スキル検証
スキルに関しては、ここまで小さな検証すらしてこなかった。
なにかしら行動する気になれなかったというのが第一の理由ではあるが、スキルに関する取扱説明書や、チュートリアルなどは無かったため、何がどうなるのか一切不明で、不測の事態に陥ることを避けていたというのもあった。
さて、【クラフト】スキルで、実際に何ができるのだろうか?
【クラフト】というくらいなので、何かを作ったり組み合わせたりするものだとは思うが、何をどう組み合わせられるのだろうか? どこでどう組み合わせるのか?
仮に、部屋の中にある物で何かを【クラフト】できたとして、部屋の中にあった何かが突然変化していれば、怪しいことこの上ない状況なので、それによって変に気にかけられることは避けたい。
もしくは【クラフト】で、無から何かを生み出せる可能性もある。
これまで部屋の中に存在していなかった何かが、突然置いてあったら、やはりそれも訝しまれるだろうし避けたい。
【クラフト】に必要な工具や器具が出てくるなんてこともあり得る。
つまり、使用人の五十代から六十代のお姉様――カセツという名前らしい――が、俺の朝食後の食器を下げていったここからの時間を、有意義に活用する必要がある。
「うーん……」
何から手を付けたものか。
「あ。そういえば」
スキル検証は始まったばかりで何もしていないが、ふと異世界転生の定番を思い出した。
気になったら放置はできない性質なので、そっちをたしかめてみる。
「ス、ステータス……オープン?」
ステータスが見えるというのは、ファンタジー世界の一つの定番だろう。
ゲームに近いような世界であればなおさらだ。
しかし――――――――――うん。何も起きない。
それにしても、誰も見ていないはずなのに、とても気恥ずかしい。
ステータスと口に出したことなのか、ステータスが見れるんじゃないかと期待したことなのか、全く別の理由なのかはわからないが、恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じる。
だが、こんなことで恥ずかしがっている場合ではない。
少なくとも現状では、ステータスを見ることができないとわかったところでスキル検証に戻ろう。
「クラフト」
恥ずかしさはあったものの、こちらも口に出してみたが、やはり何も起こらなさそう。
「クラフトテーブル。作業台。クラフトハンマー」
思い付くままに声に出してみたが、何も起こらない。
何かが出てくるというものではないのかもしれない。
「んじゃあ次は――っと」
俺は、隠しておいた朝食に出てきたパンを取り出す。
何かを素材に【クラフト】が発動するのであれば、食べ物でもできるんじゃないだろうか? という考えのもと、パンを隠し持っておいたのだ。
食べ物であればおかしなことが起きたとして、胃の中に収めてしまえばいい。
――食べられないような状態にならないことだけを願おう。
手に持ってパンをにらむ。
「増やす。温める。冷やす。切る。割る――」
何も起こらない。
「ならいっそ――しまう」
パンを収納するイメージを浮かべたと同時に、手の中にあったパンが消える。
「んおあ!?」
めちゃくちゃ変な声を出してしまった。
しかし、そんなことを気にしている場合ではない。
消えたパンの行く方を追う。
こういう時の定番といえば、インベントリやアイテムボックスのようなものの類だろう。
「インベントリ」
脳内にインベントリ画面と思われる映像が浮かぶ。
ここでインベントリに収納した物を見ることができるようだ――ってインベントリ!?
インベントリといえば、異世界転生の定番であり、チート級の能力じゃねえか!?
入れられる容量は? 最大サイズは? 入れた物の時間経過は? 対価やデメリットはあるのか?
さすがにこれはテンションが上がってしまう。
これはもう【クラフト】だと思ったら【インベントリ】だった件について。だ。
いやそうではないのか。
インベントリに入れた物で【クラフト】ができるということなのか。
インベントリが【クラフト】の副産物でしかないということなんだろうが、副産物にしては価値が高すぎるだろこれは。
はしゃぐ気持ちを抑えつつ、インベントリに取り込んだパンにフォーカスを合わせる。
〈黒パン〉食用可。
え? もしかしてこれ、鑑定みたいな能力まで付いてるのか?
さすがに神さま、これはやり過ぎじゃないのか?
いや、このパンが食べられるのは当然理解しているし、俺の知っている情報が書かれているだけかもしれない。
検証したい事象が増えていくが、とにかく今ここでやれることから確かめていこう。
まずは収納したパンを取り出そうと意識する。
すると、手の上にパンが戻ってきた。
収納するイメージ、インベントリを開くイメージ、取り出すイメージと何度か繰り返してみる。
どうやら収納、取り出しはノーコストでできるっぽい。もっと大きな物であっても同じかはわからないが。
というか、わざわざ声に出さなくても使えるんだなこれ。
ステータスだのクラフトだのインベントリだの、わざわざ発音しなくても良かったんだな。そう思うと、発声していたという事実が、余計に恥ずかしくなってくる。
すーはー――よし。切り替え、切り替え。
とにかく今できそうな事――インベントリの中にあるパンに働きかけてみよう。
さてどうしよう。何か具材があれば、パンで挟むとか試してみるんだが、パンしかない。
「うーん。半分に割ってみるか」
インベントリの中にあるパンに意識を向け、二つに割るイメージを浮かべる。
「お」
体内から何か――おそらく魔力――が抜けていったのを感じて、インベントリの中を見ると、パンが二つに分けられていた。
なるほど。やはりインベントリに入れて加工するというのが、【クラフト】の基本的な使い方のようだ。
そして、【クラフト】使用の対価として、魔力が消費されると。
まあ、さすがにパンを千切るだけなら、手で普通にできるので、魔力を消費してやるのでは損だろうが、これを粉々にしたり、小麦粉に戻したり、分けた物を一つにくっつけたりのような、普通にはできないこともできるのであれば、魔力を消費して行う価値もあるだろう。
どんな加工に、どれだけ魔力を消費するのか、あるいは一定なのか、俺の魔力でどれくらいの回数使用可能なのか、などの検証事項がさらに増えてしまったが、手探りで能力を把握していく作業というのも楽しそうだ。
早速、二つに分けたパンでさらなる検証をしようと思ったところで、一つの懸念が浮かんできた。
それは、パンを二つに分けるという、何でもない工程に於ける魔力消費では特に問題は起きなかったが、もっと魔力を消費していって、いわゆる魔力枯渇状態に陥った時に、俺がどうなってしまうのか? ということだ。
この身体の元の持ち主、オウギ君の記憶にも、魔力枯渇状態がどういうものなのかというのは無い。
俺は今、この部屋に設置された椅子に腰掛け、テーブルに向かって独り言をぶつぶつ呟きながらスキルの検証作業を行っているが、この状態で身動きが取れなくなったり、意識を失うようなことになるのはよろしくない。
椅子から転げ落ちて、床で寝てるなんてことは避けたい。
ということで、ベッドで横になりながら続きの検証を行うことにする。
インベントリを開き、二つに分けたパンを一つに戻すという、物理的に考えるとかなり無茶苦茶なイメージを意識する。
その瞬間、全身から魔力が一気に抜けていった。