森の奥の村
リアサに引っ張られながら、木々の間を駆け抜ける。
我が家の周りとゲム山の向こう側は、生えている植物や木にあまり違いが無かったのだが、こっち側に生えているのはこれまでに見ていないものが多くあるように見える。
植物に詳しい訳では無いので、どんな理由なのかわからないが、植生は別物のようだ。
森の中を引っ張られて――というより引きずられて――しばらくすると視界が開ける。
山の中だけあって完全に平坦ではないものの、傾斜が穏かで木は伐られたのか生えていない。
木の代わりといってはなんだが、掘っ立て小屋といった風情の建物がいくつかあり、人が生活していそうな雰囲気は見える。
あくまで雰囲気なのは、人影が一つも見えないからだ。
おそらく村の中心地でリアサが止まり、繋いでいた手を離す。
「ここ?」
「ん」
「みんな家の中かな?」
「たぶん」
みんなというのは、村の中の多数みたいな感じで思っていたが、この様子だとここで暮らす全員が苦しんでいる可能性もある。
とにかく、みんなを治すために来たわけだが、どこからどう手を付けたものか。
うーん……。
「えっと、まずはリアサのご家族から、かな?」
この後の展開がどう転ぶかわからないが、リアサを通して話をつけるのが楽だろうという魂胆だ。
リアサのご家族であれば、他の人より話も通しやすいだろう。
「わかった」
「ご家族も苦しんでる?」
「ん」
辛そうに肯定するリアサに案内されたのは、この村の建物の中でも、一番しっかりとしているように見える家の前。
あくまでこの村の中でというだけで、掘っ立て小屋は掘っ立て小屋だ。
一旦リアサが家に入っていくのを見送る。
人様の家に勝手に上がり込むわけにはいかないしね。
家に入ったと思ったらすぐ出てくるリアサ。
「来て」
「先にリアサから伝えてくれてからの方が良いかなって」
「いい。来て」
リアサが俺の手を取りずんずん進んでいく。
「ただいま」
「おじゃましまーす」
とりあえず小声で言ってみる。
「お父、お母、治せる人、連れてきた」
リアサが声を掛けている方を見る。
藁で作られた粗末な寝具の上には、体は一般的な人間と変わらないように見えるが、丸い耳が頭の上部にあり、毛むくじゃらのまるでクマのような顔をしていた三人――大人二人、子供一人――が横になっていた。
おそらく、クマの獣人なのだろう。となると、見えていないだけで尻尾があるのかもしれない。
この世界には獣人が存在するのか。初めて知った。
彼らはクマの獣人だと思われるが、狼や虎の獣人も存在するのだろうか。
さらには獣人が存在するのであれば、エルフやドワーフと呼ばれる人たちも存在するのかもしれない。
ところで、リアサは彼らをお父、お母と呼んでいたが、リアサは見た目普通の人間だ。
床に伏せっている三人のように、耳が違うなどの獣人のような特徴は今のところ見当たらない。
だからといって、リアサと彼らの血が繋がっていないと考えるのは早計だろう。
獣人の遺伝が、獣寄りだったり人間寄りだったりと、固体差があるという可能性もあるし。
まあ、リアサと彼らに血の繋がりがあろうとなかろうと、初めて会ったばかりの俺が立ち入ることでも気にすることでもなんでも無いか。
少なくとも、リアサが彼らを想って行動しているのは間違い無い。
俺はそんなリアサに力を貸そう。
さて、床に伏せている彼らだが、顔色――は俺には判別できないが、呼吸などから辛そうに見える。
気になって彼らの身体に流れる魔力を視ると、弱々しく視えた。
ちなみにリアサは最初に視た時は意識を失っていたせいかここまででは無かったが、今はとても力強い魔力が流れており、これがリアサが無茶苦茶な行動をできた理由であり、異常な回復力の理由でもありそうだ。
「お父」
上半身を起こしたクマの獣人に声を掛けたリアサ。
「リアサ、そいつは、人間か?」
お父と呼ばれた獣人は、辛そうに呼吸しながらも俺を見据えて言う。
「ん」
「何故、人間を、連れてきた?」
「オウギは、みんなを治せる」
まだ治せると決まったわけではないので、あまり決めつけないで欲しいなあ。
「信用、ならねえ」
実際それはそう。
どこの誰かわからん人間を簡単に信用するものでは無い。
ただ、お父のニュアンスからすると、知らない誰かを信用できないというより、「人間」というものを信用できないと言っているような気もする。
もしそうだとすると、ここはそんな「人間不信」の獣人たちが「人間」から隠れて暮らしている場所なのかもしれない。
「ソイツは、どこから、来た?」
「向こう側」
リアサは俺らが来た方を指さす。
「向こうに行った――げほっ」
お父がそう声を荒げたところで、咳き込んだ。
「お父」
リアサが近寄り背中をさする。
「オウギ」
そして、縋るような目で俺を見る。
見てみなければ治せるかわからないと考えていたが、正直見てもわからない。
であればやれることをやるしかない。
「準備してくる」
とリアサに告げ、一旦外へ出る。
水に「治癒」「回復」「浄化」を全力で『特性付与』する。
それを、直径三十センチメートル、深さ五十センチメートルくらいで【クラフト】した、木桶に注いでインベントリから取り出す。
ついでに竹製のコップも二つ用意してから、木桶を抱えるようにして持ちながら戻る。
これで飲むための準備もばっちりだ。飲んでもらえるかはわからないが。
ちなみに、習得してすぐはやらなかったが、「浄化」を『特性付与』した水は、タイミングを見て一度試した時に何の異常も起こらなかったので、飲んでも大丈夫なはずだ。
しかしこれ、かなり重いな。ちゃんとした取手を付けて作るべきだったか。
魔力で筋力を補助――魔術を駆使して歩く。
リアサたちの前で木桶を床に置き、中の水をコップですくう。
「絶対に治るとは保証できないけど、これを飲めば良くなるはずです」
曖昧な物言いしかできないが、これで治らなければ俺には他に手段は無いので、納得してもらうしかない。
「とりあえず俺が飲んで安全なことは証明します」
お父に睨まれながら、コップを口につけようとしたところ、リアサにコップを奪い取られる。
「おい、リアサ」
止めようとするお父を無視して、リアサはコップに口をつけ、中身を空にした。
「お父。お願い。飲んで」
「いや、リアサ。俺には、信用、できない」
首を振るお父。
すると、俺が外に出ている間に身体を起こしていたお母がリアサの隣にやってきて言う。
「リアサ、この人間を、信用、できる理由は?」
お母もお父と同じく、呼吸が苦しそうだ。
「リアサを助けてくれた。
あと……匂い」
「そうかい」
リアサの答えに満足そうに頷いたお母は、リアサからコップをもらい、木桶の水をすくって飲んでみせた。
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