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九話 勇ましき者


 私は、平気な顔を作れていただろうか。


 アンシャン侯爵家別邸の改築。

 共同事業の話を聞いて、相手の会社の名前を知って、先方の技術者が来ると聞いて。

 若手の実力者――そんなの名前を聞くまでもない。

 

 そう思って行った先にはやっぱりトーヘがいて。

 必死に表情(かお)を引き締める私を前に、彼はいつもと変わらない平気な顔をしていた。




 アンシャン侯爵家別邸は魔法が現役だった時代の建物で、当たり前だけれども「魔法ありき」の屋敷だった。

 厨房さえも、いわゆる家事設備の標準術式が組まれてるわけでもなく、自力魔法頼み。私、生まれて初めて、薪のクッキングストーブって見たわ。

 自動人形もいない……まあ、当然よね。


 改築するにせよ、まずは別邸の魔法施設の確認から、となったけれども。

 魔法。

 基礎の基礎すぎて、文明の進歩によってまどろっこしい手順を省略できるようになって、当然のように使わなくなっていったら――もうほとんどの人間が使えなくなってしまった技術。


 魔術も術式も道具も「お手軽にお手頃に」と、様々な価格帯で販売されるようになったこのご時世。

 魔法なんて、そうそう使うことなんてない。

 電子計量器があるのに、天秤を持ち出すようなもの。コンロがあるのに、火打石で(かまど)に火を点けるようなもの。


 でも。

 魔法は始まり。魔術の礎。術式の土台。


 トーヘが腕輪型の「魔法の杖(魔法補助具)」を掲げ、次々と内部施設の再現していく様はまるで魔法のよう――いえ、それはまさしく、文明の起源たる魔法だった。


 再現された魔法を確認して、「冷暖房」「浮遊」「自動人形」、現代設備での代替品を模索する。

 技術者たちが競い合うように、屋敷にあった曖昧模糊(あいまいもこ)とした魔法を定理と論理の魔術と術式で再現していく。

 化石のような(いにしえ)の貴族屋敷の再生、まさしくその通りではあるのだけれど。

 それでも、私の目には。


 ――無限の可能性を持つ自由奔放な魔法が、定理と論理で雁字搦めに縛られていく。


 そんな風に見えた。


 今でも覚えてる。

 お父様とお母様が楽しいだけの、つまらない食事会。

 お菓子を食べる以外にすることがなくて、退屈で面白くなかった。

 それは、同い年の彼も同じだったはずなのに。


 きらきらと光りながらアーチを描くとても綺麗な、それはもう本当に素敵な、虹。


 彼は気を使って私に合わせて話をしてくれて、魔法まで見せてくれた。

 きらきらした虹は綺麗で。

 退屈で面白くなくてつまらない食事会は、素敵で綺麗な魔法によって色鮮やかに塗り替えられた。


 ――私の原風景。


 あまりにも素敵だったから、習いたての術式をこねくり回して虹を再現してみたけれど。私が架けた虹は真似て、似せて、無理やり作り出したもので。


 彼が楽々と架けた綺麗な虹は、幻影の術式を長さ、幅、色、いくつもいくつも重ねて一つ一つ細かく定義して、ようやっと再現できるもので。


 失敗しては術式を調整し直して、そうやって苦労して作り出した『虹』は『素敵な虹』というよりも、ただの(いびつ)な術式の塊にしか見えなかった。

 それも、魔法の利点である想像力による発展性を丁寧に一つ一つ叩き潰してすり潰された、模倣の残骸。


 術式を組むたびに、思い出す。

 繰り返し、繰り返し、思い出す。

 だから。


 術式はシンプルに。あそび――ゆとりの幅はできるだけ大きく。

 雁字搦めで杓子定規な術式は屋台骨だけで十分。

 余った部分は自由に飾れるよう、思いのままに羽を広げられるよう。

 自分の好きなように、魔法でちょっと足せるよう。


 だって私の心には、あの綺麗な虹がいつだって架かっているから――



 ~・~・~



 長期出張の仮住まいから自宅に戻って。

 ユリディーの入れてくれたお茶を飲んで……ようやく、落ち着けた。

 仕事内容の厄介さに加えて、仕事中は公私の別を、と気を張り続けていたから、疲労が倍だった。


 何でもないように話すのがこんなに難しいなんて、思いもしなかった。声が上ずらないよう、努めて平坦に話していたけど、おかしくなかった、はず。

 トーヘだって普通だったし。


 ……そうよ、普通だったわ。

 童話の勇者を導く魔法使いみたいに超然とした態度で、仕草はいちいち典雅で、涼やかな表情(かお)で振るう魔法は鮮やかで……。


 ああ……ほんとに、疲れた……疲れる。


 帰宅したら『使い魔箱(郵便box)』から一斉に飛び出してきた、コマドリにヒヨドリ、ボタンインコにマメルリハ――たくさんの使い魔。


 それに驚いていたら、上空に現れたくす玉がぽんっと割れて――一発モノのとっても高価(お高い)な術式――古式ゆかしい「紙」の手紙が降ってきたり。


 現物の紙の手紙なんて、冠婚葬祭の様式美踏襲のためぐらいでないと使わないけれど。ラブレターとか、ちょっと気取る時には良い感じに使われる、って聞いたことはあるわ。

 つまり。


 夜討ち朝駆け、再び!


 やめて!?

 そんな、アイルビーバックなんて予告は要らないわ!

 ジャンプスケアなホラー演出、私は苦手なのよ!!!


 せめて、と薫り高いお茶に癒しを求めた。

 シュミーズドレス姿のユリディー(少女型自動人形)がくるくると動き回るのを、ぼんやりと眺める。


 この攻勢をやり過ごしたとしても、所詮は一時しのぎにしか過ぎない。

 今後、相手勢力は増加の一途を辿るわ、果てはない。

 だって、これでも相手勢力はまだ「親族」の範囲に限られているのだもの。


 なら、その制限が取り払われた後は?


 どう考えたって、考えたくもない状況に陥るわね。

 しかも、それが、ほんの一時期の話ではなくて――たぶん、十数年か、一生。

 昨今、女性の結婚年齢も上がってるし、プラトニックラブ、人生最後のロマンスとかで、老老結婚も流行してるのよ。


 高年齢の結婚を、反対してるわけじゃないわ。

 少し前に出席したお祖母さまのまたイトコの結婚式の、テーラードジャケットを使ったクラシックドレス。定番のふわっふわの白いウェディングドレスじゃなくて、しっとりとした落ち着きがあって格好良かった。

 嫁姑問題でかなり苦労された方だと聞いていたから、二度目のあの結婚式、穏やかな表情をされていたから安心した。


 でも、だからといって。

 明らかに「家」目当てに群がられても、ただの迷惑でしかない。しかもたぶん、恐らく、一生続く多大な迷惑!

 こんな状況に陥ったことなんて、まったく無かった。


 そうよ、認めるわ。

 私は、守られていたのよ……お父様とお母様が楽しいだけのつまらなくて退屈な、なんて思っていた食事会で結ばれた婚約に――家族に。


 そして、色のない世界に、綺麗な虹を架けて鮮やかな色彩を届けてくれた婚約者――トーヘに。


 ――言いにくければ、この母に――


 母の使い魔(リス)が頭を過る。

 無意識に頬を撫でた後、こぶしを握る。


 言ったのは自分。

 甘かったのも自分。

 自分の都合の良い事ばっかり言って、それなんて我が儘。

 情けないし、恥ずかしいし、あまりにも自分勝手が過ぎる、と我ながら思う。


 でも。

 つまらなくて退屈な食事会に、それでもトーヘが来るのなら、って欠かさず出席した。

 形ばかりの婚約だったけれど、結婚するのがトーヘなら良いじゃない、って思ってた。


 だけど、今はちがう。

 結婚するのなら、トーヘがいい。

 私の心に虹を架けてくれた、彼でないといやだ。


 だから。

 失敗は、潔く認めて。

 損切の決断は早く。


 さあ、メリット、デメリットをピックアップするのよ。

 メリットだけを並べ立てたって説得力がないわ。デメリットもあえて説明して、対策を提示して見せて、その上で、メリットを主張する。


 ……怖くない、と言えば嘘になる。

 お父様に呆れられたって、仕方ない。

 お兄様に軽蔑されたって、構わない。


 でも。

 もし、お父様の説得が叶ったとしても。

 ジェム家が――トーヘが、私と会うことを拒否したら。


 そう考えるだけで、震えるほどに怖くなる。


 だけど。

 この怖さを乗り越えなければ、トーヘに会えない。

 一歩も踏み出さないまま、それこそ一生会わずにいることのほうが、よほど恐ろしい。


 お母様には願わない。

 自分を奮い立たせるためにも、正々堂々と、お父様にプレゼンを。

 お父様の説得ぐらいできなくて、どこにトーヘに会わせる顔があるとでも。


 気合を入れて計画書を練り上げたその夜、朝を待つこともなく、私はそのまますぐお父様に向けて使い魔を放った。

 トーヘと結婚したい、と。



九話 「勇ましき者」 ~終~

恐れを知りながらもそれでも立ち上がる勇気を持つ者を、人は勇者と呼ぶ。


次話「ロマンチックは勝利した」と「おまけ」


小ネタ。

虹が七色なのは日本。他国では色数がちがうそうです。

でも、綺麗なのは同じ。

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