現状把握
異世界に転生してから一週間ほどが経過した。
正直に言うと、その間、めそめそくよくよぐずぐずなよなよとした生活を、だらだらと過ごし続けた。
せっかく転生して、スキルまでもらって、何を無為に過ごしているんだと言われそうな話だし、自分自身に対してそう思ってすらいるが、必要な時間だったと割り切ることにする。
今までの生活が当然奪われたことへの喪失感や、ろくに親孝行しなかったという後悔や、今後異世界で生きていくという不安から、なんらかの行動を起こすという気力がわかなかったのだから。
さらに言い訳を重ねるみたいなことになるが、俺が転生した先の身体の持ち主だった人物、ここにも気力を失わせる理由があった。
王都から離れた僻地である、この「バテー」という地において、おそらく領主を務めている「フオリ家」の四男、小学生低学年くらいの年齢と思われる「オウギ・フオリ」として俺は転生した。
この情報は、この身体――脳に記憶されていたものが、俺の知識と混ざり合ったことで理解したものだ。
曖昧なものは、オウギ君が曖昧にしか理解していなかったからである。
それにしても、「鹿仏宣守」が「オウギ・フオリ」に――「センス」が「オウギ」に転生するなんて、冗談みたいな話だ。
さて、このオウギ君の意識はどこへ行ったのか。
簡潔に言えば、オウギ君は死んだ。
元々病弱で、寝たきりに近い生活を送っていたオウギ君は、俺が転生するその日、誰にも気づかれることなくひっそりと亡くなった。
もしかすると、俺がオウギ君の身体に転生したことで、亡くなってしまったのかもしれないし、俺が知らないだけで、オウギ君が亡くなるまでずっと待たされていて、オウギ君が亡くなったことで俺の転生が果たされたという可能性もあるかもしれない。
いずれにせよ、俺自身が死んだという事実を引きずり、転生した先のオウギ君の身体も、自身の死という記憶を刻まれてしまっていた。
二人分の死を背負っているのだから、多少のグズりは見逃してほしいところではある。
いい歳してグズるなって話ではあるが。
さて、そんな一週間を過ごしたわけだが、それによってわかったこともある。
この世界に魔法が存在するのは確かなようだが、どうやらオウギ君は魔法が使えなかったようだ。
病弱であり、魔法も使えない。そんなオウギ君は、父である領主様が暮らす舘の離れで、殆ど人と会うことの無い生活をしていた。
ここに来るのは、朝食や夕食を持ってきたり下げたり――日によってはついでにシーツを替えたり――する、転生前の俺より年上のお姉様な使用人二人と、この一週間で一度だけあった――オウギ君の記憶でもその頻度だ――文字の読み書きなどを教えにきた、ダンディなおじいちゃん執事の三人。
それだけだった。
でかいお屋敷の中には、父親も母親も一番上の兄もいるはずなのに、未だに顔を合わせていない。
一桁年齢の子どもに対して、育児放棄も甚だしく、オウギ君も寂しさを覚えていたようだが、病弱で魔法も使えないということで、諦念していたようでもある。
しかし、オウギ君の記憶を転生してきた俺から見ると、見捨てるとは違う何か――複雑な感情を両親から見てとれる気もするが、直接会ってもいない相手のことなどはわかりようもないので、置いておくとする。
俺にしてみたら、ここで重要なのは、執事がやって来る日を除けば、使用人がやってくる朝と夕方以外は、何をしていても誰にも見られなさそうということだ。
神さまからもらった、【クラフト】というスキルがどういうものなのか、調べ、検証するのに、誰にも見られないというのはとても大事だ。
めちゃくちゃ高性能スキルだった場合に、見られたら厄介な事態になるかもしれないし、こっそりと検証できる環境を有効活用していくべきだろう。
実は、やる気の無い引きこもり生活の中でも、いくつかの検証は行っていた。
まずは魔法。
オウギ君の記憶にある手順を踏んで、魔法を使ってみようとしたが、何度やっても発動することはなかった。
魔力のようなものは、体内に感じるので、この身体に魔法を使えない理由があるのかもしれない。
ただ、身体に理由を求めるとすると、一つおかしなことがあった。
この身体の健康状態だ。
紫外線とは無縁な肌、殆ど筋肉の付いていない腕や脚など、ずっと寝たきりのような生活をしていた影響が色濃く残るが、病弱という点は解消されているように感じるのだ。
オウギ君は、年がら年中全身の気怠さを感じ、よく咳込んでいたようなのだが、それが全く無い。
病弱だったのが体質によるものであれば、それが改善されたと思しき今、魔法だって使えるようになっていてもおかしくない気がする。
魔法を使えない理由が身体にあって、体質が弱い理由が魂(?) にあったと考えるくらいしかないかもしれない。
もしくはそのうち魔法も使えるようになるとか……?
そういえば、転生者特典なるもので、『健康な体』的なものを貰ったという可能性もあるか。
まあ、そのへんは考えても答えなど出なさそうなので、体質は改善されたが魔法は使えないまま、という現状だけ把握しておけばいいだろう。
使用人のお姉様と話したり、執事じいやの授業を受けてわかったのは、この国の言葉や文字が日本語だということだ。
転生者特典のようなもので、自動で通訳してくれているという可能性もなくはないが、おそらくそういう機能が発動しているわけではなく、本当に皆、日本語で会話をし、日本語で書き記しているように思える。
文字はひらがな、カタカナ、漢字が使われ、時にはアルファベットも使用されている。
つまり、「コスト」や「プライド」のような外来語も存在するし、「Aランク」や「Sランク」のような表記も存在している。
しかし、オウギ君の記憶や、今読める書物から読み取れる情報では、英語などの外国語を使う国や人は確認できていない。
オウギ君が知らないのか、そもそもこの世界には存在していないのかはわからない。
俺としては、この世界の創造神がいて、そいつが日本人で、言語として日本語を設定しただけなんじゃないかと踏んでいる。
もしかすると、この世界は俺の知らないゲームの中なのかもしれないし、創造神の趣味で生み出された、ゲームのような世界なのかもしれない。
少なくとも、言葉が通じないとか、文字が読めないということで苦労することが無さそうで良かった。
「さて、と」
俺はベッドの上で上体を起こす。
次は授かったスキル、【クラフト】とやらの検証だな。
――未来予告
――ガヴィは、人間の中では最強クラスの戦闘力を有していると自認している。
――そして、その認識は間違っていなかった。
――彼自身の特殊な体質が、彼の肉体を強靱なものへと変化させ、強大な戦闘力を獲得した。
――ガヴィは、その強さゆえ、周囲に対する警戒、索敵といった類のことを一切しなかった。
――不意打ちを歓迎し、その全てを返り討ちにしてきた。
――油断もするし、慢心もする。それでも強さで押し通す。
――ガヴィはそういう人間なのだ。