情報収集
「オウギ様。お食事のお時間ですが、起きられますか?」
「んん?」
使用人のカセツに声をかけられ、目を開く。
やはりどうやら、あの【クラフト】検証で、魔力枯渇状態に陥り、意識を失くしていたようだ。
「ああ。うん」
「顔色がすぐれないご様子ですが……」
「えっと、まあ大丈夫? と思います。心配してくれてありがとう」
「いえ。では、失礼いたします」
使用人のカセツは、そう言って一礼すると、部屋を出ていく。
使用人に対してにしては丁寧な口調で話したが、オウギ君がもともとこんな感じだったようで、日本人気質全開な俺としても、偉ぶる必要がなくて助かっている。
それにしても、二人いる使用人どちらも、この俺――というかオウギ君――に対して、よそよそしいというか、腫れ物を扱うような感じで、主従の関係というだけでは表せないくらいに、慎重に接しているようだ。
そして、それは父親や母親との間にもありそう――むしろ、両親との距離感がおかしいので、それに使用人も倣っているという感じだろうか。
蔑ろにされているわけではなさそうだけど、子に対する愛情という意味では全然足りていないように思える。
四十年近く生きてきた俺には、今更そんなものは無くても構わないが、オウギ君はかなりの寂しさを抱いていたようだ。
まあ、そのへんの親子の事情は追々理解していくことにしよう。
まずは気怠い身体を起こして、食事をとることにする。
おそらく一時的に魔力が空になった影響で、身体が重い。
と、同時にめちゃくちゃお腹が空いた。
空腹も魔力枯渇の影響だとしたら、魔力はどうやって生成されているのだろうか?
体内で何らかの栄養素を魔力に変換するのか、食品に含まれている魔力――あるいは魔素?――をどこかに溜めているのか。
何かを魔力に変換しているのだとしたら、溜め込んでいるのだとしたら、それはどの臓器、どの器官なのか。
次々と新たな疑問が湧いて出てくる。
が、その答えに繋がるような材料――資料は現状殆ど無い。
よくわからんけど、魔力を使うとお腹が減るっぽい、という理解でいいだろう。
とにかく空腹を満たすため、用意された食事に口をつける。
しかし、もともと病弱なオウギ君のために用意された食事である。端的に言って量が少ない。
今後、魔力を使う機会が増えること請け合いなので、なんとか頼んで食事の量を増やしてもらわねば。
そんなことを考えながら栄養補給を始める。
無心で食事を進める――というわけではなく、気になっている検証結果を確認するためにインベントリを開く。
インベントリの中には、一つに戻ったパンが入っていた。
意識を失ってしまっていたが、【クラフト】そのものは成功していたようだ。
用意された食事を食べ終え、インベントリからパンを取り出す。
正直これも胃の中に収めてしまいたいくらいだが、現状貴重な【クラフト】のための実験素材である、ぐっとこらえる。
けして美味しいわけではないが、今なら確実に美味しくいただけるであろうパンをまじまじと観察する。
二つに分けた跡はどこにもなく、どこからどう見てもこの形で作られたパンにしか見えない。
ちぎらない程度に力を入れてみるが、きっちりと一体化している。
どういう理屈で元通りにくっついているのだろうか?
一度原材料に戻して、再生成されているとか? しかし、それだと失われた水分とかはどこから補充しているのかとか、どうやって焼き直しているのかとか、不明な点が多く出てくる。
だが、単に結合し直しているとしても、魔力を消費して【クラフト】スキルが発動している、としか考えられず、それなら足りない水分も、焼き直す工程も、魔力でなんとかしてしまっていると考えることもできる。
現段階での結論は、よくわからないけどなんかくっつく。という、起きたことをなぞるだけのものにしかならないだろう。
正直なところ、【クラフト】が物理法則に従って発動しているより、魔力による法則を超越したトンデモ現象であるほうが、個人的にはありがたい。
学校での勉強による知識というものには、あまり自信がない。
ハーバー・なんちゃら法なんて、異世界ファンタジーモノを読んで初めて知ったくらいだ。
物理法則の上に成り立っているとしたら、このスキルを使いこなすためには、様々な知識があった方がいいはずだが、いかんせん俺の脳内にはソレが足りなさすぎる。
なので、魔力とスキルの練度とイメージ次第で、何でもできるようなものの方が助かるというわけだ。
ということで、この【クラフト】スキルの生みの神さまが、物理激弱の人物――というか神さまであることを願う。
まあなんだかんだ言っても結局、一つ一つ考えて試していくしかないのだろうけど。
そんなふうに手の中のパンをしげしげと見ながら思案していると、扉を叩くノックの音が響いてきた。
「オウギ様、チヨゼでございます。食器をお下げしてもよろしいでしょうか?」
手に持っていたパンをインベントリにしまいつつ返事をする。
「はい。どうぞー」
今日の配膳はカセツだったが、下げ膳はもう一人の使用人――チヨゼが担当するようだ。
「ごちそうさまでした」
部屋に入ってきたチヨゼが、食器を持ち上げたあたりで話しかける。
「あの、お願いがあるんですけど」
「はい。如何なさいましたか?」
「少し食事の量が物足りなくて、余裕があるなら、増やしてもらえると嬉しいんですが」
「かしこまりました」
「ありがとう」
「では、失礼します」
一礼して部屋を出るチヨゼを見送って、俺はベッドに向かう。
ついさっきまでベッドに横になっていて、夕飯を食べてまたすぐベッドに、なんて、元の世界の暮らしからすれば、贅沢にも程がある時間の使い方に思えるが、どうせまた魔力枯渇状態になるだけという話である。
そうでなくても、夜になれば真っ暗で何もできない。
灯りになるような物など、この部屋には無いし、魔法を使って明かりを確保することも俺にはできない。
いや、暗闇の中に引きずり込まれる前に、トイレだけで済ませておくか。
トイレといっても、離れの一角にある地面に穴を掘っただけのものでしかないので、スキルを使いこなせるようになったら、異世界転生の定番でもあるし、トイレとかお風呂とか、水回りを積極的に整備していきたい所存だ。
まあ、俺はシャワーで済ませる派だったから、何が何でもお風呂って訳では無いが、気軽にお湯で身体を洗い流せるようにはしておきたい。
トイレを済ませた後、ベッドに潜り込み、本日二度目となるパンの加工に取り掛かる。
今回は小麦粉に戻せるのかを検証してみる。
まずは小さめにちぎり取る。
手でやったほうが早いし楽だが、当然【クラフト】を使う。
それによって【クラフト】の練度が上がったり、魔力を消費することで魔力量が増える、みたいな効果があるかもしれないし。いや、きっとある。あってくれ!
そんなことを願いながら、ちぎったパンを小麦粉に戻るようイメージして【クラフト】を発動させる。
「んーーーー?」
――未来予告
――ソレはひらひらと軽やかに飛び回っている。
――その様子を眺めていると、不意に目が合う。
――ソレはこちらを指さすと、満面の笑みでこちらに向けた。