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七話 キャンセルラッキー席争奪戦


 俺の安寧はどこへ。奮孤軍闘(こぐんふんとう)とはこのことか。

 俺はデスクで項垂れつつ、ここ数日を思い返した。


「トーヘくん、一緒に帰ろっ」


 皮切りは、音符が後ろについてそうなそんな言葉からだったと思う。


 どうにも聞きなれない弾んだ声に、後ろを振り向いたら。

 ふわふわしたピンクゴールドの髪の、とびっきり明るい笑顔を浮かべた女の子がいて。

 秘書課受付の新人、とか思い出す前に、まずなんで名前呼び、と引っかかってたら――母方の親族筋だと名乗って、「トーヘおにいちゃん」との二択を迫られた。


 見栄えアンティークが流行なのは分かっているが。今年、会社に入ったばかりの新人だとは判っているが。

 だからと言って、昔のデビュタントドレスを模した純白のミニドレス、しかも生足が見えるミニを会社に着て来るのかよっ。

 成人デビューと社会人デビューを掛けたつもりか!?

 ピュアッピュアの、被ったお猫様に謝ってこいっ。


 断りもなく腕を絡めて胸を押し付けてくる彼女から、俺は全身全力で脱出(エスケープ)した。



 それから続く人を替えての攻勢は、怒涛の一言に尽きた。




「あの……相談したいことが……。あなたしか頼れる人がいないんです……」


 青白く見えるほど透き通った肌に、折れそうなほど細い腰に肩。頼り無げなか細い声に、伏せた目から一転、俺を見上げて来る目は涙をこらえて潤んでいて……。


 風情だけは儚げなしたたか相談女は、ここをまっすぐ進んで右行って乗り場から直通専用車乗って――劇場の舞台に上がって思う存分演じてこい。

 ここは公道だ。


 スタイルがはっきり分かるマーメイドドレス、大胆なスリットで魅惑の太ももが眩しい彼女から、俺は全身全霊でもって遁走(トラフーリ)した。




「やっと理解(わか)ってくださったのですね」


 そう言って現れたのは、シンプルなフォーマルドレスを着こなして長い髪をさらりと流した、ぱっと見、マトモな女性だった。

 そう見えた、だけだった。


「でも、待たせすぎです。ええ、私だからこそ理解してお待ちしておりましたが。

 信頼も過ぎれば、言葉足らずの不信に繋がりましてよ?

 今後は、お気をつけくださいませ」


 流れるように続く、上流階級の集まるサロンへのおねだり、分家の女性を集めての交流会の開催(勝利宣言)の日取り相談(強制)


「本当に、いつ別れるのかと……財界のパーティ、若手の交流会、名家の子息子女の親睦会さえも欠席して、社交も満足に(こな)せないあんな女。

 私という最高の女がいるからこそ穏便に事を進めたかったのでしょうが、待っていてほしい、と一言あって然るべ…」

 

 日常系ホラーは地雷です。日常系はコメディを希望します。


 一瞬たりとも途切れなく話が続く中、俺は即時撤退(テレポート)をキメた。




 いい加減にしてくれ、そう思う俺に。


「シケた顔してんじゃねぇよ、ほら、顔を上げてシャンとしなよ!」


 威勢よく声をかけて来る、革のツナギをヘソ上ぎりぎりまで開けて、メロンがうっかりポロリしそうな女性。

 たてがみのようなオレンジの髪に、勝気そうな派手な顔立ち、くっきりと引かれた深紅(ルージュ)


 自称(エセ)サバ女は海へ還れ。俯いてるのもシケた顔してるのも、理由はお前らだ。




 そして、唯一のオアシス、約束されし安息の地、会社の自分の事務机(テリトリー)で、トドメだった。

 安寧はどこへ、とデスクで項垂れている俺に。


「なんだかお疲れのようですね?」


 美女が。

 社内一、と噂される美女が。

 恋愛クラッシャー、と慄き恐れられる、社内で二、三位を争う有名人が、やってきた。


 なお、社内一の有名人、その堂々たる一位は社長だ。


 屈みこんで覗き込んでくる彼女の、大きく開いた胸元。微かに香るコロン。つい、と熱でも測るように伸ばされる、細い指先。

 からかいを含んだ切れ長の目が、口ほどに物を言う。


 ――今晩いかが?


 艶やかな唇にちろりと舌を這わせ、直接口には出さず、視線と、指先だけでの、お誘い。


 今の今まで声がかからなかったワンナイト女が、俺に……知ってるのか、婚約を破棄ったことを。少なくとも親族じゃないこいつが、どこからどうやって知ったんだ、そんなこと。


 大体、こんな誘いに乗る奴の気が知れん。遊びで、とかアホかと。

 付き合ってる間はタカられ、別れて別の女と結婚した後なんか、絶対に強請(ゆす)られるだろ。

 そもそも、見合い結婚することになったとしても、相手の女性は絶対、このワンナイト女と付き合ってたこと、知ってるぞ。

 誘いに乗ったが最後、一生、心の中で軽蔑され続けるのが分かり切ってる。


 一度でもこの誘いに乗った男なんぞ、女性社員から表向き丁寧な対応されてても、心の中でバッサリ切り捨てられてるのが、分からないのか。


 屈みこんで開いた胸元を強調して。

 柔らかい肢体を触りやすいように身を寄せて。

 蠱惑的な眼差しを向けて来る彼女に、『俺には婚約者が』、と反射的に断りそうになって……寸前で口をつぐんだ。


 忘れやしない。

 あの夜、俺は、婚約を破棄した。

 ユーヌ=プルミールは、あの夜から俺の婚約者ではなくなって、何の関係もない赤の他人になって。


 だから。

 二人っきりで食事を、二人っきりで遊びに、二人っきりで夜を過ごしましょう、という誘いに。

 俺には婚約者がいるから、と。

 その一言(助けて)が言えなくなった、ということを。


 俺は、今、その現実を唐突に理解した。


 今さらではあるが孤立無援な現状を理解してしまった俺は、無言で立ち上がり。

 恥も外聞もえいやっと遠くへ投げ捨てて、たわわに実る柔らかそうな剥き出しのデストラップから、一目散に逃げ出(デジョン)した。



 逃げた先で、兄さんの言葉が心を(よぎ)る。


 ――お前の自由を縛るつもりはなかった。


 俺は、守られていたんだ。

 婚約者(ユーヌ)の存在に。



七話 「キャンセルラッキー席争奪戦」 ~終~

次話「平気な顔」


七話の参考エッセイ(なろう)

「女性向けラブコメは行き場がない」

作者 保志見 祐花様


ちょっとした言い訳。

魔法ありの世界ですが、転移魔法は一般には「無い」とされています(お伽噺には出てきます)。

なので、ルビのテレポート、トラフーリ、デジョンは、そんな勢いで逃げ出したよ! という雰囲気のためのルビですので……モノホンの魔法での転移ではありません。

転移魔法があって一般化されてると、まず物流が変わりますし、そもそも地上車も飛空車も不要になってきますので、この物語では転移魔法は実装されていない、という設定です。

紛らわしいですが……すみません、作者が好きで書きたかったんです、作者権限で強行しましたっ。

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