魔王「我を倒したら、お前が脅威として迫害されるぞ」勇者「それは困る」
凄まじい衝撃音と暴風が大きな広間に広がっていた。
音が発生するたびに、広間の柱が壊れ、床がひび割れていく。
元は荘厳に飾り立てられていたであろう、広間は現在は
廃墟のようになっていた。
それを発生させているのは、2つの人影だった。
1つは光をまとっており、もう1つは光を飲み込むような漆黒の闇をまとっていた。
勇者と魔王である。
勇者は光り輝く剣を持っていた。
勇者が剣を振り下ろすと、その先から闇を切り裂かんとばかりに光の奔流が溢れた。
対する魔王も、負けていない。
魔王が叫ぶと、その両手から闇の波動が光を飲み込むように広がっていった。
お互いに死力を尽くして、闇を切り裂こうと、光を飲み込もうと、全力を出して
戦っていた。
それは力が拮抗しているように見えた。
いや、違った。
光が徐々に押している。魔王もそれに気がつき、さらに力を込めるが、
勢いは止まらなかった。
魔王はこの光に飲み込まれて消えるということを覚悟した。
ただ、1つ呪いの言葉を残しておこうと考えた。
「勇者よ、我を倒したら、平和な生活が戻ってくると思っておるだろうが違うぞ」
「違わない。お前を倒したら、魔物の脅威がなくなり、人々は平和になるんだ」
そう、魔王が倒されたら、魔王による魔物の洗脳がなくなり、
魔物は無闇に人々を襲うことはなくなるのだ。
それを理解していながら、魔王は笑う。
「愚かな勇者よ。我が言っている意味がわからぬか」
「何がだ」
「我を倒すのは良い。ただ、考えてもみよ。この国を簡単に滅ぼせるような力を魔王をお前は倒す力を手に入れた」
「それがどうした。死ぬのが怖いのか魔王よ」
「ふふふ、わからぬか勇者よ。我を倒したら、お主が脅威として迫害されるぞ」
まあ、それでもお前は我を倒すのであろうがな。傷だらけでもどんなにつらくても突き進んできたお前は。
魔王はこの闇を切り裂く光を見ながら、そう思った。そして、光が自身を飲み込むのを目を瞑り待った。
待った。
しかし、いつまで経っても、魔王を滅ぼす光がやって来なかった。
どういうことだろうと思い、魔王が目を開けると、勇者が顎に手を当てて、考え事をしているように見えた。
「魔王」
「なんだ勇者よ」
「それは困る」
とても真っ直ぐな目で、勇者は断言した。
「・・・・そうか」
「俺は、魔王を倒して、国中の美女から勇者様〜って言い寄られて、困ったなー。一人を選ぶなんて大変だなー。ふふふふ〜。ってやりたいんだ。脅威として追われたら一人ぼっちじゃないか」
「ちょっと待て、我の理解が追いつかないのだが。ここは、たとえそうなったとしても、それでも俺は世界を救う!って叫ぶところであろう」
魔王は当然の抗議をした。だってそうであろう。邪悪の権化である魔王を倒そうとするのだ。
それと反対な存在である勇者であれば、清浄な心を持ち、自己犠牲も厭わないのではないかと思うのだ。
それなのに勇者は、手のひらを上にして両腕を広げて、わかっていないなーポーズをとりおった。
「はあ〜。俺はあの子に魔王を倒し、全ての人々に平和な世界を取り戻すと誓ったんだ」
「良い心がけだな。それがどうした」
「わからないか魔王よ。全ての人々の中には、勇者である俺自身も含んでいるのだ」
「た、確かに!」
魔王は目から鱗が落ちる思いだった。
全ての人々を救うのであれば、勇者自身も平和に暮らせなければ嘘になる。
「というわけでどうしたら良いと思う?」
「我に聞くのか?」
「だって、お前以外に聞く相手いないだろう」
そうである。光と闇がぶつかった余波で、強大な力を持つ魔王と勇者以外は、
遠くに吹き飛んでおり、二人以外近くにいるものはいないのだ。
「我、お前の敵なんだが」
「ほら、よくいうだろう。拳を交えることで友情ができるって。敵同士ではあるが俺たち親友だろ?」
鼻を指で擦りながら、青春漫画のような雰囲気を出してくる勇者に対し、
魔王は何故か鳥肌が立ち叫んだ。
「何だ、その野蛮な慣習。親友とか言われると鳥肌が立つんだが。さっさと我を殺せばよかろう」
「だってお前を倒したら、俺が脅威として追われるんだろう。それは困るじゃないか」
「まあ、そうなんだが。その魔王と勇者の戦いっていう最終決戦の雰囲気ぶち壊しになっておる」
「それはごめん」
そういうと勇者は魔王に向かって頭を下げた。この邪悪の塊である魔王に向かって。
魔王は、一周回って面白くなってきた。
「はあ・・・。まあ良いだろう。相談に乗ろう」
「本当か、ありがとう」
勇者はそう言って、笑顔を見せた。
ん?魔王が自身の胸に手を当てると、いつにもなく心臓が動悸しているのがわかった。
なんだろうこの気持ちは・・・以前にも感じたことがあったような・・・。
一瞬考え込みかけた魔王だったが、頭を振り、その考えを頭の外に追い出すと、
本題に入ることにした。
「さて問題を整理しよう。人々は自分が制御できない巨大な力を持つものを恐れる。ここまでは良いか」
「ああ」
指を3本立てて魔王は宣言する。
「ではどうすれば良いかだが、3案ある。
1:人々と同じくらいまで力を落とす。たとえば力を封印したり、魔王との戦いで力を使い切ったとかだ
2:別人として生きる。たとえば、勇者と魔王が相打ちになったということにするとかだ
3:諦める」
「そうだなー。1もありだな。魔王を倒し、勇者としての力を全て使い切った俺。なんかカッコいいぞ」
「まあ、その場合、これをチャンスと見て、処刑される可能性も高いがな」
「なんで!」
「わからぬか勇者よ。お前は前代未聞の偉業を成し遂げることになるのだ。そうなると民衆の支持はお前に集まるだろう。国王ではなくな。それをやっかむものも多いだろう」
「そんなことで!」
「そう思うなら、それをやってみるが良い。人々を信じられるのだろう」
「う〜ん・・・。まあ、確かに国王に対してはこの狸ジジイと思ったこともあるからな・・・」
「それでは第二案か。一番実現可能性が高いと思うが」
「それは嫌だ。俺は偉業を成した勇者として美女からチヤホヤされたいんだ。別人になったら、チヤホヤされないだろう」
「また一から頑張るという気はないのか?」
「ない!」
すごく元気よく断言された・・・。
「そうか・・・」
「まあ、あの子を悲しませたくないっていうのが一番大きいんだけど」何か小声で勇者が言っていたが、うまく聞き取れなかった。
「何か言ったか」
「いや」
「では第三案?」
「第三案っていうか、諦めるって案なの?」
「まあ、気持ちはわかる。だが、それ以外の案は思いつかない。まあ、そんなところだ勇者。我を滅するがよい」
魔王はそう言って笑うと、笑った衝撃で勇者とのボロボロになっていた闇の仮面がついに割れて、地面に落ちた。
仮面がなくなったことで、魔王は、顔に心地よい風が当たるのを感じた。
ああ、闇の仮面を通さずにみる世界はこんなにも気持ち良いものだったんだなと思いながら、
魔王は滅亡を受け入れたのだった。
しかし、勇者は何故か攻撃をして来なかった。それどころか、目を開いてこちらを見ていた。
「なんだ」
「君は・・・」
「え?」
そして何か血走った目でこちらを見つめながらジリジリと寄ってくる勇者。
本能的な恐怖を感じ、後ずさる魔王。
「ゆ、勇者?」
「俺考えたんだけど」
「う、うむ」
「問題は、人と人の実力が大きすぎると脅威を感じるってことだろう?」
「その通りだ。それはともかくジリジリ近づくのをやめるのだ」
魔王はそう言って勇者を威嚇するが、勇者は威嚇に気がつかないかのように
足を止めなかった。
そうこうしているうちに、ついに魔王は壁際に追い込まれてしまった。
そして見上げると、勇者が壁にドンと手をつき魔王の逃げ道を塞いだ。
「だから思ったんだ。魔王と勇者が付き合えば良いんだって」
「ええええ」
「だって、魔王は俺と同じくらいの強さだろう。お似合いじゃないか」
「さっきまで敵同士って言っていただろうが!」
「仕方ないじゃないか。こんなに魔王が可愛いなんて知らなかったんだから」
「お主はそれで良いのか!我は世界の敵じゃぞ。そもそも、国中の美女からじゃなかったのか」
最後の希望を込めて、魔王は叫んだ。だから、我を倒すのだろうと。
「そんなのどうでもいい!」
どうでもよい、どうでもよい・・・勇者の叫びが魔王の頭にリフレインする。
「我の立場が・・・」
魔王はガックリして地面に膝をついたが、ん?っと思い、気を取り直した。
「でもそれだと、勇者と魔王が世界の脅威になるのでは?」
「チッチッチ、甘いな魔王よ。俺は腐っても勇者だ」
キラッと歯が光るのがうざったいなと魔王は思ったが、口に出しては別のことを言った。
「あ、こやつ自分で腐ってるって言い出した。じゃなくて、何か良い案でもあるのか?」
「魔王城を新居にすれば良いんだ。そして魔物は魔王に引き上げてもらう。みんなは魔物の脅威がなくなってハッピー、そして俺も可愛いこと暮らせてハッピー。これで解決だ!」
「えっと、我のハッピーは?」
すると、勇者はやれやれという顔をして言った。
「魔王もハッピーだろう。俺は覚えているぞ」
「な、何をだ」
「広間にたどり着いた時に魔王はこう言ったんだ。我のものになれ勇者よ。って。つまり俺が欲しかったんだろう。こんな可愛いこに惚れられていたなんて、俺って罪造りな男だな」
「えっ、違、いや、でも勇者は欲しかったら違わな・・・あれっ?」
「俺のこと嫌い?」
勇者が泣きそうな顔で魔王を見ているのに気がついて、魔王は何故か胸が締め付けられるような思いを感じてしまった。そのため、つい、肯定するような発言をしてしまった。
「いや、嫌いではないが」
「よかった。それなら問題ないね」
魔王の返事を聞くと、勇者はさっきまでの泣き顔が嘘のように、にっこりとした笑顔になった。
「お、お前、我を騙したのか!」
「そんなことないよ〜」
「お前なんか」嫌いと叫ぼうとすると、勇者がそれを遮って言った。
「魔王に二言はあるの?」
そう、魔王は間違えない絶対な存在なのである。少なくとも魔王はそうしようとしてきたのだ。
だから、その答えも当然こうなってしまった。
「魔王に二言はない」
「よかった。それなら大丈夫だね」
そう言って魔王をお姫様抱っこすると、勇者は歩き出した。
「お前、我をどこに連れて行く気だ」
「ふふふ〜。地下の寝室は壊れていないって感知したんだ」
「助けて〜。勇者はどこだ」
「俺が勇者だよ」
「この世界終わった」
「でも悪くないだろう」
そう言って勇者が見つめてくる。
魔王は目を逸らすと、
「まあ、少しは認めてやらんこともない」
と、そっぽを向いて答えたのだった。
その横顔は少し赤くなっていた。
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初めは、敵情視察だった。
魔法の鏡は、絶対的な敵対者となる勇者の姿を映し出した。
その姿は、とてもか弱く、泣きそうな顔をしていた。
魔王は驚いた。
こんな弱そうな子供が我の天敵とは・・・と。
でも、違った。
その子供は、どんなに難しい困難も何故出さずに立ち向かった。
傷だらけになりながら、誰も助けてくれなくても。
そして、勇者が強敵を倒し、倒れたのを見て、こっそり魔王城を抜け出し、
勇者を介抱してしまったのだった。もちろん人間の少女に変装してだ。
そうやって傷口を洗い、包帯を巻いていると、勇者が目を覚ました。
「君は・・・」
「私は通りすがりの商人です」魔王は決めておいた言い訳を応えた。
「そうかありがとう。おかげで助かったよ」
「どういたしまして」
「でもどうして助けてくれたんだ。僕は勇者なのに」
そう、人々にとって、勇者は人ではなかった。人にあらざる巨大な力を振るうもの。
だから、誰も勇者のことを心配したり、助けようとしなかった。
それを思い出しつつも、魔王は言った。そうであるべきだと思いながら。
「それがどうしたの?あなたは人間でしょ?人はお互いに困った人を助けるものよ」
そういうと、勇者は「えっ」と言って固まった。しばらくするとその目から涙が流れた。
「大丈夫?」
「ごめん。そうだね。僕自身も人だったね。そんなことわかっていたはずなのに」
「つらいの?逃げ出しても私は文句を言わないわ」
こんな傷だらけの旅をしながらつらくないわけがない。そう思いながらも尋ねると、
勇者は首を振りこちらを向いて言った。
「ありがとう。僕は・・・俺は、君のような人のためにも、そして自分のためにも世界を救ってみせるよ」
そして勇者は、輝くような笑顔を見せた。
魔王はその輝きに目をつぶされるような気がして、背を向けると、言った。
「そ、そう。良くなったみたいだから、私は行くね」
「うん、また会えるかな」
「さて・・・。どうでしょうね」
その時魔王は勇者に背を向けていたので気がつかなった。勇者がどんな目でその少女を見ていたのか。
そして自分の胸の鼓動を。
そして、二人は、再開したのだった。
魔王城の広間にて、勇者と魔王として。
魔王は叫んだ。
「我のものとなれ勇者よ!」
それがどんなことを引き起こすか知らずに・・・。