兄上
「訓練は終わったみたいだね」
俺に当たる日光を遮ってそう声をかけてきたのは、兄上――マウトだった。
「兄上」
俺は慌てて立ち上がる。
兄上――次期当主様相手に、寝転んだまま話すのはさすがに良くないだろうという気持ちが一割、そんな俺にどんな対応をするのか、人となりを見てやろうというのが九割だ。
「疲れているだろうからそのままでいいよ」
優しい声音の兄上。
テンプレートに従うのならば、兄上のような立場の人間は横柄で傲慢なものだと思うが、とりあえず表向きは温和なタイプのようだ。
「ではお言葉に甘えて」
実際まだ脚の震えが残っているので、立ち上がるのは難しいが、さすがに上半身は起こしておく。
「訓練はどうだった?」
「疲れました。手も脚もガクガクです」
「でも、剣士の心は捨てなかったんだよね?」
「はい。手加減してもらったんですかね」
「ハーティックはそんなことしないと思うけどね」
「そうなんですか」
「僕は未だにできてないしね」
あれ? 兄上を超えてしまったのはマズいか?
「オウギはどうやったの? 何か仕掛けでもしたのかい?」
「えーっと、秘密です」
秘密主義者です。
「それは残念だ」
兄上は、首を振って薄く笑みを浮かべる。
「それで、兄上は僕に何かご用ですか?」
「用が無ければ話しかけてはいけないかい?」
「そんなことはないですけど」
「これまで会話らしい会話をしてこなかったし、その反応も無理はないかな」
俺が転生してから初の一対一での会話だ。
今までは父上に気を遣っていたが、状況が変わったということもあるだろう。
とはいえ雑談が目的とは思えない。
おそらくは俺の自由な行動に対する交換条件の話だろう。
何か俺にして欲しいことがあるんじゃないかな?
「実際、用があるから来たんだけどね」
でしょーねえ。
「僕にできることであればいいですが」
昨日の今日でどんな依頼があるのだろうか?
「具体的にして欲しいことがあるわけじゃなくて、相談に乗って欲しいんだけど」
「こんな子どもに相談、ですか?」
「謙遜しなくていいよ。オウギ。
父上を認めさせ、ハーティックの試験に合格できるなんて、それはもう子どもとは呼べないよ」
立場的にはまだまだ、子どもで居させてほしいんだけどなあ。
「こんなところで立ち話というのも変だし、向こうで話そうか」
庭の隅に置かれた椅子に、テーブルを挟んで兄上と向かい合って座る。
テーブルの上には紅茶の入ったティーカップと、スコーン――だと思うけど、こういうお菓子に詳しくないので確信はない。
兄上の後ろに控えるのは、見たことのないメイドさんと、執事のゴウジだ。
それにしても、人生初のティーパーティーを兄上とすることになるとは。
「それで兄上、相談とは?」
「まあまあ、まずは落ち着いて紅茶を味わおうよ」
なんかめっちゃいなされたんですけど。
兄上が一口含んだのを見て、俺もティーカップに口をつける。
「いい紅茶だろう?」
「あ、はい」
ごめんなさい。正直に言うとヨクワカリマセン。
「さすがのオウギも、紅茶の味はわからないんだね」
「はい。ごめんなさい」
「オウギの苦手を知ったところで、本題といこうかな」
「お伺いします」
兄上はもう一口紅茶を飲み、おもむろに話し始める。
「オウギに聞いてみたいのは、人材育成の方法なんだよね」
「人材育成ですか」
「うちは今、人材不足でね。
父上もやつれ気味だっただろう?」
たしかに、疲れが父上の顔に出ていた。
「今すぐ補充ってのも難しいだろうし、父上には申し訳ないが苦労してもらっている間に、人材を育てたいと思っているんだよね」
「誰を育成するんですか?」
「先の魔物の大量発生で、親を亡くした孤児が増えていてね。彼らに読み書き、計算を覚えてもらおうと考えている」
「それはこれからの話ですか?」
「すでに始めているよ。このゴウジにも教師としてお願いしたりね」
なるほど。ゴウジが人に教えるのが妙に慣れているのはそのせいだったか。
それにしても、孤児を集めて敎育しようなんて、転生者である俺がやるようなことだと思うんだが――え? 兄上まさかの転生者? にしてはそんな感じは無いけど。上手く隠しているのか、兄上の発想が柔軟なだけか。
兄上は水属性の魔力のようだし、属性による性格診断と無理矢理紐付けのなら、水属性だし柔軟な思考を持っているってのはありそうじゃね?
ところで、兄上はちゃんと考えての行動なのだろうか?
個人的には孤児に教育を施すことは悪いことではないと思うが、次期領主としては面倒だったりしないのだろうか?
育ててみたけれど持て余すから消す、みたいなことにならないよな?
「一応確認しておきたいのですが」
「うん」
「孤児に教育を施すのは良いことだと思いますが、その短所もちゃんと理解してのことでしょうか?」
「理解しているつもりだけど……オウギはどんな短所があると思っているんだい?」
「まず、子どもをもつ親から不満が出る可能性がありますよね。うちの子にもって親御さんたちが殺到するかもしれません」
この小さな町では、殺到と呼べるほど子どもがいないかもしれないが、希望者が増えれば手間も増えるのは間違いない。
「希望者には応えたいと思っているよ。人材は多いほどいいしね」
まあ、母数が大きいほうが、使い物になる人数も増えるとは思うが。
そういう事態は想定していても、具体的な対応策は無さそうな気配があるな。
まあ、とりあえず次にいくか。
「もう一つは……為政者って、基本的に人々に知識をもたせるのを嫌がるもんなんですよね」
「民はバカなほうが管理、統制しやすいってやつだね?」
身も蓋もない言い方だなあ。
「まあ、そうですね。
為政者が市井の人々に知識や力を持たせたくないのは、そういう理由でしょうね」
「そこはこっちが正しくしていればいいのかなって思っているし、民を管理、統制しようとなんて思っていないから、多くの人が学べるのは良いことだと思っているよ」
知識を得たことによって不正や搾取に気付いてしまう、という事態を防ぐだけであれば、そもそも不正や搾取をしなければ済むというのは、まあその通りではあるか。
「父上や兄上の方針がそうであるならば、その方が良いと僕も思います」
父上も兄上も、思っているよりもかなりまともな領地経営をしているらしい。
「では、実際にどんな感じで読み書き計算を教えているのか教えてください」




