第五話:指数
ゼノンは目を見開き、マレウスを凝視した。
マレウスはフッと笑い、
「どうだ」
と言ってみせたが、男は微動だに反応しない。
目を見ると男は深い怒りの形相であった。
次の瞬間、マレウスの腕がメキメキと音を立てた。剣が手から離れ、床についた。ほぼ同時に首元に冷たい感覚が走る。
「一本取ったことは褒めてやるが、調子に乗るなよ、ガキが」
男は再度剣を最上段に構え直し、振り下ろした。
どうしようもない力が向けられる感覚がそこにはあった。
”あの男...”
トラウマの姿をマレウスは見た。
必死に振り下ろされる剣の横を叩いた。しかし、軌道が変わっただけで、依然、首に向かって最短・最速で向かっていた。
”また死ぬのか。しかし、せっかくのチャンスを捨てるのは性じゃないな”
マレウスは自身を奮起させ、再び剣を叩いた。剣は少しズレて、腕を切り落とした。
「ウッ」
マレウスは損傷部位を抑えた。血が手から漏れ出る。
しかし、
”ビチッ”
それはすぐに止まり、そこから筋肉が漏れ、なくなった腕の形を形成した。
「「...」」
薄桃〜紅蓮色のそれは腕の形を保ってはいるが、元の状態とは程遠かった。それを見た二人は目が点になっていた。
”うわ、グッロ...”
”なんなのだこれは?”
この状況に今までの緊迫感は薄れ、ぎこちなくはあるが、二人は落ち着いて話すことができていた。
図としてはまさに取調べ中の警官と容疑者である。
「お前の身体どうなってんの?」
「知らぬ。」
本当に何も知らないという顔をするマレウスにゼノンは今までの状況を整理していた。マレウスも同じである。
「「お前はなんというのだ?」」
いっせーので示し合わせたかのように同時に二人は聞いた。しかし、後までは示し合わせていなかったのであろうか、マレウスがお先にどうぞというふうに、しどろもどろするゼノンに順番を譲った。
呼吸を落ち着けて答える
「俺はゼノンだ。この教会の墓地の日雇いだ。じゃあ、お前は?」
「俺は...」
そこまで言ってマレウスは言い淀んだ。
せっかくやり直しの2周目をやらせてもらっているのだ。前世と同じ名前を名乗っても良いものなのだろうか?
そしてポロリと、
「なんという名前がいいのだろうか?」
「知らねぇよ、てか名前あんだろ」
至極真っ当な意見である。それにマレウスはこう返した。
「あぁ、あるさ。前世のな」
「huh?」
数瞬固まり、ゼノンは頭を抱えた。
「厨二病かぁ...」
「違う!」
マレウスは今までのことを語った。
前世で戦争で死んだこと。不思議な世界で光球に飲まれたこと。意識を取り戻したときにローブ姿の男が少女に怪しげな取引を持ちかけていたこと。助けた結果、少女が錯乱し、自分を刺してきたこと。
彼はそのたびにそうだよね、そういう年頃だもんねと憐れんだ。
「そして目が覚めたらここにいたのだ」
「なんかあったの?おじさんは君の味方だよ」
「いい加減しつこいぞ」
しかし、彼は俺に向かって憐れみの表情を向けている。
「全て本当のことだ」
「でも、おかしいじゃん」
ゼノンは依然変わらぬ表情で諭すように言った。
「だってよ、もし仮にお前が本当に異世界に生まれ変わったんだとしたらなんで言葉が通じているのさ?てかそもそも墓から生き返ったってなに?」
「知らぬ」
はっきりと目を見て答える。ゼノンは言葉を失った。
“大真面目にこんなこと言ってるのか?”
「信じていないのもわかる。そしてこれが俺の予想であることも事実だ。しかし、そうでないと辻褄が合わんのだ」
”あぁ、こいつ本気なんだぁ”
ゼノンはフフッと笑った。その顔には呆れもあったが、これからの出来事に期待するようなことも見受けられた。
「まぁ、君のいうことを信じるとしよう。もっと話を聞かせてくれないかい?」
彼らは夜まで語り明かした。事務所の扉が開いた。
「ゼノンく〜ん、今日はありがとうね。じゃあ、給与を渡すからそこ座って」
目の前には老いた女性が佇んでいた。黒いローブがよく馴染んでいる。
「って、誰、彼?」
「いや〜、墓で倒れてたんで拾ってきました」
「そんなことあるわけないでしょう。正直にいいなさい」
「彼の言っていることは本当だ。俺が保証する」
彼女は横にいた男性に目を向ける。やせ細った身体の左腕部分から筋肉が漏れ出ている。
「ってどうしたの!その腕?」
「そういえば、そんなのもあったな」
「あなたはどうしてそんな冷静なの!」
彼女の顔からは血の気が引き、薬箱は?それよりなんで生きてるの?と取り乱していた。
彼女の肩にゼノンは手を置き、
「まぁまぁ、落ち着いて。ハンナさん」
「そんなこと言っていられるかい!」
と言ってハンナは部屋から出て行き、数分後、薬箱を抱えて戻ってきた。
「どれが一番使えるかね?」
そういう彼女の周りには様々な色の粉や液体が瓶詰めされた薬品がぐるぐると回っていた。
「奇怪な...」
「さぁ、あなたこっちへ」
円環を描いていた瓶のうちの一つがハンナの手に収まり、中身の青色の粉を先程の傷口にまぶした。
するとその粉は発光し始めた。しかし、発光したのみで即座に効力があらわれることはなかった。
「これでしばらく待てばいいのだな」
「いや、本来ならもう傷の再生が始まっているはずだ」
「それはお前の薬学知識が間違っているのではないか?」
「いや、そんなはずねぇよ。この薬は何度も使ったことあるし」
「欠陥品ではないのか?」
「いいや、教会の物品は検閲にかかってるからそんなことは無いと思うし、ある程度信用ある組織じゃ無いと薬剤はつくれんよ」
「では、何なのだ?」
マレウスはゼノンに問った。ゼノンはしばらく顎に手を当てて考え、口を開いた。
「お前のそれが傷じゃないとか?」
「そんなわけないじゃない、腕から筋肉が飛び出てるのよ!」
「でも切られたところから筋肉が出てきて腕の形を形成してるとこなんて見たことないぜ」
「ま、まぁ確かに...」
三人は思案を始めた。マレウスは問いかけるように口を開く。
「なぁ、ゼノン」
「ん?なに」
「俺のスキルの効果に筋肉自由化とあったがそれではないか?」
「ん、なになに?どういうこと?」
「いや、俺の予想だが、筋肉自由化の効果が筋肉の流動化にあるのだとしたらこうなって生きているのも納得ではないか?」
「ん〜、疑問は残るけどまぁ一応有り得はするか...」
ゼノンは未だ思案しているハンナに目を向け、
「ハンナさん、この教会ってスキル判定ってできたっけ?」
「できるけど...そんなの知ってどうするの?」
「いや、なんか話によると、こいつのスキルは特殊らしいぜ」
「まぁ、本当?」
「それは判定してみない限りはわからん。だから用意してくれ」
「わかったわ。でも、スキル判定は秘匿要項だからあなたは直接閲覧できないわよ」
「大丈夫だ、そうと決まれば早速やろう」
そうゼノンが答えると、ハンナはじゃあ移動しましょうかと言ってマレウスにアイサインを送った。
三人は身支度を済ませ、部屋から出る。
部屋の外に出ると空には月がのぼっており、その月の下には森林があった。
「ここはのどかだな」
マレウスが呟くと、二人が反応する
「嫌味か?」
「まぁ、田舎だからねぇ」
「いや、前世ではこんな風景見なかったからな」
「おや、あなた神覚者かい?」
「いや、ハンナさん違うよ。こいつは別の世界で死んで、この世界で生まれ変わったらしい。証拠は無いけど」
「まぁ、こんな異常な身体を見れば嫌でも信じたくなるけどねぇ」
「悪い冗談はよしてくれ」
三人は笑いあった。思えばこの世界で初めての平和な時間かもしれない。1回剣は向けられたけど。
「じゃあ、ゼノンくんはここまでね」
「わかりました」
そしてマレウスとハンナは教会の聖堂のなかに入っていった。
「じゃあ、ちょっと待ってね」
「あぁ」
そしてしばらく経つとハンナは手に何かを手にして戻ってきていた。
「さぁ、指を出して」
「うむ」
指にチクッとした感覚が走る。そして中から出てきた血を採取し、持ってきていた機械のようなものにかけた。
”ヴォン”
という唸るような音とともに機械が動き出し、目の前にホログラムのようなものが映し出された。
「おぉ...」
「あなた本当にうぶだねぇ」
彼女は機械に手をかけ、ダイヤルのようなものをカチカチと回していった。
「魔力効果の阻害、衰弱化、信号の遮断、気力の減少、筋肉の流動化...か」
彼女が続々と呟いた単語は次々と隣の辞書のような本に書き込まれていた。
”ヴヴン”
10分ほど経つと、機械は動作を終了し、目の前にあったホログラムも消えた。
「あなた、忌み子か何か?」
「ん?」
「あなた、死んでもおかしくないくらい弱化してるわよ」
「なにぃ!」
「衰弱、魔力の阻害、信号の遮断、気力の減少、その他。信号遮断以外全部最高レベルでかかってるわ」
「ま、まじか...」
放心状態で聖堂を出ると、ゼノンがニッコニコで結果を聞いてきたが、ハンナから渡された紙を見て、すぐに心配の表情に変わった。
「とんでもねぇデバフスキルだな...」
「えぇ、ホントに。で、原因はそこにある筋肉の流動化と魔力の阻害だと思うよ」
「あーね、筋肉の流動化がこの腕で、魔力の阻害が薬が聞かなかった原因か」
心配の表情は依然変化していなかったが、先程はなかった安堵と納得の表情が加わったように見えた。
「さーて、原因もわかったことだし、ハンナさん、お給料」
「えぇ、わかったよ。あなたはそこで...そういえば、あなたの名前はなんだい?」
「あぁ、そういえば決めていなかったな」
「前世の名前じゃいかんのかい?」
マレウスは首を横に振り、
「いいや、前世にはあまり囚われたくはない。まぁ、今生の目標は前世由来だがな」
「そうかい、じゃあそうだねぇ...」
ハンナは黙って空を見上げて考える素振りをした。
「今日は満月ねぇ、しかも十五夜」
そしてまたしばらく黙り込み、
「安直だけどフィルってのはどう?」
「なんか女っぽくね?」
「いや、いい名前だ。それにしよう」
フィルは答えた。
「では、給与を受け取るのだろう。さっさと済ませたまえ」
「あぁ、そうするよ」
そう返事して二人は中に入っていった。
1時間半ほど経った後、二人は部屋から出てきた。
「お疲れ様、そしてありがとうね」
「ハンナさんこそありがとな、身体に気をつけて。さぁ、フィル行くぞ」
「は?」
「は?ってなんだよ。お前衣食住の問題どうする気だったの?」
「あ...」
「はぁ、お前それでも元将軍だったのか?」
「い、いや、違うし。異世界転生でちょっと混乱してただけだしぃ」
「否定できてないぞ。まぁ、俺がお前のこと養ってやるから安心しろ。あ、流石に遠慮しろよ」
そんなこんなで手続きを済ませ、ゼノンと俺は家路についた。
雑談しながら1時間ほど歩くと、門が見えてきた。彼が手を当てると、陣が光って浮かび上がり、”ギィィ”という重々しい音とともに開いた。
「おい、豪邸じゃないか」
「まぁ、そこそこ有名だから」
「そうか」
ゼノンは邸宅の玄関に先ほど同様触れると、解錠され、ドアを空けた。
「おかえりなさい、御主人様。そちらは?」
「教会から拾ってきたガキだよ」
「あのシスターの預かっている子どもにしては随分と汚れている気がしますが」
「勘ぐるような真似はやめろ。とりあえず飯と風呂の用意を」
「申し訳在りません。早急に準備してまいります」
そして、メイドはどこかへ行ってしまった。
「別に答えても良かったんじゃないか?」
「いやぁ、立場的に、ね?」
「逆にそっちに探りを入れたいところだが、やめておこう」
またしばらく雑談しているとメイドが戻ってきて、俺は風呂に入った。
「はぁ、情報過多だ」
おつかれモードである。一日を振り返ると今までで3番目に入るくらい濃い一日かもしれないと思う。
「フィル様、タオルとお着替えを置いておきますので」
「ありがとう」
「ごゆっくり」
そうして風呂を堪能した後、俺は食卓についた。
「あれ、ゼノンは?」
「いまはご自身のお部屋であなた様の住民届を書いています」
「あなたは気が利くね」
「ありがとうございます」
淡白なメイドだ。まぁ、仕事はできるんだろうが
「あまり溜め込みすぎないようにな」
これにはシカトし、しばらくだんまりした時間が続いた。
「フィル様」
「何だ?」
やっと話しかけてくれたとワクワクして後ろを振り向くと、そこにはゼノンが立っていた
「やぁ、待たせたね」
「はぁ」
「随分失礼だね!?」
ゼノンが席につくと俺達は飯を食べ始めた。
「こらこら、むせるよ。飯は逃げないんだからゆっくり食べなさい」
とはいえ、腹は減っているだろう。ゼノンはあまり注意せず、食べ続けた。
黙々と食べ続けているとフィルはメイドに話しかけた。
「メイドのお嬢さん」
「はい、何でしょう」
「あなたさっきからずっと俺の右手見てるけど気になるの?」
「すみません、不快でしたか」
「いや、いいんだ。気になるかどうか聞いてるだけだよ。気になるかい?」
「まぁ、ええ」
「これはね、君の御主人様が切り下ろしたんだ」
「ご主人が!」
メイドは目を見開いていた。
「誤解するような言い方はやめてくれ。そもそもお前、容疑者だったろ」
「いや、悪かったな。わざとじゃないんだ」
「いや、絶対わざとだろ」
「全然ついていけないのですが」
二人で笑いあって、先ほどと違い、話しながら団らんを楽しんだ。
「で、このメイドに俺の事話していいかな?これから生活するにあたってやりずらいだろ」
「ダメだ」
ゼノンは即答した。
「なぜだ?」
「お前が諸事情コミコミすぎるからだ!」
「どういうことだ?」
ゼノンは近づいて耳打ちした
「今世のお前の経歴なんて聞いたら各方面から疑われるだろう。ヘリナを信用していないわけじゃないが、信用も得ていない今教えるのはあまりにリスキーだ」
「なるほど」
「陰口は好きではありません」
ヘリナと呼ばれたそのメイドは俺達を睨みつけていた。
「いやいや、これには深いわけがあるんだ。気を悪くしてしまったのならあやまるよ」
「いえ、結構です。食べ終わったようなのでお下げします」
「あ、あぁ」
ヘリナは複数の残像が見えるほどの速度で食器を回収し、どこかへ行った。
「怒らせちゃったな〜」
「まぁ、寝てから考えよう」
「お前寝たいだけだろ」
「フッ、バレたか」
「カッコつけんな、キモい」
ゼノンはそこで一息ついて真面目な面持ちで、
「てか、お前随分ヘリナに色目使ってたな」
「さっきみたいな感じで聞いてくれよ」
「いや〜、なんか前世に関連してそうだったからさ」
「まぁ、正解だ。あいつは俺の前世の妻とうり二つだ」
ゼノンは表情を崩し、
「前世とのしがらみは切ったんじゃなかったの?」
「い、いや、俺も人間だから、矛盾くらいあるから!」
「フッ、疲れてるだろうしもう寝ろよ」
小漫才をして俺は先ほどメイドに案内された部屋で眠りにつくのだった。
ハンナが夜中の見回りに行くと墓場に粉々に吹き飛んだ一角があった。
「そういえば、フィルと怪しい魔術師とで一悶着あったみたいだね」
そういってハンナは残っている破片をその場所かき集めた。
”リ・パラレ”
すると石達はみるみるうちに元の場所に戻った。しかし、欠けた部分は戻らず、今にも崩れそうな感じだった。
「まぁ、これに関しては仕方ないね」
そうして、ハンナはこの場から去っていった。
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墓石に刻まれた名前
”ア◯レス・◯◯バ◯”