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哲学理論はミステリを解けるか?(連作作品集)  作者: 黄黒真直
第一章 疑いの眼差し(中編ミステリ)
13/64

epilogue. 信じたもの

 夕方五時を過ぎ、僕らは気まずさを感じながらも、帰宅の途についた。

「それじゃあ、二人とも。また明日ね」

 校門を出たところで、委員長が手を振る。オッカムも、いつもの表情で小さく会釈した。

 二人の背中を見送り、僕らも並んで歩き始めた。白い息を吐きながら、デカルトに合わせてゆっくり歩く。それでもデカルトは、とてとてと足を忙しなく動かした。マフラーから出ている鼻先は、既に赤くなっていた。

「デカルトって、本当に頭良いんだな」

 え、とデカルトが僕を見上げた。

「オッカムが犯人だと見抜けるなんて」

「大したことじゃないよ」

 再び前を向いて答えた。

「わたしは全員を疑ったんだから、わかって当然だよ」

 そう言いながらも、少し照れているようだ。声が上擦っていた。

「だけど、動機も見当がついてたんだろ? じゃなきゃ、オッカムを脅して真相を吐かせるなんて、出来なかったはずだ」

「それも大したことじゃない。オッカムちゃんとティヌスちゃんの関係には、前から薄々気付いてたし……それに、フィル君がヒントをくれたし」

「僕が?」

 ヒントなんて出しただろうか。

「我思う、故に『彼』あり」デカルトが言った。「昼間にフィル君にその話をしたから、わたしはオッカムちゃんの動機に見当がついたのよ。もしかしてオッカムちゃんは、ティヌスちゃんを疑っていたのではないか、ってね」

 そういうことか。

 あの二人がどんな関係なのかはよくわからないが、オッカムは委員長を疑っていた。自分よりも、本を大事にしているのではないか、と不安になっていたのだろう。だからこんな狂言を演じた。

「オッカムちゃんがいかにティヌスちゃんを大切に思っていたかが、今回の一件でわかったよね。疑って、こんな事件を起こすくらいなんだから」

「うーん……」僕は唸った。「僕は疑うのに賛成できないな」

「どうして?」

「だって、こんなはた迷惑な事件を起こしかねないし……疑ってばかりだと、不安になるだろ? 僕は出来れば、信じていたいかな」

「信じるためのツールとして、疑いがあるんだよ」

 疑って、真実を見抜けば、信じることが出来ると、デカルトは主張した。

「それじゃあデカルト。お前はいま、何を信じてるんだ?」

「ふぇっ?」

 ツインテールをぴくん、と跳ねさせ、デカルトは固まった。僕も歩みを止めて、デカルトを見下ろす。もじもじとツインテールをいじった後、デカルトは上目遣いに僕を見た。

「……フィル君のことは、信じてるかな?」

「……え?」

 微妙に赤く染まるデカルトの耳。寒さのせいだと信じたいが、ここは疑うべきなのか?

 僕の脳が急速に熱くなった。そして、あることに気が付いた。


――デカルトは、僕の証言だけは、やけにあっさりと信じていなかったか?


 図書準備室の声が外に漏れるかどうか実験したとき、デカルトは僕の言葉をそのまま信じた。僕にアリバイがあるというだけで、僕を容疑者から外していた。「書庫の整理の予定を誰にも言っていない」という証言も、僕のだけ信じた。

 急に顔が熱くなった気がして、僕はデカルトから視線を逸らした。そのまま歩き出す。

「なあ、デカルト」

「な、なに?」

 とてとてと、デカルトが忙しなくついてきた。

「いま僕の頭に浮かんだ言葉が何か、わかるか?」

「え?」

 デカルトは素直に考え始めたようだが、数秒で諦めた。

「わからない。なに?」

 さすがのデカルトも、こんなものは当てられないようだ。当然か。

 僕は苦笑してから、解答を告げた。

「耳を疑う、だよ」



...『疑いの眼差し』END

「哲学理論でミステリを解く!」を目指し、失敗した作品。

ついでに「ラノベっぽく書く!」を目指し、迷走した作品。

さらに「『疑う』をテーマに書くため、疑いの余地が無いように細かく描写する!」と決め、本当にそうしたため、非常に読みづらくなった作品。


ありがたいことに、この作品は多くの方が感想とアドバイスを下さいました。

「なろう」への投稿に際し、アドバイスをいくつか活用させて頂きました。

が、「容疑者が少な過ぎて、すぐ犯人がわかった」という最も多かった突っ込みに関しては、スルーしています……。


上記の突っ込みを頂いて、「なにくそ」と思い「初めから犯人がわかっている話」を書いたのが、次の第二章。

「とにかく容疑者がたくさん出てくる話」を書いたのが、書き下ろしの最終章です。


どうぞ、最後までお楽しみください。

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