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八話 平気な顔


 今でも覚えている。

 幼い俺が使えるようになったばかりの魔法で、小さな虹を出して馬鹿みたいに自慢してた時のことを。


 今でも覚えている。

 それを見たユーヌが術式を一つ一つ組み立てていって、最後にはドミノ倒しのように鮮やかに起動して、『魔法の虹』を再現した時のことを。


 多重連結された魔法円が波紋のように広がり、可視化された術式がまるで張り巡らされた蜘蛛の糸みたいで、とても綺麗だった。



 ~・~・~



 アンシャン侯爵家別邸の改築。

 そう、「侯爵家」である。ミーティル女王陛下の御代には王配をも輩出したという、アンシャン侯爵家。

 ジェム家みたいな「なんちゃって名家」とは格の違う、本物の名門である。

 会社に依頼が来た時は、すわ詐欺かと社員総出で疑った。

 疑って、本当に本物の依頼だと知れた後、この道ウン十年の先輩が。


 ――トーヘ、おまえがチーム代表な! 自分たち一般庶民だからっ、名家名門ジェム家なら本物のお貴族様に慣れてるだろ!? 頼んだぞ、リーダー(トーヘ)


 会社の地位と権力を振りかざし、俺よりよっぽど腕の良い先輩が、なんでか俺の部下に。

 職権乱用も(はなは)だしい。

 このことを俺は絶対、一生、決して忘れてやらないからな、覚えてろ。


 ともかくも。

 王政時代から血を繋いできた侯爵家の、年月が経ち過ぎて古美術工芸建築物と化した別邸を、現代技術でリニューアル。

 言葉にすれば簡単だが、簡単にできるわけがない。


 術式でさえ開発途上だった時代……つまりは魔道具がまだ満足に普及していなかった時代の、大貴族の別邸。

 そんなもの現代の感覚からすれば、石と木で建造された堅牢なだけのただの大きな箱だ。


 照明機構にしても、パネルタッチの全自動照明でなくて――輝光石に明かりの魔法を当てれば、壁に等間隔に埋め込まれた石に伝播して全館に明かりがつく。


 つまり、起動は人力(魔法)


 上階への浮遊盤も、乗れば勝手に浮く機構は無く――使用者本人の魔法が必要。


 つまりは人力、それか階段で自力。


 本物の魔法が普通にあった時代の。

 石と木で建造されただけの。

 時代遅れの、「ただの」建築物の、リニューアル。


 繰り返すが――簡単にできるわけがない。


 室内設備とセキュリティ、と仕事に乗り出したのはいいが。年月が経ち過ぎて(いにしえ)の化石のような別邸は、もはや骨董品の博物館だった。


 まずは下見と、軽く歩いて中庭に。

 中庭は、建築物に囲まれた「中の庭」と呼ぶには抵抗があるぐらい、ちょっとした公園ぐらいの広さがあった。

 絵本に出て来るお城のごとく、洒落たガゼボに近くを流れる小川。


 その小川の(ほとり)、人の背丈を優に越えるほど長い、ねじくれた杖がはめ込まれた石のオブジェが、俺の目を引く。

 もしや、と思って近づいて魔力を流せば、組み込まれた術式が作動し、綺麗なアーチを描く石橋が小川に架かった。


 俺はこれに見覚えがある。

 たぶん、十歳程度の子供でも分かるだろう。

 学校の教本に載っていた、魔道具の黎明期の作品。

 値段の付けられない、歴史的、文化的、世界遺産だ。


 気付いた瞬間、知らず三歩ほど後ずさっていた。

 普通に考えれば三百年、ヘタすると五百年前の年代物が、目の前のコレだ。

 今でも使用に耐えうる保存状態、というよりも。

 状況的に信じられないことに、たぶん、恐らく、現役で使っているんだろう。

 たぶん、恐らく、信じられないことに。


 喉の奥では悲鳴が大渋滞を起こしていたが、理性を総動員させて、術式施工具セットカバンに手を掛ける。

 震える手で保存術材具剤一式を取り出し、触るのも怖い骨董品の前に並べた。

 今、思わず作動させてしまったが、保存魔法に微かなブレがあった。解けかけている兆候だ。


 プライドと責任にかけて、俺の目の前で文化遺産を失わせてなるものか。


 方法は二通り。

 一つは、掛けられている魔法を一旦解除して、新たに掛けなおす方法。

 もう一つは、現在掛かっている魔法の綻びを修復して、継続させる方法。


 簡単で確実なのは一つ目だが、その方法は取れない。魔法を解除した時に生じる衝撃が、万が一にも文化遺産に波及してしまったらマズい。冗談じゃなく、解除した瞬間に秒で瓦礫と化すぞコレ、絶対。

 なので必然的に、現在掛けられている魔法の修復、外部からの補助的補強になるわけだが。


 これに掛けられている保存魔法に使われている術式――祈術式、呪術式、寿術式、数秘式、ないと思うが妖儀式、等々――を調べたが、解析器に反応がない。

 仕事柄、かなり特殊なものまで網羅している自負はあったが、そのどれでもなかった。


 そして、思い至る。

 我がロワゾブルゥ国の王族、上位貴族は魔力が高かった――今でも高い――らしい。だから、多分に魔法に頼った生活をしていた、とかなんとか。


 つまりは。

 魔術にも術式にも頼らず、純粋な「本物の魔法(人力)」だけで保存してきたんだな、と結論付けた。 

 思わず、力押し(魔法ゴリ押し)の蛮族めっ、と舌打ちした所で、礼節を思い出す。

 礼節を思い出した俺は心の中でだけ。


 この魔頭筋がっ!!!


 礼儀正しく、改めて罵倒を繰り返した。

 で、初手からコレかと、俺が前途多難な予想に天を仰いだ時。

 協力会社の技術者が到着したと、会社から呼び出し連絡が入った。




 俺の目の前でユーヌの細い指がぴんと伸ばされ、緻密で繊細な術式が紡がれ、拡がる。

 可視化された術式が俺の先に放った魔法を内包し、仄かな光を放ちながら空中に拡がっていく様は、蜘蛛が銀の糸で巣を張り巡らせるかのごとく。


 一部の隙も無い術式は稠密六法格子の結晶構造を重ねに重ね、積み上げられた多段構成の術式層は瞬く間の内に等身大の正六角柱までに組み上げられ、専用の術具に定着した。


 どんな気難しい顧客だろうと文句のつけ所がないと思える、鮮やかな成功だった。

 ユーヌの、獲物を狙うフクロウのように集中していた黄色みの強いヘーゼルの瞳が、ようやく和らいで……閉じられる。

 固く閉じられていた花の蕾が綻ぶように、引き結ばれていた口元が柔らかく解けた。


 ――昔、俺が好きだった、古い、古いセピア色の絵本。


 表紙には知恵の象徴たるフクロウと、泉の(ほとり)(たたず)む乙女が描かれていて。

 長い髪を垂らした乙女が微笑みながら、水のように泉からいくつもの術式を(すく)い上げる、宗教画のような、寓話絵画のような。

 

 まるで、あのセピア色の絵本からそのまま抜け出してきたようなユーヌの姿に、俺は――完成された技術は芸術である――そんな一説を思い出しながら見惚れていた。



 ユーヌと(トーヘ)が作り上げたプレキャスト用の術具。

 それを変妖化流動硬化剤を混和させた流動化混擬土灰(特殊コンクリ)で覆って錬魔建築材にして、有翼獅子とか家守石像っぽい装飾を施して侯爵家別邸の門柱に設置する。

 それを屋敷内の防犯機構と連結させれば、外壁セキュリティの完成だ。



 ~・~・~



 ある程度リニューアルの目処がついて、長期出張から帰って来た自宅でオルフェに食後のコーヒーを入れてもらい、ようやく一息つけた。

 

 魔法から魔術への定型化は、魔力量が少なく、魔法を上手く使えなかった層を取り込んで、魔法人口を増大させた――想像力による創造の千変万化の可能性と引き換えにして。


 さらに魔術を魔術式へ、いわゆる術具を媒介にした魔法言語による直接実行は、社会すべてに魔法文明を行き渡らせた――自由な発想による夢物語のような大魔法と引き換えにして。


 現代で「魔法」と一般的に口にしているのは、ただ人が魔力を術具に流して、術具に組み込まれた魔術式によって引き起こされた結果でしかない。


 もはや現代において、本物の「魔法」を使えるのは、ほんの一握りだ。


 その、一握り。

 ジェム家は名家を自称するだけあって、家系的に魔力が高い。だから俺も例にもれず、そこそこの魔力量を誇る。

 そして俺は、昔からなんとなく、魔法を上手く使うことができた。


 そう、「なんとなく」上手い。

 なんとなく泳げる、なんとなく逆上がりができる、なんとなく縄跳びで二重跳びができる、のと同じレベルで。

 俺はなんとなく、「本物の魔法」が使えた。


 だけど今の俺から言わせてもらえれば、多少魔法が使えた所でそれがどうした、だ。


 大体、現代技術で造られた最新の農耕機を前にして、自力で地面を多少動かせます、って自慢できるか?


 浮遊の魔法で自力で浮くことができる、と言っても、魔力を通すだけで浮く浮遊盤なんて薄利多売の大量生産品だ。


 縮水符(水のお札)がある御時世に、魔法で水が出せる、って言ってもな……しかも、そこそこしかない魔力の底つくまで、と制限あり。


 確かに、エンジニアとしても術式技師としても、「本物の魔法」が使えるのは大きなアドバンテージだったが。

 実際の所、だから何だ、というのが俺の実感だ。


 世の中は魔術や魔術式によって便利になった――代わりに、お伽噺の大魔法、想像を越えた夢のような魔法は失われてしまった、と嘆く者も確かにいる。


 ――失われた?


 空塔を見ろ。

 大地の鎖を引きちぎり、空を翔ける車を見ろ。


 ――本当に?


 扉をタップするだけで、鍵が開いて灯りが点いて自動人形が出迎える全自動ホームは、お伽噺の魔法使いの家と何が違うというのか。


 神秘の霧に包まれていた大いなる魔法は、魔術と術式と道具という現代の技術で再現された。

 今回の別邸、魔法時代に建てられた遺物、堅牢な魔法の城塞だって、現代の技術を駆使して改築することは必ずできる。


 魔術、術式を自由自在に操ることができるのならば、それは古の大魔法使いに勝るとも劣らない。


 だから。

 なんとなくで「本物の魔法」が使えた俺の。

 自分だけが使えるのだと、まだ子供だった俺の高く高く伸びた鼻は。

 魔術と術式を手足のように操るユーヌに出会って、ぽっきりと折れたんだ。


 今でも覚えている。

 幼い俺がつたない魔法で虹を出して、馬鹿みたいに自慢していた時のことを。


 今でも覚えている。

 それを見たユーヌが可視化した術式を一つ一つ組み立てて、ドミノ倒しのように鮮やかに起動して、『魔法の虹』を再現した時のことを。


 蜘蛛の巣のように張り巡らされた、緻密で繊細な銀色の術式。

 あの日、あの時、あの瞬間から、俺の心はあの鎖状構造の術式に絡めとられ続けている。


 七才の時に結ばれた、名目上、形式上の婚約だったけれど。

 相手がユーヌだったから、何も言わなかった。

 何の文句もなかったから、そのまま婚約を続けた。


 相手がユーヌだったから、結婚するのも良いと思えた。


 使い魔を呼び出そうとして――手を止める。

 オルフェに声をかけようとして――口を閉ざす。

 それを、毎日、毎夜、繰り返している。


 アンシャン侯爵家別邸の、全面改装。

 我が社が内部セキュリティと室内設備を請け負えば。

 緊急アラートに対応した防御結界、直下飛空車離発着のために空塔とのリンク、と言った外部調整関連は別会社に依頼済みだそう。

 二社掛かりの共同工事、それが今回の仕事となった。


 防犯のため、一社に任せないのは確かに常識なんだが。


 それに、セキュリテイは独立しているわけじゃない。空塔といった外部システムとも連携しなければならないわけで。

 協力会社と協力することになるのは必然なんだが。


 打ち合わせに行った先で、透明感のあるモカブラウンの髪のとてもよく見知った(ユーヌ)から、澄んだメゾソプラノの声で挨拶された時の、俺。


 ちゃんと、平気な顔を作れていただろうか。



八話 「平気な顔」 ~終~

次話「勇ましき者」


小ネタ

インタビュアー「相手の好きなところは?」

トーヘ「鎖状構造の術式」


宣伝。

アンシャン家はロワゾブルゥ国の話「真実の愛の国(笑)」より出典。

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