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リアサ

「谷の向こう側からどうやって?」


 目の前の女の子――リアサは、幅二十メートルはあろうかという谷の向こうから来たという。


「走って、跳んだ」


 どのくらいの高さから跳んだのかまではわからないが、幅二十メートル――を越えて木に当たるところまで、しかも谷を斜めに横切っているはずだから、少なくとも二十五メートル――を走って跳んでくるなんて、人間離れし過ぎている。


 跳ぶのに相当な速度が必要なのに加え、自由落下分の加速もあることを考えると、めちゃくちゃな衝撃を身体に受けたはずだ。


 この世界には魔力があり、「魔術」という身体能力強化方法があるとはいえ、簡単にできることでは無いだろう。


 ――ってことは、リアサは俺を警戒して行動していたが、本来警戒するべきは逆で、俺がリアサに最大限の警戒をしなければならないのではないだろうか?


 女の子が上から降ってくるというシチュエーションに浮かれて、油断しすぎたかもしれない。


 リアサのこの感じでは、警戒の必要は無さそうではあるが、万が一直接的な戦闘になったら勝ち目は無いだろう。


「かなり距離があると思うんだけど……すごいんだね」


「ん」


 誇らしげに胸を張るリアサ。


 言葉数も少ないし、表情もあまり変化がないが、そういうタイプの子なのだろう。


「ん?」


 立ち上がって胸を張ったことで、何か違和感があったのか、自身の体をペタペタと触って確かめるリアサ。


「大丈夫? 何かあった?」


「無い」


「何が無い?」


「痛み」


 どうやら治療の効果が出たようだ。


 早すぎる気はするが、リアサ自身の驚異的な回復力と強ポーション(仮)の効果がかみ合ったのだろう。


「すごい」


 そう言うとリアサは再び服をたくし上げる。


 俺も再び目をそらす。


「見て」


「いや見てって言われても、さすがにめくり上げ過ぎじゃ」


 顔を背けたが、リアサは服を脱ぎ捨てる勢いで、上半身のほとんどをさらけ出していた。


「いいから」


「いや俺がよくない」


「じゃあ、これで」


 リアサが服の裾を下ろした――と思われるので、彼女に視線を戻す。


 リアサのおへそは丸出しのままだが、隣りにあったキズはきれいさっぱり消えていた。


「そっちの痛みはどう?」


 そう訊きながら、先程リアサが痛みを訴えていたみぞおちの辺りを指さす。


「無い」


「ちょっと早すぎるけど、治ったみたいで良かった」


「すごい」


 リアサはずっと無表情に見えるが、目がキラキラと輝いているような気もする。


 とはいえ、凄いのは俺ではなく、俺にこの『特性』をくれたレイちゃんだろう。


「ありがとう」


 リアサがペコリと頭を下げる。


「どういたしまして」


「オウギは、お医者さん?」


「医者ではないかなあ」


「オウギなら、みんなを治せる?」


「うん?」


 みんな? を治してほしい?


 それだけで全てを察することはできないが、おそらくそれが谷を越えて跳んできた理由なのだろう。


 さすがに日常的にこんな方法で谷を越えているわけではないだろうし、緊急事態だったということだと思われる。


「みんなってのは誰? 何人(なんにん)?」


「村のみんな。三十人くらい」


 三十人ならなんとかなるか?


「治すっていうのは、ケガ? 病気?」


 呪いの類という可能性もあるか。


「ケガじゃない」


「じゃあ病気なのかな?」


 三十人が村人全てかはわからないが、大きくない村での流行り病だろうか。


「苦しんでて動けない」


 ここにトンネルの出入り口を開通させたタイミングで、治療を求める女の子が飛び込んで来るというのは、なんというか出来過ぎている感が強い。


 やってみなければわからないが、治せる可能性が俺にはあるわけだし。


 ご都合主義ここに極まれり、とでも言えばいいのだろうか、神や上位存在のような何者かの手のひらの上で転がされているような感覚がある。


 俺をこの世界に転生させた、あの神さまの仕業だろうか。


 もしそうだとするならば、レイちゃんと出会い『特性』や『属性』を習得したことも、全て神さまのシナリオ通りなのだろうか。


 そんな風に思考に没頭していると、不意に俺の手が温かい感触に包まれる。


「え?」

 

 リアサが俺の手を取って目の前にいた。


「オウギ。お願い」


 リアサが頭を下げて言う。


「助けて、ください」

 みんなが苦しんでいてろくに動けない今、あたしが動くしかない。


 谷の向こうの山を下った先に人々が暮らす町があって、そこには薬に詳しい信頼を置ける人間が居ると聞いたことがある。


 この村のみんなは人間を良く思っていないけれど、この緊急事態にそんなこと構っていられない。


 本当に居るのかなんてわからないけれど、行ってみなければ居るか居ないかもわからない。


 問題は谷を越えなければいけないこと。


 でも、あたしが本気で走って跳べば、谷も越えられるはず。



 

 ――――はっ。


 たしか木にぶつかって……。


「っ!?」


 男の子? なんで? 誰? どういうこと?


「ううっ」


 脇腹のあたりに強い痛みを感じる。


 木にぶつかった衝撃でダメージを負ってしまったようだ。


 それにしても、両手を挙げて敵対の意思がないと言うこの男の子は何者なのだろうか?




 ――――オウギと名乗る目の前の男の子が、ケガを治してくれた。


 オウギは、あたしと変わらないくらいの年齢だろうか。


 初めて会う人間を信用していいのかわからなかったが、オウギの匂いを嗅いだ時、とても懐かしい気分とともに、あたしの全身がこの子は大丈夫、信頼していいと訴えてきたので、その感覚を信じることにした。


 あと、あたしのキズを治そうとしている時の真剣な表情も、うまく言えないけど、なんか、良い感じがしたしね。


 何よりケガを治してくれた。


 キズ痕も痛みも全て消えている。


 オウギなら、村のみんなも治してくれるはずだ。


 治してくれる代わりにオウギにあげられる物なんて、うちの村には何も無いかもしれないけれど、あたしにできることなら何だってしようと決めた。

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