交渉結果
「これはセージなど、薬草としてはありふれたものばかりですが、育ちと言いますか、質と言いますか、最高級のものだと思われます」
興奮気味にガイゼが結果を語る。
「そうか」
ガイゼと薬草を見る父上。
「それで、その薬草の価値は?」
「価値ですか。そうですね……これ全部で金貨一枚程出しても良いと思います」
金貨一枚!
と驚いてみたものの、金貨一枚を日本円に換算すると、千円なのか一万円なのか十万円なのか百万円なのかわからず気になるところだが、父上やゴウジ表情を見る限りけして安くはなさそうだ。
「これはどういう経緯でここに?」
ガイゼが父上に問う。
「ふむ」
俺を見ながら顎に手を当て何やら考えている様子の父上だったが、すぐに口を開いた。
「オウギが採集してきたものだ」
「え? オウギ様が……ですか?」
「そうだ」
採ってきました。かなり前ですが。
「では、これはどこかにお売りになられる?」
「どうするかは決めてないが。
――何か使い途があるのか?」
父上はガイゼの表情から、何かを汲み取ったようだ。
「はい。昨日の魔物狩りで深手を負った人間がおります。よろしければその治療に当てたいと存じます」
「わかった。ガイゼに任せる」
「ありがとうございます。では早速調合して治療してまいります」
ガイゼは薬草を手に、深々と頭を下げ部屋を出ていった。
「オウギ」
「はい」
「好きに外出する許可を出そう」
「ありがとうございます」
思っていたよりもあっさりと許可が下りた。
疲れている俺としてはありがたい限りだ。
「だが、なにもかも自由というわけにはいかない」
お家にお金入れるだけじゃダメすかー? まあ、お金ではなく何らかの利益だけど。
「まず、外でフオリの名を出さないこと」
「はい」
家名にキズを付けるなって話かな?
家名なんか出そうものなら、面倒が増えそうだし、出せと言われても出したくないんだが。
そもそも、フオリ家にオウギという四男坊がいることをどれくらい認知されているのだろうか?
名前を知っていたとして俺がそのオウギであることを知っている人なんて極わずかだろう。
名乗ろうものならフオリ家を騙る謎の子どもとして、余計面倒なことになる未来しか見えない。
「次に、お前が何らかの事件、事故に巻き込まれたとして、我が家としては一切手を出すことはない。
護衛などを付けることもないし、仮に誘拐されとして、救出に対価を払うようなことはしない」
俺には人員も金も出さないよということね。
「あとは、外泊するのであれば事前に報告すること。
食事の用意などで無駄にするわけにはいかんからな」
外泊は許してくれるんすね。
食事の用意云々は、さすがにそんなにみみっちい家ではないよな?
まあ、ガイゼの食事や調理が無駄になるのは申し訳ないし、そこはきちんと伝えるようにしよう。
ただ、帰れない事態って突発的に起こりそうだし、完全に守るのは難しい気がする。
「これは言うまでもない話だが、罪は犯すな。
他人から盗む、奪う、騙す。そんな真似はしてくれるなよ」
「はい」
他人と関わる機会が少なそうだが、こちらから手を出すようなことはしない。
相手から何かをしてきた場合の反撃はさせてもらうが。
「こんなところか――いや。もう一つ加えよう」
父上が一瞬、イタズラを思いついた子どもみたいな表情をした気がする。気のせいか?
「好き勝手歩き回るには、相応の体力や魔物と対峙する力が必要だ。
そのための指導、訓練をハーティックから受けろ」
ハーティックというのは、この領内の警備、治安維持の為に部隊を率いて、魔物や盗賊などの犯罪者と戦っている人間、とオウギ君の記憶に残っている。
「ハーティック直々に、ですか?」
ゴウジが父上に訊ねる。
ゴウジの表情から父上が、かなりの無茶を言っているのがわかった。
「あいつは常に忙しく飛び回っているからな。軽めの役割を与えて束の間でも休養してもらう」
「休養になるでしょうか?」
「ならんかったらそれはそれだ」
ハーティックを休ませるために俺を出汁にしたということなのかな?
父上が一瞬見せた、いたずら小僧みたいな顔は、ハーティックを強制的に休ませる策ゆえか、俺をしごく策ゆえか。
そんな風に父上の思惑について考えていると、トントントントンとノックする音が部屋に響いた。
「父上、よろしいでしょうか?」
「マウトか。ゴウジ、開けてくれ」
「かしこまりました」
我が兄上――長兄であるマウトがやってきたようだ。
「失礼します」
「マウト、何かあったか?」
「いえ、ガイゼが慌ただしく動いていたので、何かあったのかと気になりまして」
おそらく二十歳を超えていると思われる、柔和な顔つきの兄上。
魔力は青か。
「そうか。その件とここにオウギがいる理由は後で説明するとして」
父上の言葉で、兄上は俺がここにいることに気付いたようだ。
なんでここに末弟が? という顔の兄上と目が合った。
「オウギ」
驚いている兄上は置いといて、父上は話を進める。
「はい」
「お前の見てきたもの、知っていること、手段を問い質すようなことはしない。
お前がどこで薬草を見付けたのか、どうやって見分けたのか、いつ採集したのか、どうやって保存していたのかなどな」
父上、薬草が今日拾ってきたものではないと気付いていたのか。やるなあ。
「ゆえに罪を犯すなという話だ」
秘密には触れないから、悪いことはするなよ、と。
「それと、我が家に持ち込むものだが――私だけではなく、ここにいるマウトでも認めよう」
「え?」
突然名前を出されて兄上が戸惑っている。
何の話をしているのか、何を自分に振られているのかさっぱりわかっていないのだろう。
「どうせいつかはこの家の当主だ。この家の利益には違いない」
今後の兄上の基盤作りの役に立つものでもいいということか。
「今回はこれで以上だ」
父上は、この先は次期当主と話し合うから出て行けという雰囲気を出して締めた。
「わかりました。失礼します」
二人の息子と話を終え、オウギの父――シヨムは大きく息を吐いた。
執務机に向かって座るシヨムは、傍らに立つゴウジに向かって言う。
「一体何を教えたらああなるんだ?」
「ご冗談をおっしゃいますな。私には知らないことを教えることなどできませぬ」
「では『フアン冒険記』そのものだと?」
「旦那様が見て聞いたことが全てでございます」
「あれが『フアン冒険記』症候群でないことはわかるが」
『フアン冒険記』症候群。それは、ある日突然、別人格に目覚めたや、神の啓示を得たなどと言い出し、言動や行動をがらっと変える人間を揶揄する言葉。本人が自称するだけで、知識や知見が広がったわけではないので、そのうち自壊する。
そんな奴らとは違い、オウギはホンモノだろうとシヨムは考える。
「ところで旦那様、僭越ながらお伺いいたしますが、何故未達成時について何もおっしゃらなかったのでしょうか?」
「そこに罰を用意しても無意味だろう?」
「無意味、ですか?」
「詳しくは知らぬし想像すらできないが、『フアン』と同じような存在だとすれば、達成する方法はいくらでも持っているだろう。
であれば、何も用意してこなければ、それは用意するつもりが無い時だ。わざとそうするのであれば、そこにどんな罰を設けておいたところでなんとでもできるということだ」
ゴウジは静かに頷く。
「それにどんな罰を設ければいい?
一生監禁生活をさせようにも、勝手に抜け出していくだけだろうし、追放したところで喜んで出ていくだけだろう。
そもそもアレは追い出されたところでなんとでもなるから好きに処遇を決めてくれ、後は自由だとでも言いたげな眼をしていた。
本人が利益を持ってくるというのであれば、我が家にとっての得は好き勝手やらせることだと判断したまでだ」
「それでは、私は失礼します」
しばらくやり取りを続けていたゴウジが、そう言って部屋を出ていく。
一人になったシヨムは、再び深く息を吐く。
シヨムの脳裏に浮かぶのは、自らを見つめるオウギの眼。
(あの眼には勝てねえなあ)
――「ホワネと私、両方妻にしたらいいじゃない! シヨムなら私たち二人を幸せにできるでしょ!」
――「私だってあなたとの子が欲しい! 大丈夫! 今の私なら出産には余裕で耐えられる自信があるわ!」
かつてそんな風にシヨムに迫ったオウギの母――ハミャの真っ直ぐな眼を思い出す。
(『フアン冒険記』の話があろうと無かろうと、あの眼に負けてオウギの自由にさせていたかもしれん)
「はあ」
何度目になるかわからない深い息を吐いたシヨムの口元は、本人も気付かないくらいにほんの少し緩んでいた。




