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四話 使い魔コール


 ジェム家の家長である父は、婚約者と食事に行ったはずの息子――つまり俺から、事の顛末を聞いてしばらく無言ではあったが。

 いい歳した大人の男女が決めたことではあるからと、即座に却下、とはしなかった――しなかったが、では婚約は破棄とする、とも即応しなかった。


 そもそも、当事者だけが子どものケンカのごとくその場で破棄と言い合っただけで。

 二人の婚約は口約束は当然、婚約の贈り物も、内輪といえど両家とも家を挙げてのお披露目的なお祝いも、とっくに終わってる段階で。


 それじゃ明日から婚約はなくなった、と――なるわけがない。


 改めて、両家で時間を取る、ってことになった。

 んで、実家っていうか、父との話が終わったと思ったら。

 夜も遅いというのに、視界の端を握り拳ほどの小さな白いウサギが、ぴょんっと跳ねた。


 ぴょんぴょんと跳ね回るウサギは、放っておくと一羽、二羽、三羽、と増えて。手に、腕に、肩に、頭に乗って……重さはないが、(わずら)わしいことこの上ない。


「……こんばんは、兄さん」


 いい加減、無視するのも限界になって。

 あきらめて一羽の白ウサギを手の平に乗せると、跳ね回っていた他の白ウサギは消えて、残った白ウサギが真っ赤な目で見上げて来る。

 声をかければ白ウサギの頭上、つまりはちょうど俺の目線で月光のような金色エフェクトがほのかに光って、満月モチーフの丸いウィンドウが開いた。


 こんな時間に使い魔なんて、と思わなくもないが。

「さっきまで父さんと話してた。兄さんも、同じ話と思っていいかな?」

 

 ウィンドウの向こうの兄さんに、一応は聞いてはみた。

 今この状況で、滅多にない年の離れた兄さんからの連絡。実は他の話でしたー、なんてことはないだろう。が、そこをあえて聞いた。

 言外に、『あんたもか』、という副音声が聞こえているはず。


 さっきまで親と話していたことを、兄ともう一度繰り返し話す必要なんかない。だから(わずら)わしい、うっとうしい、構うな、と思わなくもないんだが。


 俺だって兄さんが急に離婚することになった、なんて言い出したら何があった、と思う。親と兄さんが話し合った後に、俺だってきっと直接連絡を取って、話を聞こうとするだろう。

 なので……まあ、仕方ないかと。嫌みの一つで憂さを晴らして繰り返しの説明でもしようか、と思ったんだが。


「お前の自由を縛るつもりはなかった」


 兄さんの話は、思っていた方向とちょっと違った。あの婚約は、俺にとって良かれ、と思ってのことだったのだと。

 驚くことに、兄さんの口からは小言も苦言も説教の一つも、それこそ詮索の一つさえ、無かった。


 ただし、現実問題として。

 今までジェム家とプルミール家は未来の親族、という認識だった。それは俺たちの家だけでなく、俺たちの親族……いわゆる一族と呼ばれる者たちにとっても。


 名家で資産家の我が家はそれなりに親族が多い。祖父の従妹の孫とか、もはや他人では、と思える人間も親族認定されている……我も我もと、ちょっとでも血の繋がりがあれば親族に名乗りを上げてくるんだよな。

 おこぼれにコネに後ろ盾を願っての、弱い魚が群れて大きな魚に見せかける群生のような、親族の寄り集まりがジェムの一族。


 それなりに多い俺たちジェム一族が、ユーヌの……プリミール家の者に出会った場合。他人行儀な挨拶ではなく、未来の親戚という位置づけで礼儀に親しさを加えて接している。当然、共通の話題、つながりの要である俺たちの話題も出して。


 それで。

 俺たち二人が婚約破棄したっていうことが。

 向こうは知ってるのに、こっちは知らずに話題に出したら?

 知らず変わらず親族のような親しい態度で、礼儀を欠いてしまったら?


 兄さんの話は、現実的な対処の話だった。




 大っぴらに広める話でもないが、だからといって我が家だけの内々の話として秘するわけにもいかない。最低限、一族にはお前たちが婚約を破棄したという話を通しておかなければならない。

 だが、一族にだけ、と言ったところで。

 いずれは広まるし、もはや他人と言っても良いほど縁遠い名ばかりの一族もいる。

 きっと、身の周辺が騒がしくなるだろうが。


 好きに生きて良いが、常識的に。


 昔、父さんから言われた言葉が、兄さんの口から紡がれた。そして父には言いにくいなら、この兄に相談するように、とも。


 その言葉を最後に、満月のウィンドウがそれこそ月光のように淡く散って、白ウサギが一飛びして姿を消して。

 ジェム家の跡取り息子、年の離れた兄との、話が終わった。




 父と兄。いくら身内とはいえ、立て続けの会話はかなり疲れた。深く身を沈めたソファから動かず、首だけ巡らして声をかける。


「オルフェ、なんか飲み物」


 俺の言葉で、執事服を着た紺青色の髪をした少年――の姿をした自動人形が、キッチンに姿を消して。しばらくして戻って来たその手には、一杯のハーブティー。

 サイドテーブルに置いてもらったそれを、ぼんやりと見つめて。

 しばらくしてからゆるゆると手を伸ばして、ようやく一息ついた。


 現実逃避だな、と自覚あるままに思考を流す。

 オルフェは俺が十一才の時に選んだ自動人形だ。当時の俺は「大人」な外見の自動人形(セバス)よりもよりも、自分より少し年上に見える「少年」型の自動人形(オルフェ)の方が良いと家族に申し入れた。


 購入して実家にいる間はずっと連れまわして、当初の基本動作に加えて、俺の行動に合わせた選別と選択を積み重ねて、俺自身でパターンを組み上げた。

 繰り返し修正しては、いっそ再構築、と一から始めたら後戻りできなくなって激しく後悔して、泣きながら時間をかけて修復して。

 思い出補正盛り盛りを差し引いても、手塩をかけて育て上げた――今ではほぼ完ぺきな、俺専用の執事(オートマトン)

 そのオルフェが、今の俺に合わせて淹れたのが。

 少しぬるめの、気分を落ち着けるための、鎮静作用を含んだハーブティー。


 覚醒作用のある紅茶じゃない、とか。

 興奮作用のあるカフェインを避けたんだな、とか。

 これは、ヘタなことを考えずに寝ろ、ということか、と思った所で――その「ヘタなこと」が頭を過る。


 俺はカップを強く握って、ハーブティーを一気に飲み干した。

「後は頼んだ」


 控えていたオルフェに空になったカップを渡す。

 洗い物とか戸締りとか後始末全部オルフェに投げて、俺は今日一日を終えた。


 そうだ。人生の一日、途中経過のたった一日を終えただけ。

 プライベートでは半年に一度しか会わない彼女と、形式上だけの婚約を現実に合わせて「無し」にしただけだと。

 昨日と同じ今日、今日と同じ明日、何も変わらない日常が続くのだと。


 彼女のことが頭を過るたびに、大したことじゃない、と打ち消す。

 そう何度も何度も繰り返して、夜を過ごした。



四話「使い魔コール」 ~終~

アレクサ、と名付けられた自動人形も存在すると思います。竹な本の泉様のめいわくなねこ的な自動人形も、当然いるでしょう、というかいてほしいです。


次話「新しい朝は来る」

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