ウサギが導くあの夏の日
大久保唯様主催、【夏色屋台】参加作品です。テーマはお面屋と言っときながらお面屋要素があまりない気がする……。
「なんで1人で来てるんだろうな、俺……」
周りを見ると、家族連れにカップル達。中坊ですら友達と来てると言うのに、俺という人間はどうしてソロで来るかね……。恋人どころか、そもそもここに友達がいない自分が悲しくなる。
正確に言うと、友達はいないことはない。ただみんなこの町にいないんだ。俺は地方の大学に入学し1人暮らしを始めた。心躍るキャンパスライフを夢見たのはいいものの、現実は非常であり、まずは友達100人作ろうと入会したテニスサークルでは、テニス初心者、いやそもそも運動音痴ということもあり、周りと上手くかかわることができず、何よりサークル特有の雰囲気が一切合わなくて直ぐに退会したのだった。そんなの入会する前に気づけよと2年前の自分に突っ込みたいところだ。退会した後のキャンパスライフは薔薇色なんてものではなく、濁りに濁った曇天のような灰色キャンパスライフだった。勉強に集中する余り、周りと話すことがなくなり、結局テスト前だけたかられるという期間限定ヒーローの座についてしまった。誠に不愉快だ。そんなこんなで俺には友人と呼べる人間がこの町にはおらず、今日の夏祭りを1人で行くという、ある意味どんなクエストよりも難しいクエストをしているのだ。行かなきゃいいじゃんと思うかもしれない、でも部屋に閉じこもっても聞こえる祭囃子、活気あふれる笑い声、一度気にしだしたら後はもう止まらなかった。
「これでも遊園地に1人で行くよりはマシだ……、負けるな、俺」
自分でも誰と戦ってるのか分からない。強いて言うと、この世界そのものかな。なんて厨二病上等なことを考えてると、
「ん?」
いろんな屋台をみて回っていたが、すれ違った子供がハッ○リ君という忍者のお面をしていることに気付く。
「ケ~ンジくん、遊びましょう。だっけか?」
何年か前にやっていた漫画原作の映画を思い出す。一応一通り見たけど、結局何がしたいのか分からなかったというのが感想だ。だからといって、自分の方がもっと面白いものを作れるとは思えない。あれはあれで最善を尽くしたのだろう。それについていけない俺が悪いのだ。
「行ってみるかね」
打ち上がる花火の音と、自然と踊りたくなるような祭り囃子をBGMに、自分もお面を買おうとお面屋を探す。童心に帰るのも悪くないさ、少なくとも今日はね。
――
「おっ! 来よった来よった! 色々揃っとるでー!」
さて、お祭りのお面屋さんというのは、なんだかんだ言いつつも3分以上頑張ってる光の巨人や、ネズミが嫌いな青猫型ロボットとか喋るトナカイといったナウなヤング、いやお子様に人気のキャラクターのお面が売られていたはずだ。マーケティングの結果、子供受けする物を売るのが定石ではなかろうか? 少なくとも、俺の20年弱の人生において、若本ボイスの狂戦士とか、若本ボイスの不平等皇帝のお面を売っているお店は見たことない。
「なんや、買わへんのかいな? 冷やかしなら帰ってやー」
耳に心地いい関西弁。イントネーションの自然さを考えたら、生粋の関西人の姉ちゃんなんだろう。
「いや、ここお面屋ですよね……?」
「ん? 兄ちゃんおもろいこと言うなぁ。うちの店見て金魚掬いに見えるか?」
それは無理がある。水槽もなければ金魚もいない。有るのは、
「どや? 一つ一つ職人のオーダーメイドやで!」
どう考えても、憧れのヒーローヒロインのそれではなくて、なんつうか凶々しく、ワールドワイドなものなんだ。
「あのー、なんすか、これ? トーテムポールみたいな顔してますけど」
まず目に付いたのは、世界の果ての民族がお祭りに使いそうなお面。間の抜けたトーテムポールの顔は何も語らず、情緒溢れる夏祭りにおいて異質な存在だ。例えるなら、フルオーケストラに1人ハーモニカが混じってる、そんな違和感が。
「おっ、兄ちゃんお目が高いなぁ! これはアマゾンの奥深くのさらに奥深く、ジョーンズ教授も鞭を置いて逃げ出すぐらいの未開の地のペラペラ族の儀式用仮面や! レプリカとかやなくてモノホンやで! それとトーテムポールって言うんは実は北アメリカのもんやから、兄ちゃんの例えはちとちゃうかなぁ」
頼んでもいないのに、トーテムポールに関するトリビアを教えてくれた。また一つ賢くなった。トーテムポール博士と呼ばれるのも時間の問題……、うん、冷静に考えなくてもあまり嬉しくないな。トーテムポールに特化した知識ってどーよ。
「何でそんなの持ってんですか……」
今度は冷静に考えてみる。インディも逃げる場所なら、なんでそんな秘境の民のお面なんか持ってるんだ?
「なんでって……、交渉したに決まっとるやん。いやー、あん時は本気で死ぬかと思たわぁ! ペラペラ族に取って握手は宣戦布告やったからなぁ。海外行くときはな、勉強しとくもんやで。気ぃつけやー」
うんうんと頷く店主さん。もしかしてこの人滅茶苦茶凄い人なんじゃ……。
「ちなみに、このお面は気に入らない相手を呪い殺すことが出来るんやて」
あっはっはと笑いながらとんでもないことを言いはる。
「そんなもの売るなぁぁぁ!」
「はっはっ、冗談やて。凶々しい見た目やけど、立派な祝い事に使われるねんで」
どちらにしても縁日に売るもんじゃないだろ。
「あれ? 気に入らんかった? そんじゃこれとかどうや? 結構有名な奴やし、人気の一品やで」
お姉さんはそう言うと、ごそごそとカバンを探る。
「品切れちこうて隠しとったんやけど、君なら似合うやろー」
夜空に咲く大輪の花火。その光に映された、ファントムマスク。
「オペラ座ぁぁぁぁぁ!?」
頭の中で流れるあの音楽、逃げ惑う観衆、空気を読まないマスクメン。
「ピンポーン。ファントムマスクやでー。これをつけたらパーティでも人気者間違いなしや」
「だろうけど! 悪目立ちするよね!?」
穢れなき真っ白なマスク、それに隠すのは……。なんなんでしょうね?
「しゃあないやんか。けどこの時代はマスカレードゆうて仮面武道会が頻繁に行われとったんやで」
マスカレード、ねぇ。
「なんだろ、合ってるけどどこか大きく間違ってる気がする」
天下一舞踏会、みたいな感じでさ。
「知らへんのか? マスカレード。毎年クリスマスに暇をもてあました貴族たちによって奴隷達が戦うんや。全く、悪趣味やと思わんか?」
「貴族なら仕方ないね」
さっきワンピース読んだばかりだもん。にしても貴族ってのを安易な悪役にしたがるよね、あの作者。
「ふーん、これもあかんか……、ほんならこれは?」
お面屋の姉ちゃんは、再びごそごそとカバンを探りだす。
「じゃーん!! これは今回の掘り出しもんやぁ!!」
姉ちゃんが取り出したのは、白く片方の耳が折れているウサギのお面。なんかで見たこと有るようなウサギだな。なんで見たんだっけ?
「兄ちゃんはSFとか好きなくち?」
SF? 急に話題が変わったな。さっきまでオペラ座の怪人だったのに。ってそれも夏祭りでする話題じゃないけどさ。
「まぁ、程々には」
といってもスターウォーズとかぐらいしか知らんぞ。
「まぁこれはそんなSFチックな体験ができるというトンでもなお面やねん。言っとくけど、こいつはこれまでのもんとは格段に凄いで。ダンチや」
「ど、どういうことです?」
姉ちゃんの雰囲気に気圧されてしまう。さっきまでのちゃらけた物じゃない、このお面に何が隠されてるというんだ?
「不思議の国のアリスって知っとるやろ?」
SFじゃなくね? しかしまた懐かしいなぁ、子供のころに読んだことがある。そういや知り合いにアリスシリーズが好きだった子がいたっけか。内容はなんか色々理不尽だった気がするけど。粗筋としては、白兎を追ったアリスは……、
「このお面ホワイトラビット?」
妙な既視感の正体がわかった。あの絵本のウサギにそっくりなんだ。
「そゆこと。それならタダのお面やねんけど、さっき言ったようにちーとばかり面白ギミックが有るんよね」
姉ちゃんはすぅ、と息を吸って、
「時を越えちゃうんや。そんなトンでも効用が有るんやって」
そう、笑いながら答えた。
――
「はぁ、結局買っちゃったんだよな、これ」
家に帰って少し後悔する。時を越えるお面、それが本当かどうかは別として、あの時の俺は本当にどうかしていた。冷静に考えてみたら、タイムスリップだなんて不可能って何年も前から言われているし、車だってまだ空を飛ばないんだ。過去に戻る、未来に行くなんていうのは、仮に出来るとしても、それまでに俺たちは何回転生すればいいのだろうか。22世紀には無理だろう。藤子先生、ドンマイ。
「つーかどうすりゃいいんだ? これ」
しかし何を血迷ったのか、そんな胡散臭いことこの上ない一品を買ってしまったのだ。
『まいどありー!! 諭吉や諭吉!!』
しかも諭吉と引き換えに。縁日の価格ですらもっともっと良心的だ。300円ではずれくじ引く方がまだマシってのも珍しい。苦学生には辛い選択だ。
それでも、不思議と俺はそれに手を出していた。
『一度だけやで? やり直したい時に戻ることが出来るらしいんよね。うちかてやったことないか分からへんけどね』
「高い教科書代と思うべきかな?」
口ではそんなことを言いながらも、内心ではあることを思い返していた。
――戻りたい過去――
それは10年も前のこと。小学生のころ、地元の夏祭りで、俺は約束を破ってしまった。それは子供のころのちょっとした約束だ。タダの口約束、その程度のものだ。でももし、あの時彼女にさよならを告げることが出来たら――。
「あああ! 今日の俺は、どうかしているんだ!!」
白兎のお面が、妙にいやらしく笑った、そんな気がした。
「って言ってはみたものの、何をすりゃいいんだ?」
ウサギは答えない。ただのお面のようだ。
「装着して念じる、ってとこかねぇ?」
それ以外に思いつかなかった。お面という媒体の性質上、被るという選択肢しかないと思う。流石にこれを燃やしてその煙を吸うとか、部屋に飾っとくだけってのはないだろう。
「いざ行かん! やり直したいあの日へ!!」
なんて格好つけてみる。
「……」
すると時間が……、なんてことはなく、部屋は静まり返ったまま。そりゃそうだ、住んでいるのは俺だけだもん。
「ですよねー。なんであんなあからさまな詐欺に引っかかるかねぇ、俺という人間は。恥ずかしくて警察にもいけないや」
悪態をつきながら(99%自業自得だけど)お面をはずそうとする。だけど、
「あり? 外れない」
接着剤が顔についたように、外れようとしない。しかもゴム紐がしまっていく。例えるなら、万力。
「ちょっと、なんだっての!! 呪いのお面か!?」
外そうとしても一向に外れる気配がない。というよりも顔の一部になりつつある。
「いてて……、いい加減に、外れろ!」
うんとこしょ、どっこいしょ、それでもお面は外れません。
「あああああ! っしょ!」
プチン! とゴムが切れる音がする。
「はぁ、はぁ、なんでお面剥がすのにこんな苦労しなきゃならないんだ……」
ここまで激しい運動になるとは。恐ろしいかな、お面。
「ん? なんか変だぞ?」
こんなだぼだぼな服着てたっけ? というより、
「声おかしくね?」
自分の声が他人にどう聞こえてるかは分からないけど、なんというか、違和感を感じる。なんというか声変わり前というか……。
「まさか、そんなアポトシキン的な、ねぇ……」
と思ってたのは鏡を見るまで。
「バーロー」
ウサギのお面を被り身の丈に合わない服を来たガキそこに写っていた。
――
「話が追いつかないんだけど」
冷静に考えるんだ。思考が停止した時、それは死を意味する。
「つ-かここ家じゃないよな」
正確には下宿先じゃない、と言うべきだろうか。これはまるで、
「……実家やん」
あの人は今に出るようなアイドルのポスター、物置と化した勉強机、雑に置かれた漫画、日めくりカレンダー、10年前に戻ったかのようだ。
「夢……じゃないよな、どうせ」
無理に頬をつねる必要もあるまい。受け入れるのがいいだろう、本当に時間が遡っということに。なんせ鏡の俺は、第二次成長期前の俺。身長が10cm(目測)ぐらいの差がある。やり直したいあの日に戻ったというように……。
「こうなりゃ、やるしかないよな」
そう決意を固めると、俺は、ゲームを買うためにためていた貯金から1000円札を二枚抜き取り、
「母さん! お祭り行って来るね!」
子供らしく元気いっぱいにその旨を告げる。って現在子供なんだけどさ。
「行ってらっしゃい。ん? 母さん? いつもママって呼んでたのに、どういう心境の変化かしら?」
母が何か言ってた気がするけど、耳に届くことはなかった。
――
本当なら、今日俺は祭りに行かなかった。理由は今思うと本当にしょうもない、ただ気恥ずかしかったから。それだけだった。
10年前、学校のプールが解放された日のこと。
『ねえ、――、今日お祭りに行かない?』
『誰と?』
『私と! そんじゃ、待ってるから! 午後6時に神社の鳥居で!!』
『おいっ! 行っちゃった……』
『なんだなんだ――、デートかぁ?』
『ヒューヒュー!!』
『バッ、うっせーな!! そんなんじゃねえぞ!!』
『おい、皆で見に行こうぜ!!』
『や、やめろ!!』
――
結論だけを話すと、俺は皆に囃し立てられるのが嫌で、祭りに行かなかったし、残りのバケーションは忌々しい宿題に費やした。でも、これから二学期が始まるって言う始業式の日、彼女はいなかった。そして、
『今日は皆に残念なお知らせがある。このような形になってしまい本当にすまないが、○○は転校した。』
意図的にだろうか、それとも先生自身がそうなのか分からないけど、機械的にそれは告げられた。そしてその時俺は気付いたんだ、彼女はこの街での最後の思い出が欲しかったんだと。そのパートナーに俺を選んでくれたこと。そして俺はその期待を裏切ってしまったってことに。
『その、ゴメン。悪かった』
囃し立ててた連中も謝りに来た。違うんだよ、そうじゃないんだよ――。
『あいつ祭りが終わってもずっと待ってた、俺たちが冷やかしてもお前が来るって行って聞かなかった』
子供ながらに彼らも責任を感じたようだ。まだ責任なんて言葉の意味もちゃんと分かってないような年なのにな。それから彼女がどうなったかは知らない。もしかしたら、もう結婚して子供がいるかもしれないし、考えたくないけど何らかの理由でこの世にいないかもしれない。誰もが羨む1流大に入学したかもしれないし、ホステスで夜の仕事をしているかもしれない。もう俺と彼女は友人でもなんでもない、赤の他人だ。別にそれを引っ張ってるわけでもない。彼女からの好意には気付いてなかったといえば嘘になるし、むしろ自惚れていたぐらいだ。だからといって俺が彼女を好きになるというのは別問題、こう言うと何様と思われるかもしれないけど、俺は彼女のことをただ仲がいい友達としか見れなかった。良くて腐れ縁、それは突然の別れから10年経った今でも、そう思い続けている。彼女と付き合い、結婚し家庭を築くというビジョンも浮かばないし、再び会ったとしても、またあの頃のように仲良くなることはないだろう。理屈じゃなくて、直感でそう感じる。
でも一言最後に言いたかった。「サヨナラ」でも「元気でな」でも何でもいい。自己満足にすぎなくても、キチンと彼女に別れを告げたかった。
だから俺は戻ったのだろう。彼女と別れるこの日に。よりによってこの日かよ、自分でも笑える。やり直したい時なんて腐るほどあるだろ、大学受験にサークルも最初から身の丈にあったところに入っていらばもっと青春出来ただろうに。今更だけどさ。
――
我が家から自転車で5分ほど。山の方へ登ると地元で一番大きな神社がある。といっても、ローカルな範囲で大きなだけで、日本中見渡すと大したことない。下宿先のお祭りのほうがまだ大きいし、花火も上がらない。所詮は厄神さんだ。
「あっ、来てくれたんだ、――」
鳥居の向こうから祭囃子が聞こえる。スピーカーから鳴らしているのだろうか、時々音が割れている。小さな頃に気付かなかったことに思いを馳せつつ、自転車を適当なところに停めると、彼女のほうから声をかけてきた。
「まーな」
ぶっきらぼうに返す。そういやこんな顔だっけか。写真なんてなかったから記憶があやふやだったけど、今思うと可愛らしい子だ。歳をとるにつれて美人になっていく、そんな気がした。
「――、なに付けてんの? 似合ってないよ?」
噴出すのを堪えながら言う彼女。なんか付いてるのか?
「付いてるも何も、ウサギのお面だなんて、――らしくないよ。可愛い」
っていつの間に!? ゴムが切れて……、戻ってるし。なんなんだ、コイツは。内心あせったけど、不自然にならないように、
「うるせーよ」
子供らしい言葉遣いは出来ているのだろうか? いや、いつもの発言が子供っぽいかもしれないな。
「行こ! 後ろから見てるあいつらはほっといてさ!」
言われて後ろを見ると、草木の中にクラスの男子たちが隠れていた。スネークのつもりか? ダンボール使えばいいのに。
「ほら! ぼさっとしてない!!」
そう彼女に手を引かれ、熱気ある祭りの場に連れて行かれた。
そういや、女子と二人で遊ぶって始めてかも。三次で。
――
「はー、食った食った」
「女の子がそう言うこと言うなよ。下品だぞ」
彼女とまわった祭りは、実に楽しかった。それなりに仲が良かったと思っていたが、今まで知らなかった彼女を垣間見ることが出来た。ベビーカステラが好きで、イカ焼きは嫌い。煎餅にメイドさんも驚くようなクオリティのズゴックを描いて、かき氷を一気に食べて頭を抱える。何故か射的が得意でどうにもくじ運が妙にない。金魚すくいもポイを必要以上に深く沈めてスグ破るし、ヨーヨー掬いも釣り針でヨーヨーを割るというミラクルを起こす。そのくせ負けず嫌いでなかなか学習しない。やけになるとまたベビーカステラを買う。全て俺が初めて見る彼女の一面だ。
「どーせ私は下品ですよーだ」
ベーと舌を出し悪戯に言う彼女。
「どーする? 結構周ったと思うけど?」
リンゴ飴、カタ抜き、箸巻き、唐揚げ、お金が許す限り遊びまわったし食べ歩いた。今日は晩御飯がいらないぐらいに。道中オボロム掬いとやらがあったけど、あれは何のことだったんだろうか? じゃじゃ馬姫はあまり関心を示さなかったみたいだけどさ。
「あー! 倒れねえぞ! 重り置いてるんじゃないの!?」
スネークたちはこっちへの関心が薄れ、射的を楽しんでいた。まっ、子供ってそう言うもんだよな。
「んー? そだねー。折角だから私もそのお面買おうかな?」
売ってんのか? このウサギ。
――
「おー、いらっしゃいいらっしゃい! 昭和のヒーローから子供たちの人気者まで色々そろっとるでー! おっ、嬢ちゃんらデートかいな? お揃いのお面とかどうやー?」
は? どゆこと?
「なんであんたが!?」
なんであのお面屋がいるんだよ!?
「ん? 坊主うちの知り合いか? 初めて見る顔やけどなぁ、あと年上にアンタって言ったあかんで! うちやから許すけど、他の人ならしばかれるとこやでー。気をつけやぁ。うちの娘も高校入ってからいきなり珍走団ぶち壊して警察の世話になるし、お姉さんは悲しいわぁ! 若人のモラルの低下が悲しいわぁ! まっ、なんか買ってくんやったら特別に不問にしたろうやないか! なんって優しくて美人なんやろなぁうちは!」
どうやらこのウサギのお面を売ったお面屋とは別人らしいが、テンションといい見てくれといい喋り方といいあの人に瓜二つだ。
「すみません、ここにあるお面が全部?」
彼女はお面のラインナップを一通り見て尋ねる。あの人はへんてこなお面ばっかだったけど、この人は割と普通の感性を持っているのか、愛と勇気だけが友達の戸田恵子や、月に変わってお仕置きしてくださるあの人のお面といった定番物を置いている。ただ、昭和のヒーローという言葉に偽りはなく、黄金で無敵なあの人や、三木道山みたいな名前のプロレスラーを模ったお面があった。こんなの買うのはおっちゃんぐらいだろうに。
「いーや、まだあるけど。なんや、このラインナップに不満か?」
「そーゆーわけじゃないけど、コイツと同じウサギが欲しいの」
俺がかけているウサギのお面を指す。
「坊主、それどこで見つけたんや? この世に2つしかあらへんのに……。アイツがあげたんか? まあええわ、買ってくれる人がおるんならお面も本望やろ。んとこれやな。お嬢ちゃんが欲しいんはこれか?」
かばんからウサギのお面を出す。全く同じのが出てくるかと思ったが、色は対照的に黒かった。
「えー、白いのがいいなぁ」
「悪いな、白いんは坊主が持ってるからもうないんや。黒いのでもけっこーレアやで?」
にししと笑うお面屋さん。
「まっ、いっか。なんかセットで夫婦みたいだし。そう思わない?」
子供ならここで
『ばっ、ちげーよ!!』
的な感じになるんだろうけど、俺は見た目は子供、頭脳は大人の大学生。ここは1つクールに返してやるかね。
「○○、結婚しよう」
今までにないイケメンボイス&ドヤ顔のコンボ。これで堕ちない女性は……。
「ふぇ? なに言ってんの、あんた」
うん、恋愛経験三次0じゃこの程度だよな。普通にリターンされました。
「まいどありー!」
――
「どう? 似合う?」
黒ウサギのお面をかぶり、オーデションを受けているアイドルみたいにアピールしてくる。ただ間の抜けたウサギの顔が妙におかしくて、
「お面に似合うも似合わないもあるのか? ま、間抜けな顔ってとこは似合うかも」
ついつい意地悪を言ってしまう。
「もう! 面白くないなー。変に大人ぶっちゃって」
ぶーたれる彼女。それは大人になったってことなんでしょうかね?
「悪かったな」
「まぁ、お祭りは楽しかったけどね。あんたと回れて良かった。ありがと」
今日は彼女の色んな顔を見てきた。楽しそうに笑う彼女、悔しそうにする彼女、おいしそうに食べる彼女。でも寂しそうな彼女は初めて見た。
「あのさ、私アンタに言わなきゃいけないことがあるんだ」
それは――。
「黙ってたんだけど、私転校するんだ。ここよりもずっと遠い場所に」
「……」
俺は何も言えず、彼女の言葉に耳を傾ける。
「あれ? 思ったより反応薄いなぁ。もちっと取り乱してくれてもいいのに」
事前情報がある分、冷静に聞くことが出来た。頼む、転校しないでくれ! というのもキャラじゃないし、言ったところで何も変わらない。でも、変わらないものは他にもある。
「一生のお別れになるわけじゃない、だろ?」
「ふふっ、そうかもね。ねぇ――」
「なんだ?」
「私たち、ずっと友達だよ?」
「ああ、離れていてもな」
「忘れたら承知しないんだからね! ――、」
「バイバイ」
「バイバイ」
黒ウサギと白ウサギは手を振り、それぞれの帰る場所へ。ある歌手は言った、さよならは別れの言葉じゃなくて、また会う時のための約束。また会う日まで――。
――
「チキンやなぁ、自分。ここはかっこよく唇奪うんが男ってもんやろ!!」
「だって俺恋愛感情持ってませんもん。若気の至りとは言え、好きじゃない人とキスをするのは相手にも失礼です」
二次元ではやりたい放題しているけどね!!
あの日、眠りに付いた俺は、気が付くと元に戻っていた。配置も何も変わらず、同居人もいない、変わらない日常に。携帯電話を見てもどこにも彼女の名前は無く、再会したという記憶が植え付けられたわけでもない。まるで全部夢だったかのように。
彼女に再会したのは、帰省したときのお祭りだった。なんとなく覗いたお面屋に、やはり彼女はいた。
こちらに気付くと、何でいるんだって顔をしたが、これまでの経緯を話すと、何故かほっとしたような顔をした。
曰く、
「いやー、ほんまもんやってんな、あれ。1万円ぼったくったったと思ったけど、そんな効力あるならもっとふっかけたらよかったなぁ」
と、思いっきり俺は騙されてたみたいだった。しかし、1日だけとはいえ過去に戻ったのは事実だ。祭りの熱気、楽しそうなみんな、あんな活き活きした夢があってたまるか。
「なんや、お堅いやっちゃなぁ。じゃあなんで戻ったんや?」
心底不思議そうな顔をする。
「強いて言うなら、せめてバイバイは言っておきたかったし彼女の期待に応えたかったから、それだけです」
自分でもどうかしてるって分かった上でやったからさ。後悔は無い。
「ふーん、そういうもんなんかね? まぁ、なんでもえーけど。それよりも黒ウサギや。話聞く限りじゃ白ウサギみたいになんらかのパワーがあるわけでもなさそうやし、結局なんなんやろな、コイツ」
白ウサギのお面を叩きながら言う。叩いても何にも無いことは一応こっちでも確認したんだけどね。
「おかあちゃんもよう分からんの作ったなぁ。仮面ってのは付けた人の顔を隠すことから、人格が変わったり超人的な力を得たりってのはまだ分かるけど、時間跳躍とかなぁ。これはうちが生きとる間には解明されへん謎やろな」
1人で納得して頷く姉ちゃん。確かに理由も原因も分からないけど、このお面で過去にとんだ。それだけで十分だと思う。
「しっかし普通惚れへんか? 来るのを待ってたりお祭りを一緒に楽しんで新しい一面見たんやろ? 最後の思い出のパートナーに選ばれてんから、脈ありやんか」
さっきよりも解せないっていったような顔をする。
「わあ! お面屋さんだぁ! 見て! あの人ママと同じウサギさんのお面つけてるよ!」
「あら、本当ね。お揃いかしら?」
「おいおい、パパ妬いちゃうぞー。あっ、たこ焼きが売ってるぞー」
「わーい! 私たこ焼き大好き!! 行こっ!」
子供に引っ張られながらも、仲良く三人で手をつなぎ合う家族。母親だろうか、彼女の顔にはいつかの黒ウサギのお面が相も変わらず間抜けな顔で笑っていた。
「黒ウサギって、あーあ、振られとるやん。おっしぃなぁ、もしかしたらアンタがあそこにおったかもしれへんねんで。ってあの子アンタと同い年やから……、うわっ、何歳で子供産んだんや……。若人のモラルの低下やぁ……」
似たような言葉を似たような人から聞いた気がする。
「あっ」
一瞬彼女と目が合った。そこから何か発展するでも、背徳の関係が生まれるでもなく、互いに笑いあうだけ。直ぐにたこ焼き屋の方へ顔を向けた。
「幸せそうだな、アイツ」
「なんや、リアクション薄いなぁ。弄りがいが無いやんか。で、ホントは後悔しとんちゃうの?」
どうやどうやとにじり寄ってくる。
「ありませんよ、後悔なんて」
「その心は?」
ヒュー、ドーン! 10年前には無かった花火が打ち上がった。
「だって俺年上好きですもん」