婚約破棄の現場をただ見ていただけの男爵家令息の話
「婚約破棄をする!愛すべき義妹ベルダを平民出身としていじめたな!」
「それは身に覚えがございません」
「うそー、いつもそのキツい釣り目で睨まれたわ!」
・・・うわ。リヒテン公爵家のクリスティーナ様が婚約破棄を宣言されている。
寄親のヘンムルト様は?
オロオロ~としている。
まあ、仕方ない。しかし、大将だ。助言するか。
「坊ちゃん。お父様のフーケ伯爵様にご連絡し指示を仰ぐべきです」
「あ、分かっているよ。今、そうするところだった」
結局、公爵令嬢は国外追放になった。ダール王国方面だろう。彼女のお母様はダール王国の姫君だ。
隣国と戦争になるか?いや、その前に内戦だろう。
俺はエト、ブッカー男爵家の跡取りだ。一応。
王都のタウンハウスに戻った。フーケの一門は様子見だと。それでいい。
「エト様、お帰りなさいませ」
「婆や、有難う」
「婆や、王都出身だっけ?」
「はい、さようでございます」
「田舎に親戚がいたら、逃げた方が良い。内乱が起きる」
「おりませんわ。若旦那様に守って頂かなければ」
「アハハハ、親父達は領地だから、俺が責任者か」
「お~い、エトはいるか?」
「なんだい。デルバ」
学友だ。同じ男爵家だ。
「俺さ。国境でクリスティーナ様を助けようと思うんだ。一緒に来ないか?有志を集めている」
「やめた方がいい。これ、各勢力が狙っている」
「お前はいつもやめた方がいいと言うな」
妹のニーナは・・・・
「お出かけするの~!」
「ハハ、しばらく学園は封鎖だから付き合ってやる。どこに行こうか?」
「公園でボートに乗って兄様が馬車馬のごとくこぐの~!」
「よお~し、目を回すぐらいこいでやるぞ!」
「うわ~い!」
さて、数日後、王都で内戦が起こった。父上と母上は領地だ。
メイドと爺やだけの寂しいタウンハウスだ。
追放されたクリスティーナ様を救出しようと、第2王子と大公殿下の私兵たちが王都で鉢合わせして内乱が起きたのだと。
各地から兵が集まり。デルバは・・・
「グスン、デルバ様は討ち死に、武装しているからと襲われました。何故か近衛騎士団が国境に向かっていて・・」
「そうか、哀悼の意を表明する・・・」
葬式も出来まい。
第二王子は7歳年下の10歳、これは、後ろに誰かいるな。
大公殿下は42歳、何歳差だよ。夫人とは別居中だから、これは・・離縁して婚姻するつもりだな。
まあ、俺には関係ない。
「爺、一応、門を固めて置いて」
「エト!」
「あ、ヘンムルト坊ちゃま」
「これ、預かって置いて、父上からの命令だ」
馬車ごとおいていきやがった。中にいたのは。
「・・・宜しくお願い申し上げます」
うわ。クリスティーナ様、目がエメラルドグリーン、黒髪、まるで胡蝶のようにお美しい。
目が若干釣り目なのも、妖艶さを感じさせる。
「兵が馬車を取り囲み。戦いが起こりました・・」
逃げて、近くのフーケ伯爵のタウン屋敷に保護を求めたが、とりあえずうちで匿えと。
「うわーい。御姫様だ!」
「ニーナ、無礼だぞ」
「いえ、宜しくてよ。・・・素敵な妹様ね」
そうか、義妹と仲が悪かったのか。
でも、どうする?各勢力が血なまこになって探している。
クリスティーナ様は、お美しいだけではなく、才媛だ。
しかも、隣国ダール王国の王族の血を引いている。
彼女と結婚する者が次の王だ。
「とにかく、屋敷の中に・・」
「はい」
「婆や、クリスティーナ様のお世話をお願いする」
「はい」
しかし、御姫様なのに、全て自分で出来た。
「まあ、お料理が出来るのですね」
「ええ、屋敷では、誰も世話をしてくれる者はおりませんでした」
「ニーナもやる!」
「ニーナ様は・・・もう少しお姉さんになってからの方が・・・」
「お~い、ニーナ、お人形さん遊びしようぜ。俺、人形遊びしたくてたまらないぜ」
「う・・・ウグ、お兄様の遊び相手をしてあげるのです!」
「「フフフフフフ」」
「エト様ったら」
「優しい・・・方なのですね」
「ええ、ひねくれていますが、自慢の若旦那様ですよ」
「爺、門を開けっぱなしにしておけ」
「ですが、私兵が街中で、クリスティーナ様を探しております」
「閉めてもどうせ開けられる。それと、これからクリスチーナ様と言うのは禁止だ。どこから漏れるか分からない。そうだ。精霊様とお呼びしようぜ。我家の守り神、楡の精霊様だ」
門を開けっぱなしにしたら、兵たちはこの屋敷に興味を示さなかった。
「おい、あの屋敷は?」
「違うだろ。何かを隠している雰囲気ではない。無防備だ。そもそもあんな小さな屋敷に」
しかし、一度だけ探しに来た兵がいた。どこの勢力かは名乗らなかった。
多分、実家の公爵家か?
「貴様、何故、この部屋は通さない!」
「最後、ここだけだ!」
「ご勘弁を・・・夫人が湯浴みをしています」
「ええい。改める!」
「あんれ~~~!」
「チィ、BBAか!」
「どうする?もう、王都中探したぞ!」
「あの方がいれば・・・・家門存続になるのに」
「フウ、婆や囮すまない」
「いえいえ。昔は男が良くのぞきにきましたわ」
捜索する者の目は下に向きやすい。
クリスティーナ様は、楡の木の上に避難して頂いた。ハシゴで登って隠れてもらっていたのだ。
「精霊様!もう、大丈夫ですよ」
ガサガサ~!
ボイン♩ボイン♩
スゲー体だな。
「・・・あの、エト様、その、お離れになって下さいませ・・」
「あ、失礼しました」
「エト様!私とニーナ様がハシゴを支えます」
「お兄様はあっちに行って!」
捜索する兵の数が少なくなり。やがて、王都は平穏を取り戻した。
そんなときに、フーケ伯爵の家来達がやってきた。
「さあ、クリスティーナ様を寄越して下さい」
「まあ、隠すだけだが、手柄だな。少し、報奨金をやる」
「実は・・・・目を離したスキにどこかに行かれました」
「「「何だって!」」」
☆☆☆王宮
城まで連行された。城中で小耳に挟んだ。
公爵家は貶爵、王太子廃嫡、第二王子、大公派は粛正。陛下の一人勝ちだ。
陛下直々に査問をされた。
フーケ伯爵とヘンムルト様は。
「私は確かにエトに預けたのです」
「いいえ。ヘンムルトには我が屋敷は狭いから、陛下に保護を願えと命じたのです」
「そんな、父上、どこかに置いてこいって言いましたよね。忌み子だから公爵家に戻しても報酬金もらえないって」
「言っておらん!」
ニコニコニコ~
陛下はニコニコして二人の弁明を聞いて顎ヒゲをなでている。
「行き違いがあって、男爵家に預けたのだな。それで、エトとやら、クリスチーナ嬢の行く先は思い当たるか?何でも良いぞ」
「さあ、分かりません。坊ちゃんが預けた日にどこかに行かれました。残念ながら王都で亡くなっているのかもしれませんよ」
「そうよな。王妃教育を受けたのだ。生きていたら、機密の流出よのう。しかし、貴族の男なのに令嬢一人守れぬとは・・・処刑が妥当だ」
「陛下・・・そこまでする必要はございませんわ。それとも何か理由があるのかしら」
「・・まあ、領地没収だ。国外追放だ!」
「御意にございます」
どうせ。こうなる。クリスティーナ様をかくまう。あらぬ噂を立てられるから、俺は処刑になる。
婚約者でもない男の家に、一月一緒に住んでいた。致命的だ。と思った訳だ。
処刑を免れたのは、クリスティーナ様が王宮にいては困る王妃殿下の褒美だろう。
・・・親父達は。
「はあ、正解が分からぬ。この場合、どのみち、クリスチーナ様はフーケ伯爵殿には荷が重かろう」
「そうね。でも、クリスティーナ様とニーナと婆やと爺やを隣国に逃がしたのは良かったわ」
クリスティーナ様は、実家で疎まれているだけではなく、陛下からも狙われていたのだ。
王太子と義妹、第二王子派、大公派の面々が処刑され、陛下が、クリスティーナ様を則姫にする。
王妃教育を受けたので国の重要機密を知っているから、王族で囲い込むのが理由だ。
学園の同級生に、親が王妃宮で仕えている者がいた。伝手を頼り。
密書を出した。
クリスティーナ様を陛下が狙っている。だから旅券と身分証を四人分欲しいと。
そんな内容だ。王妃殿下も思い当たる節があったのだろう。
これは賭けだった。
この場合、クリスティーナ様がいては困る派閥は・・・・と考えた訳だ。
☆2年後ダール王国辺境開拓村冒険者ギルド
「・・・という次第でございます」
「フン、お前の口上は分かった。その後だ。クリスティーナ様を無理矢理手込めにして妻にしたのではないのか?」
「無礼者!私は平民ではありますが、王家の血を引いておりますわ。その夫に対して何て言い草。伯父上に抗議してもらいます」
「ヒィ、それだけは!」
「まあ、クリス、そう思うのも仕方ない。使者殿、話続けるぞ」
「は、はい」
・・・・・・・・・
あの後、国外追放になった俺たちは、ダール王国の辺境に向かったのだ。辺境の冒険者ギルドでニーナと婆や達と落ち合うハズだった。
しかし、クリスティーナ様は既にいた。
「私、炊事、洗濯できますわ」
「王宮に行かなかったのですか?」
「このまま直接ここに来ましたわ。今になってはお義母に感謝していますわ。平民にも嫁げます」
「メイドも宝石もありませんよ」
「フフフフフ、今更欲しいとは思いませんのよ」
親父、お袋、ニーナ、婆やと爺やと穏やかに暮らしていた。
俺の読みだと、クリスティーナは美人過ぎる。
すぐに、バレるだろう。
貴族令嬢のように美人だが、炊事、洗濯が出来る。
これは行方不明中のクリスティーナ様で誘拐されて無理矢理妻にされたのではないかと噂になり。
調査が入り。
王宮から使者がやってきた訳だ。
俺たちは王宮に呼ばれた。
☆王宮
「おお、姉上にそっくりだ」
「ご挨拶申し上げます・・」
「ええい。挨拶はいらない。近こう寄れ」
・・・・・
調査が入って公爵家で義母と義妹に虐待をされていたことが分かった。
公女なのに、湯浴みは一人。食事は自分で作っていた。
化粧料も母君の遺産で賄っていたそうだ。
それから戦役が勃発した。
国同士の戦いは、クリスティーナ様の虐待だけではそうはならん。
しかし、両国では関税、国境で長年紛争が絶えなかった。
だから、友好の証として、クリスティーナ様の母君が隣国に嫁いだのだ。
決定的な理由になったのは間違いない。
戦役は2年続いた。国力は拮抗しているが、この前の粛正で、俺の故国は上級指揮官や将校クラスが足りなくなって分が悪い。やがて、ジリジリと王都に迫られるようになった。
☆4年後
今、俺はダール王国の軍監だ。ダール王国の雇われ人である。
「エト殿!こやつは?」
「ああ、フーケ伯爵・・・今は学園を卒業したヘンムルト坊ちゃんの代か」
「なあ、エト!助けてくれよ!」
「・・・う~ん。毒にも薬にもならないから爵位を剥奪して放逐でいいかな」
「「「畏まりました」」」
王妃殿下は実家の侯爵家に戻った。半分くらい領地没収になるだろう。いや、港町を取り上げれば十分か?戦後は俺の決めることではない。
問題は・・・・・陛下の身柄だ。まだ、捕まらない。譲位をさせて表向きは平和に解決したにする。
でないと、下の者を戦犯にしなければならない。
「王城にいません。王都中を探していますが・・・」
「ああ、この場合ね。門を固く閉ざしている屋敷を探せ。ダール兵はお行儀が良い。略奪をしたら、即死刑だ。それは徹底している。
商店も閉っていない。なのに・・・お、あの屋敷怪しいぞ。捜索しろ」
「御意!」
「一応、木の上も探せ・・使用人達を集めろ」
・・・・・・
「国王はどこにいる?」
「お、おりません」
視線が下だ。
あれ、管が地中から生えている。
「そこを掘れ!」
「「「畏まりました!」」」
あの王は、地中に隠れていやがった。
金塊を抱えている。
ここは愛妾の家だった。
カゲの調査の結果、クリスティーナの虐待の原因は、陛下の指図だ。
義妹に声をかけ。『そちも公爵令嬢なのに・・』とたき付け。王太子と密会しやすいようにした。
貴族は手を汚さない。策略でクリスティーナ様を手に入れようとしたのだ。
王太子に婚約破棄をさせて、適当な王族がいないからしかたなく両国の友好の象徴であるクリスチーナ様を側妃にする筋書きだ。
しかし、第二王子派、大公派が名乗りをあげて内戦が勃発。
本来なら、国境に騎士を配備して保護するはずだった。
「ヒィ、助けてくれ。王位は譲る。ワシはどうなるのだ」
「さあ、私の関与するところではありません」
だが、関与することになった。
「王命である。エト・ブッカー殿を総督に任じる!」
「はあ?」
「王命であるぞ!」
「はい」
城を総督府にして、この国を治める。
もう、恨みでどうにかしないが、陛下は幽閉だな。
「旦那様、お茶にしませんか?」
「お兄様」
クリスチーナはこの国までついて来た。ニーナもだ。
親父達は辺境で私塾を開き楽しく暮らしている。
「文化圏も同じだし。言語も方言程度だ。いっそのこと公国になるか?ここの穏健派貴族を頭にして・・・」
もう、何も起こらないだろう。
と思ったが、何か起きた。
「調査の結果、ブッカー家の8代前に王族の血があった。故に貴殿を即位させる!」
「それ、こじつけだよね!」
「ゴホン、陛下のご意志である」
まさかのブッカー朝レネンナ王国の誕生だ。
ダール国王、クリスティーナを大事にしすぎだろう。
予想が外れた・・・・いや、予想は当たっている。
『彼女と結婚する者が次の王だ』と前に予想した。
善い事の次は悪い事が起きる。
でも、クリスティーナとなら、乗り越えられる。
その後、この国は、特に大きな戦乱は起きなかった。
「クリスは本当に精霊様だったのかもしれない」
「フフフフ、恥ずかしいですわ」
夫婦仲良く暮らし子宝に恵まれたと年代記に記されている。
最後までお読み頂き有難うございました。