数秒で諦めた。
「わからない。なに?」
さすがのデカルトも、こんなものは当てられないようだ。当然か。
僕は苦笑してから、解答を告げた。
「耳を疑う、だよ」
...『疑いの眼差し』END
「哲学理論でミステリを解く!」を目指し、失敗した作品。
ついでに「ラノベっぽく書く!」を目指し、迷走した作品。
さらに「『疑う』をテーマに書くため、疑いの余地が無いように細かく描写する!」と決め、本当にそうしたため、非常に読みづらくなった作品。
ありがたいことに、この作品は多くの方が感想とアドバイスを下さいました。
「なろう」への投稿に際し、アドバイスをいくつか活用させて頂きました。
が、「容疑者が少な過ぎて、すぐ犯人がわかった」という最も多かった突っ込みに関しては、スルーしています……。
上記の突っ込みを頂いて、「なにくそ」と思い「初めから犯人がわかっている話」を書いたのが、次の第二章。
「とにかく容疑者がたくさん出てくる話」を書いたのが、書き下ろしの最終章です。
どうぞ、最後までお楽しみください。




